おまけ(各キャラ視点の過去話・後日談)
おまけ1 在りし日のバレンタイン(語り:ドロテア)
冬のうちに草木の上にずしりとのしかかった雪達も、そろそろ解けるか解けないかという相談をしている冬の頃合。
魔術学校の生徒たちも学生の身分、10代の若きを謳歌する頃合であるから、皆バレンタインというイベントには色めきたつものだ。
憧れの子からのチョコを心待ちにする男子、己には来るまいと甘い期待を端から捨てて、苦い呪いを振りまこうとするよからぬ男子。
あるいはとにかく義理をばら蒔いて反応を楽しむ女子、愛する1人に渡す本命に魂と魔力を注ぐ女子に、そういうのは抜きに甘い物を特価で楽しめるこの時期を満喫する女子。
様々な人と人が行き交う講堂の廊下で、あたしは頭を抱えて歩いていた。
バレンタイン、こういう時くらいしっかりと贈り物でもしないと、あたしも「唯の幼馴染」で終わってしまうんじゃないかと、焦燥に駆られていた。
「学年首席様はこんな時でも考え事か」
「いついかなる時でも考えるのは勉強の事だもんな」
「頭下がるがマネはできないなあ……」
うっさいわね、と叫びたくなる気持ちを無理矢理飲み込みながら、幼馴染のダンを迎えに行く。
幼馴染というか、ダンは恐らく世間ではそこそこ変わり者という分類になるのかもしれない。
今にして思えば異常な事だが、あたしは魔法が生まれついて使えた。
それを気味悪がって同年代の子が尽く逃げるなか、1人だけ目を輝かせる男の子がいた。
それがダンだった。
「それでね!ダン君!チョコレートだよ!何が嬉しいかな?」
会議室に入った途端、ダンに嬉々として話しかける隣のクラスの女子がいた。
頭が真っ白になった。
黒魔道士クラスの女生徒用の魔女服を着てなお、強烈な氷魔法を直撃で受けたような心地だった。
それと同時にあたしの心の中に、火が着くのを感じた。
「ダンにはさ!ほら!あたしがあげるから!ね!」
無理矢理割り込んで言う割には、ダンからはちっとも感情の揺らぎを感じない。
むしろ小さくなっているまである。
あたしの心の火に油が注がれる音がした。
「暁の大魔女たるこのあたしが!ただものでは無いチョコをあげると!言ってるのよ!」
怒りが高まりすぎて、少し涙が溜まっていたような気もする。
とにかくその日は悔しい気持ちで満ち満ちていて、寮の自室に戻るまで私の肩は震えっぱなしになったことを覚えている。
日が暮れて、怒りが静まり出した頃、あたしは早速「ただものでは無いチョコ」を作ることにしたのだけど、昼間は怒りに任せてとんでもないことを口走ってしまった。
今となっては恥ずかしくて、昼間のあたしを火あぶりの刑に処したい気分だ。
無論、そんじゃそこらの女子生徒にあたしの幼馴染をくれてやる訳にもいかない。
あたしは「暁の大魔女」なのだ。
チョコに込める魔法や薬だって、並の魔道士のそれよりもうんと強いものだ。
「こっちは自我の上書き……、この瓶は相手の理想をあたしで上書きする薬……この媚薬はあたしが触れた場所を強引に性感帯に作り替えてしまう薬……」
どれも一つ一つが法律スレスレの危険極まりない産物である。
色恋ひとつのためにこんなものまで作ってしまったと知れれば、良くてメイ先生の大目玉、最悪退学だろう。
そうだとしても、ダンを諦めたくない想いがある。
だから、こんなものを使ってしまうのも仕方の無いことなのだ……
あたしは自分に言い聞かせながら瓶の中身を溶かしたチョコのボウルの上に垂らそうとする……のだけど……
こんなことをしないと、あたしはダンに振り向いて貰えないのだろうか。
あたしは、ダンにとってその程度なのだろうか。
胸が痛む。苦しい。
「ダンは……あたしのだもん……」
涙がこぼれそうになるのを抑えてあたしはハッとする。
「って!早く手を動かせあたし!」
焦りが込み上げてくる。
ひとまずチョコの上で震えっぱなしの媚薬の瓶は机に戻す。
とにかく、買っておいたカステラボールをチョコの大釜に沈めてしまう。
チョコは媚薬と言われている。
試したことは無いがチョコは口の中のガムを溶かしてしまうともいう。
いっそあたしも、このマントの中でダンをたっぷり弄んで溶かしてしまえたら、あたしの1部にしてしまえたら、どんなにいいか……
「ダン、すき、ダン、すき……」
あたしは狂ったような……いや、狂っていたと思う。
とにかく、そのようにしてあたしのバレンタインチョコは出来上がった。
翌日、バレンタイン当日。
多くの生徒が校庭で、教室で、講堂で、廊下で、
それぞれの相手にチョコを渡していた。
勿論あたしはそんな中に混じらない。
「ダンはこっち、さあ乗って。」
あたしは半ば無理やりダンを箒に乗せ、2人乗りで飛び上がる。
世界から、あたし達は切り離されて。
この時、あたしとダンはふたりきり。
このチョコは、そうでもしなければ「ただものでは無いチョコ」にはなれない気がしたから。
無論、ほかの女子のチョコを貰って欲しくないという思いも、あるけれど。
幸い、ダンに相談をしていた不埒な女子は別の男子にあげるチョコの相談をしていただけだことも判明した。
ダンが貰うチョコは……私一人の、本命だけだ。
「ドロテアから貰えた……夢みたい……」
密着した体から彼の熱を感じる。
これではまるであたしがとけてしまいそうだ。
さらに、予想外だったのは。
「これ……僕もあげたくて、作ろうとしてみたんだけど……やっぱり変、かな?」
可愛い小袋にカップケーキが入っていた。
「魔道士なんて、変で上等、でしょ?」
あたしは無理やりきどって見せたが、もう限界だった。
これだから、彼をほかの何者にも渡したくないのだ。
彼を……何者にも……汚されたり……壊されるようなことを……されたくないのだ。
感極まる私。
「ドロテア、他の生徒も見てるよ!こんなに抱きついたら恥ずかしいよ!せめて手繋ぎに……」
するわけないよ。あたしのダン。
貴方は私のマントの中でこうして愛されるのがお似合いだ。
そう、どこだろうとね。
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