第10話 デートが不足していまーすっ!


 「トーナメントのゴタゴタも落ち着いたし、久々に二人で出掛けないか?」


 そう切り出したのは、エンター戦から丸一周間入院し、昨日退院してきたばかりのリューリだった。


 「リューリから誘ってくるなんて珍しいね〜」

 「色々世話になったし、慰労会も込めてな」


 なんて建前を立ててみたりしているが、実際はただ一緒に遊びたいだけだ。


 「うん、いいよ〜」


 アシェッタは二つ返事でそれを了承。

 早速出掛ける運びとなった。




 だが……


 「遅いな、アシェッタのやつ……」


 「リューリはちょっと外で待ってて!」と家を追い出された後、かれこれ30分は経過していた。

 あまりにも暇なので本でも読もうかと思った時、家からアシェッタが出てきた。


 「アシェッタ、その格好……」

 「へへーん、どうよ? 似合ってる?」


 アシェッタは、いつもの制服や部屋着とはまた別の格好をしていた。

 肩が出ているイエローのワンピースに、ちょっと大きな麦わら帽子。

 露出した肩には、ブラウンのバックが掛かっている。

 いつもハイテンションで活発な印象の彼女だが、こういうお淑やかな感じの服装も似合っていた。


 「あっ、ああ。可愛いぞ!」

 「良かった〜。それじゃあ行こうか!」


 アシェッタに手を引かれ、俺たちは街へと繰り出した。




 「まずはここだな」


 リューリは、古ぼけた古民家の様な建物の前で足を止めた。


 「リューリ、ここは?」


 アシェッタが上目遣いでそう聞くと、リューリはちょいちょいと手招いた。


 建物の中に入ってみると、木製のテーブルが等間隔で並んでいる。

 部屋の明かりはランタンのみで、暗く、落ち着いた雰囲気がある。


 店の奥から、バーテンダーの様な格好をした、ポニーテールの女性が出てきた。


 「ご注文は?」

 「抹茶を二つ」


 リューリは慣れた口調で注文を済ませ、テーブルの上にあったコースターを自分とアシェッタの前へ置いた。


 「ここは俺が偶に行ってる喫茶店なんだ、ここの抹茶は美味いぞ。」


 少々ぎこちなさはあるが、上手くエスコート出来ているだろうか。

 リューリは不安げにアシェッタの顔を覗いた。


 「ほ、ほわ〜」


 アシェッタは、変わった店の内装がお気に召した様で、あっちこっち見ては目をキラキラさせている。

 どうやらここに連れてきて正解だった様だな。


 「抹茶二つです」


 と、俺達の前に抹茶が置かれた。

 湯呑みからは湯気が上がっている。

 リューリはそれを手に取って、二、三回息で冷ました後、ズズズ……と飲んだ。

 アシェッタも、リューリに習って同じように抹茶を飲む。


 「おお、これは……」


 口の中に広がる強過ぎない甘みと熱が心地良い。

 アシェッタが感動に打ち震えているのを見たリューリは、「なかなかいけるよな」と笑った。




 「よし、次は私のお気に入りの場所に連れてってあげよう!」


 茶屋から出たアシェッタは、意気揚々に宣言した。

 まだ日は高い。これからどこへだって行けるだろう。

 リューリは、引かれるその手に心地よさを感じながら、アシェッタに置いていかれない様に走った。


***


 やがてアシェッタが足を止めた。

 どうやら目的の場所に着いた様だ。

 流石にあれから三十分も走らされるとは思わなかった。

 呼吸が乱れ、肩で息をする。

 そんなリューリの背中を叩き、「みてみてー!」と彼女が急かした。

 リューリは何とか息を整え、言われるままにゆったりと顔を上げた。


 「ここは……」


 目の前に広がったのは、広い空と、柱を残して殆ど崩れた廃墟と、山まで続く草原だった。


 「意味のあるものはもう何も無いんだけどね、広くて落ち着くんだ〜」


 「なんだか、ぼーっとする景色だ……」


 リューリは無意識にそう溢した。

 アシェッタが柱に寄りかかってぐぐっと背伸びをした。


 「ね、ここには何があったんだと思う?」


 そう質問してきたアシェッタの表情は、強い風が吹いて伺えなかった。

 三時半の日差しが妙に眩しい。


 「家だ、家があった。」


 質問の答えは、何故だかすらすらと口から出てきた。


 「そんで、誰かがここで暮らしてた。」


 リューリの答えに、アシェッタは笑みを返した。

 そして、


 「ねぇリューリ、私こんな事も出来るんだよ?」


 まるで逆上がりが出来るようになった子供がそれを自慢する様に、


 「龍解放、ドラゴンテール!」


 アシェッタは廃墟に最後に残った柱を壊した。

 大地が揺れる重い衝撃と、衝撃波が走った。

 リューリはそれを止めようとも、攻めようともしなかった。

 ただ、ドカーンとした衝撃が何故だか面白くて、


 「ふふっ……はははっ!」


 子供みたいに笑った。


 「えへへへっ!」


 リューリに釣られたのか、アシェッタも笑った。

 どうせここには二人しか居ない。誰の目も気にせずに笑って笑おう。


 「はははっ!」


 リューリが助走を付けて瓦礫を蹴っ飛ばした。


 「ふふふっ!」


 アシェッタがなんだか強そうな魔法を使って廃墟の輪郭を消し飛ばした。


 「はははっ!」

 「ふふふっ!」

 「はははっ!」

 「ふふふっ!」


 ……


 西の空へ沈む太陽が、世界をオレンジ一色に染める頃、ただでさえ柱ぐらいしか残っていなかった廃墟はもう跡形もなく、草原の緑の中、ぽっかりと空いた穴の様だった。


 どちらともなく、暴れる手を止めた。


 「ねぇ、ここはこれからどうなると思う?」


 「草原に飲み込まれると思う。林檎の木とか生えてきたら面白いけどな。」


 問答する二人の表情は夕焼けの光に消え、読み取る事は出来ない。

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