第9話 データが不足しています。



 リューリは、止まらなかった。

 このままでは、コキュートスバイツに貫かれ、敗北は必至。


 見ろ。

 よく、よく見るんだ……


 リューリは生死の一瞬、爆発的に思考を加速させる。


 エンターは俺の打つ手を全て読む。

 いや、"知っている"と言った方が適切か。

 ならばやはり、読まれていると理解した上で動く。

 あえて、あえての正面突破。

 元々魔力量で劣っているんだ、長期戦は出来ない。

 勝負はこの一瞬で付ける!


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 己の全力を掛けたエンターの一撃が、強い吹雪の如き気迫と共に、リューリに迫る。

 エンターは、この一撃を絶対に当てる。

 リューリは、この一撃を絶対に躱しきれない。


 だから、リューリは飛んだ。


 !?

 エンターが、会場が、驚愕に包まれた。


 ジャンプではゴキュートスバイツを躱せない。

 だが、即死は免れる。

 大いなる氷の牙は、リューリの脇腹を吹き飛ばした。

 そして、無防備な空中で大ダメージを受けたリューリは、真上から、太陽を背に落下してくる。

 会場の誰もがエンターの勝利を悟った。


 ただ二人、リューリとエンターを除いて。


 「氷のエレメントよ……」掠れたリューリの声を、エンターは聞いた。

 降ってくる、リューリの血の雨。

 落ちてくるリューリの身体。

 そして自らの放った上級氷魔法。


 エンターは、自らを疑った。

 そんな、あり得ないと……


 しかし、エンターのデータは知っていた。

 リューリの行動パターンを。

 エンターは自らを疑った、だが、最後には—————————


 「氷のエレメントよ、我が血と凍てついた世界より、鋭利なる刃を形作れ!」


 やっぱり、やっぱりだチクショウ!

 リューリは、あろう事かエンターのコキュートバイツの冷気と、流れた自らの血を利用して、


 「ブラッドウェポン!」


 爆ぜ散った血肉は、絶好の触媒。

 魔力が少ないリューリに空気中の水分を凍らせる様な荒技はできないが、血肉を冷やすなど児戯に等しい。それくらいはできる。

 そして、それくらいの魔力でアイツをぶっ倒す!!!

 リューリは己の血肉から、一本の剣と無数の槍を生成した。

 剣を手に取り、残りの槍は当然———自由落下を以ってエンターに迫る。


 「氷のエレメントよ、刃、刃をォォォーーーーーーー!」


 だが、エンターは迎え打った。

 リューリの奇襲に、最後に自らよりもデータを信じたエンターは、間に合ったのだ!


 エンターが一瞬で生成出来たのは、小さなナイフ。

 対してリューリは細い剣。


 鍔迫り合いの形、だが、有利はリューリにあった。


 グサッ! グサッ!


 次々に落ちてくる血の槍が、エンターの四肢を貫いている。

 痛みに慣れていないエンターは絶叫した。


 「ぐっ、ぐおおおおおおお……」


 傷付いた四肢に、リューリの体重全てを乗せた剣が重くのしかかる。


 「いい加減、ぶっ潰れろォーーーー!」


 対するリューリも、瀕死であった。

 ダメージで言えばエンターより遥かに重症。

 この一撃でエンターを葬れなければ、地面に落ちて死ぬだろう。


 ぶつかり合う二人、それは一瞬であったが、永遠の様でもあった。

 そして、エンターの氷ナイフの角度が緩み、リューリのブラッド・ソードがエンターを切り裂いた!


 勝負あり!




 3日後。

 病院の廊下でリューリはエンターに出会った。


 「どうも……」


 軽く会釈して通り過ぎようとしたリューリだったが、鋭いエンターの瞳に引き留められた。


 「あの時の勝負……」


 いきなり切り出したのはエンターだ。

 彼は歯を食いしばっていた。


 「僕のデータは正しかった。だけど、僕の痛みへの耐性のデータが、不足していた……」


 エンターの言葉は、事実であり、正しいデータだ。

 少なくとも、リューリはそう思った。

 だから、彼の言葉を泣き言だとか、苦し紛れだとかと否定はしない。


 「ああ、最後の一手。あれに間に合われた時はゾッとした。お前のデータは正しかった。」


 リューリはエンターに背を向けて、最後の言葉を紡いだ。


 「だが、勝ったのは俺だ。正しい正しいお前のデータに刻んでおけよ、『リューリはエンターより強い』ってな」


 リューリは硬い表情のままそう言うと、振り返らずに歩き出す。

 コツコツコツ……と、足音が一定のリズムで響き、やがて消えた。


 エンターは、廊下にしゃがみ込むと、床に両の拳を強く叩きつけた。


 「チクショウ……チクショウ……」


 彼の慟哭は、誰も居ない廊下に響いて、いつしかそれも消えた。

 果たしてそれはどのくらいの長さだったのか、それは誰のデータにも無い。

 誰も知らない。

 誰も知る事はない。

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