第5話 ドラゴンの心
「そろそろ学園最強トーナメントの時期だな……」
ボンがそう切り出す。
空気が凍った。
アシェッタという新しい仲間を向かい入れた俺達は、今までにも増して遊び呆けていて、対戦相手のストーキングから連なる対戦対策を一切行っていないのだ。
「だっ、大丈夫っ、だよ……新薬の出来が良いから……」
ドラッグが頼もしい事を言いながら、フラスコを取り出した。
中には何やら赤い液体が入っている。
「何それー?」
アシェッタが覗き込む様にそれを見る。
ついでにくんくんと匂いを嗅いだ。
「くちゃい……」
「良薬は口に苦しってやつだな」
「匂いは……ふへっ、あの根菜が原因だね……」
「まっ、俺は今回もお世話になるぜ」
ボンはそれをひょいと受け取った。
「効果は数時間、過ぎれば倦怠感と魔力の質がガクンと落ちるから気を付けて」
「あいよ」
ドラッグは、薬物の話になると饒舌になる。
コイツなりに、自分の作品に責任を持っているのだろう。
「いい目をしてるね、濁ってるけど」
「アシェッタ……なんだかんだで周りをよく見てるんだな」
「うん。一番はリューリだし、リューリと二人の時が一番幸せなんだけど、この四人でいる時間はそれとはまた別に楽しいんだ」
「俺も、アシェッタが楽しいと楽しい。」
「えへへ、ぎゅーっ!」
「お熱いねぇ……」
「ぱちぱちぱちー」
二人の反応は、何というか慣れがあった。
まぁ、ずっとくっ付いてるからなぁ……
「で、今日は何して遊ぶ?」
「そうだなーって、話が脱線しかけてるぞ」
「そうだよな! トナメがヤベーんだよ!」
そうなのだ、学園最強トーナメント。
出来るだけ勝って、奨学金を得たい。
そうでなくても、一勝も出来なければ即退学だ。
「とっ、取り敢えず、コヒュッ……対戦相手見てみたら?」
ごもっともだ。
早速俺達は掲示板へ向かった。
「えーと、リューリリューリ……」
自分の名前を探す、と同時に、アシェッタの名前も探していた。
「おっ、リューリの名前あったぞ」
ボンが俺の対戦カードを見つけた。
どうやら三ランク格上のCランクが一回戦の相手みたいだ。
「まっ、ドンマイと言っておこう!」
俺の肩を叩くボンだったが、その調子に乗った態度は一瞬で崩れるだろう。
「ボン、お前の名前あったぞ……」
俺が指挿すと、ボンはそれを目で追い、やがて絶望の表情を見せた。
「え、Bランク……」
「まっ、ドンマイと言っておこう!」
仕返しとばかりにリューリはボンの肩を叩いてやった。
「あびゃああああああああああああああ」
このキショい叫び声、ドラッグに何かあったのか!?
駆け寄って、「どうした?」とリューリが声を掛けると、ドラッグは震える指でトーナメント表を指差した。
そこにあったのは……
『ドラッグvsアシェッタ』
俺とボンは、ドラッグにジュースを奢った。割り勘で。
放課後、やけドラッグをしようとするドラッグを俺達3人で取り押さえ、俺達四人は作戦会議を開始した。
「ドラッグ……」
流石のアシェッタも、真剣な顔をしている。
そんなアシェッタを見たドラッグは、制服の上に羽織った白衣のポケットをごそごそと漁り、何かを取り出した……
「あっあへっ……こっ、これで勘弁してくれやせんかねぇ……」
ドラッグがアシェッタに差し出したのは、ぐしゃぐしゃになった○ックのクーポン券だった。
コイツ……これで買収しようってのか!?
しかもよく見ると期限先週までじゃねーか!?
「えっと、どうしようリューリ……」
アシェッタは不安そうな視線を俺に向けた。
流石に、この状況は俺でも困るな……
だからこそ、真摯に支えてやろう。
俺の背中はお前に、お前の背中は俺に、だ。
「アシェッタ、この状況に答えは無いから、お前の好きな様にしろって言われても、お前は困るだけだよな……」
リューリの言葉に、アシェッタは強く頷いた。
「だから、アシェッタが答えを出しやすい様に、俺が一緒に考える」
「リューリ……」
「まず、この賄賂を断っだとしても、ドラッグはお前を怨んだりしない奴だし、そうだったとしてもそんな事させない」
ドラッグは、申し訳なさそうに顔を伏せた。
そんなドラッグに、
「まぁ、トナメのマッチングは完全に運だしな……」
と、ボンがフォローを入れた。
「次に、返事によって未来がどう変わるのか考えてみてくれ」
「未来……」
アシェッタは、両手の人差し指を額に当てるという変わったポーズをとりながら、うんうんと唸った。
ドラッグの賄賂を受けた場合、
・アシェッタの学園ランクが下がる。
・ドラッグが退学を免れる。
が表面的な結果で、
・アシェッタの寮がランクダウンで失われるかも知れない。
・ドラッグに過剰な恩を売ることになり、関係性が崩れるかも知れない。
が隠れたリスクだ。
次に賄賂を受けなかった場合、
・ドラッグは十中八九退学
という分かりやすい結果がある。
私は、リューリとドラッグ、ボン達と一緒に遊んで楽しかった。
だから、この関係性が壊れてほしくない。
だけど、リューリとの暮らしを失うくらいなら……とも思う。
むっ、難しい……ドラゴンブレスで全てを吹き飛ばしてしまいたい!
「……っ!」
私が無意識に拳を握ると、リューリはその上に優しく手を被せてくれた。
手のひらから彼の鼓動を感じる。
そうしていたら、なんだか力が湧いてきた。
答えのない二択を、吹き飛ばせる様な力が。
「ドラッグ、賄賂は受け取れないわ」
瞳に確かな意思を込めて、
「だけど、ドラッグを退学させたりはしない。」
声に想いを入れて、
「私、ドラゴンだもの、人間ごときの作ったトーナメントなんて、軽く吹き飛ばしてあげるっ!」
言葉に確信を持って。
そして最後は胸を張ってキメ顔でピース!
私ってカッコいい!
私って素敵!
「アシェッタ……俺、アシェッタの事惚れ直したかも知れないわ……」
「まっ、眩しっ……」
「すげーーーーっ!」
アシェッタの提案は、どうにかして、トーナメントをめちゃくちゃにして、トーナメントを延期もしくは中止にし、対戦カードの組み直しをさせるというものだった。
人は正解のない二択に苛まれ続ける生き物だ。
だが、ドラゴンは違う。
その圧倒的パワーで、人間の理不尽など軽く吹き飛ばしてくれる!!!
アシェッタ、お前はすげぇよ。
人間の社会の中にいながら、考えて、考えて、流されずに自分もちゃんと見て、出来ることなら出来るだろうとドラゴンの力を計算に入れた。
彼女はドラゴンだ。
力もそうだが、心も、あの雄大で美しく、そして何よりも強い、最強の存在、ドラゴン。
彼女はドラゴンの心を持っているんだ。
リューリはこの時、人生で初めて誰かを強く尊敬した。
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