第12話 アマミヤミステイク



 「君、少し待つがいい。」


 放課後、入院とかの書類を提出しに第一校舎の廊下を歩いていると、リューリは後ろから声をかけられた。

 まぁ、俺じゃないだろう。


 「無視しちゃぁダメじゃないか」


 耳元に唸る様な低い声。

 一瞬で距離を詰められた!?

 あの声、かなり遠くから聞こえたが……


 「俺に話しかけてたのか、何用だよ」


 あまり関わらない方が良さそうだと、俺の防衛本能が言っている。

 リューリは振り返らず、ぶっきらぼうに答えた。


 「つれないねぇ……もしかして嫌われてる?」


 何処か気の抜けた口調だが、どうにも隙を感じない。

 コイツ、相当な手練れだ。

 隙が無さ過ぎて振り向いて顔を確認するタイミングも無ぇ!


 「用は何だと聞いたんだが」


 苦し紛れで語調に圧を込めてみたが、意味は無さそうだ。


 「そうだったそうだった。」


 後ろの女が何かを閃いた様に手を叩き、続けた。


 「ねぇリューリ君、アシェッタちゃんとの関係、教えてよ。」


 回し蹴り。

 技の出が早く、奇襲にはもってこいの技だ。

 そして、外したとしても相手との距離が取れる。

 リューリは後ろの女が「アシェッタ」と言った瞬間、回し蹴りを繰り出していた。

 しかし……


 「随分なお返事だねぇ。もしかして照れちゃった?」


 女はなんと、認識の外から放たれたであろう回し蹴りを、手で掴んで止めて見せた。

 この時、リューリは初めて女の顔を認識する。

 ショートカットの白い髪、学園指定のチェック柄のスカートから伸びる白い太もも。

 そして何よりも、全てを見透かした様で、その上得体の知れない煌めきを帯びた銀の瞳。

 風の噂で聞いた事がある。


 「知ってるぜ……Sランク2位、盤面支配者チェッカーボードアマミヤ!」


 アシェッタが入学する前、1年生でありながらSランク1位だった人間のバケモノ。

 纏う魔力量、知的な采配、どれも噂に違わない。


 「なんか、その……異名付きで呼ばれると嬉しいやら恥ずかしいやら……」


 アマミヤは俺の足を持ったままもじもじしている。しかし、相変わらず隙が感じられない。

 さっきから、視界の端が歪み、廊下がぐにゃぐにゃだ。

 俺の生存本能が言っている、早くこの場から脱したい、と。


 「ねぇ、そんなに怖い顔してないで仲良くおしゃべりしようよ」

 「アシェッタに何するつもりだよ……」

 「会話がドッジボールだなぁ。もぅ、違うよ、ボクが聞きたいのは君の話。」


 目の前のバケモノの狙いがアシェッタじゃないと分かり、リューリは少しホッとした。

 が、それを察したアマミヤが目を細めるのを見て、再び気を張り直した。


 「俺……か? 特に話すような事ねぇな。ただのFランク生徒だよ。」

 「大丈夫? 最近身体の調子悪かったりしない?」

 「お前は健康食品のセールスマンかよ!」

 「そのツッコミは微妙だね」

 「……」




 「なぁ、俺ァそろそろ行きたいんだが」

 「あははっ、じゃあ最後にリューリ君がびっくりしちゃう様な爆弾発言しちゃおうかな」


 ふわりとアマミヤの髪が風に揺られ、窓から強い日差しが差し込んだ。


 「リューリ君の妹さんの事、ボクはよく知ってるよ。」


 リューリの身体に、雷に打たれた様な衝撃が走る。

 それはリューリのトラウマ。足枷の様にリューリを苦しめ続ける過去。


 「うっわぁ〜、なんだか申し訳ないぐらい動揺してるね」


 「……ろよ」

 「?」

 「教えろよ! 知ってるなら、知ってる事全部!」


 感情剥き出しの怒号。

 リューリらしからぬ言動、震える身体。

 近づけば火傷してしまう様なそれらに、アマミヤは触れない。

 アマミヤは一歩下がって自らの唇に手を当てた。


 「それは、リューリ君が次の学園最強トーナメントで私に勝ったら教えてあげよう!」


 そう言い残すと、嵐が過ぎ去る様な唐突さでアマミヤは去っていった。

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