おまけ4 貴女の最期に乾杯を(語り アルカ)

この世には、何につけても放っておかない人間というものがいますわ。

例えば、イアナはまさにそういう人間ですのよ。

思えば私が魔王という危機を前にしていたとはいえ、人間と共に戦うことが出来たのも、イアナのお陰ですのよ。


私達吸血鬼というものはたいていの人間では腕力や魔力で敵うものではなく、それでいて貴族や大商人であったり、あるいはその子女を眷属に持つことで財産も並外れたものになりますの。

それゆえ吸血鬼は傲慢で、人間が良くて犬猫をめでるように、普通は牛馬をその前でいつ食らうかと相談したり、あるいは畜生の二文字で貶めるように人間を見てしまうことが多いのです。


たとえそれが前者であったとしても、傲岸不遜な物言いで愛でる相手を怒らせ、逃げられてしまうことも多いのです。

そんなことであるので、幼いころの私に友人と呼べる者はいませんでしたの。

本来であれば人間というものを多少は知っている年長者が振る舞いを教えるのもしきたりですが、数年おきに訪れる魔王さえも自分達でどうにかなると思いあがった我が祖の吸血鬼達は勇者より前に魔王に挑み、その生贄となってしまいましたの。


このような有様で過ごしてきた私に、人間を対等に見なす考えなどありませんでしたわ。

それを壊してくださったのがイアナですのよ。


初めて会ったのは私が獲物を求めて夜の王都を飛んでいたとき。

思い出によるものかもしれませんが、その日は星も月もとてもきれいでしたのよ。

しかし、その日は成果もなしで、空腹に悩んでいました。

そんな私を見かねたイアナは、事もあろうに窓を開け、私にパンを差し出してくれていましたの。

愚かな子。

それが、私の彼女への第一印象でしたわ。

吸血鬼を自ら招き入れ、無防備に首筋をさらす。

当然私は彼女の血をいただきましたわ。無論、眷属やゾンビにならぬ程度、ですが。


「吸血の痛み止めの呪いで体がうずくでしょう?眷属になる覚悟がおありなら、この地図の城においでなさい。」

その時はさみしさまぎれの冗談のつもりで、私は彼女を城に招きましたの。

どうせ、チャームの呪いが解ければ、記憶もあやふやになり、私のことなど忘れると、その時はそう思いましたの。


「あそびにきたぞー!あけてくれー!」

イアナに、吸血鬼を恐れるという発想はなかったのでしょうか。

それとも、あの夜にチャームの効きが浅く、彼女は理性を保ってしまっていたのでしょうか。


いずれにしても、今にして思えば随分な物言いをしていたと思います。

「残念だけど、お前のような恋も知らぬ童女の血は味も薄くて最後まで吸ってやる気になれませんわ。」

「吸血鬼は獲物を背後から襲うものよ。お前のようにいつも相手の前に立とうとする者に我が眷属が務まりまして?」

このように何につけても口から出るのは、一粒のわずらわしさと高慢さからくるわがままばかり。


ああ、きっとあなたも私を恐れるのでしょうね。嫌うのでしょうね。

そう諦めた私に、イアナははっきり言いきりましたの。

「友達って、えらい吸血鬼とそうじゃない人間の間だとしても心は対等なものだと思うぞ。」


そういって、イアナは何度も、彼女のお父様の王都の仕事の度に私の城に遊びに来ましたわ。

そんなイアナは徐々に成長し、私好みの美女へと成長しましたの。

思わず見とれる背の高さにりりしさと美しさの共存した顔。

そして……これ以上は野暮というものですわね。

ともあれ、私はイアナと繰り返し遊ぶたびに、人間への傲慢さがなくなりましたの。

花を愛で、酒場で過ごし、あるいは同じ本を読み……。


それと同時に「イアナと永遠にいたい」「彼女に私達闇の一族のドレスやマントを着せたらどれほど似合うか」「彼女をその最期まで堪能したい」という情欲が沸き上がるのを感じましたの。

私に、見下すばかりであった人間の内実を教えてくれた人。

私に、愛というものを教えてくれた人。

私の心に、ともすれば永遠や闇の加護、不死の肉体を投げ出してでもともにいたいと思わせる人。

この愛は、私が一方的に抱くだけのもの。

ましてや吸血鬼と人間。かなうはずなど、無い。

それでも、私は愛を伝えずにはいられませんでした。

「私は、貴女をお慕い申し上げます。」

「ああ、私も好きだぞ。アルカ。君の眷属になれるなら、私としても本望だ。」

この夜の喜びは、永遠に忘れられないものです。


しかし、吸血鬼どころかあらゆる魔物を一切恐れず、危険とあっても前に出て人を守れるイアナが勇者の一人に選ばれるのは、不本意ではありますが当然であったかもしれません。

とても、残酷で受け入れがたいことです。

これならば、愛など伝えなければ。

いえ、貴女と友になりさえしなければ。

いいえ、あの夜。いっそ貴女を吸い殺してさえいれば。

「泣かないでくれ、君を守るために死ねるなら本望だ。」


ああ、そんな残酷なことをおっしゃらないでくださいまし。

しかし、平気でそのようなことを言ってしまうような貴女だから、私のことも救ってくださったのでしょう?


そして、貴女は言葉通り、勇者の皆様と共に魔王に挑み、封印を成し遂げ帰らぬ人となりました。


そのはず、でした。

ええ、今は違いますのよ。

帰らぬ人をも帰らせる。そんな奇跡が現実になりました。

「もう、私を置いていくようなことはなさらないでくださいまし。」

これが外法でも何でも構いませんわ。貴女は今ここにいる。

この古城の、私の寝室に。

「今宵からは君と同じ棺で眠ることになるんだな。」

「ええ、これからはもう寝ても覚めても、夢も現も、いい夢で満ち満ちていますわ。さあ、このマントの中へ。人としての死、吸血鬼としての出生の瞬間を歓喜と放蕩に満ちた、甘く爛れたひと時にしてさし上げますわ。」

魅了の呪いを込めたマントで包み込み、牙を立てる。

貴女の甘い断末魔と、血液に、乾杯。

ああ、貴女の伸びた牙。ワインレッドの高貴な裏地の美しきマント。

ふふ、これからは永遠に愛し合いましょう。

もう貴女には老衰の死別さえ許しませんことよ。

さあ、ともに棺の中で眠りましょう。

「喉が渇いたな。水でも飲もうかな」

「水よりもずっといいものが、此処にありますわよ。」

そう、儀式の仕上げ。

祖となる吸血鬼の血をのむことで、血の交換がなされて……

貴女は晴れて、正式に不死の吸血鬼の一員になれるのです。

さあ、今度は貴女の牙で私を堪能なさいませ。

「ふふ、そうか。ではさっそくいただこう、我が最愛のお姫様。」

「ええ、貴女に恋い焦がれた女の最高の生き血を、心ゆくまでご堪能なさいませ、私のお姫様。」

ああ、やはりこれでよかったのです。

遠き日のいつか、人を捨てた日ぶりの血を吸われる歓喜に震える私と、

闇の喜びに眼を赤く光らせ喉を鳴らす貴女。

私達吸血鬼の象徴たる赤い月と蝙蝠たちも、婚姻とこれからの永遠の夜を祝福してくださいますわ。

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