第13話 魔女は秘密が多いもの
ドロテアが僕に「きっと必要になるから」と託してくれた闇の魔法の研究結果。
そこにあった成果をまとめるならば、おおむね以下の通りだ。
「闇の魔力は、人間や魔物の感情の激しい変動、思念、あるいは生命力を術者が吸収し、変換することで得られる。」
「闇の魔力の生成や行使には、多く生物の生と死に関し、倫理的に忌避される行為、例えば著名な生成法には生贄やサバトが、著名な行使にはゾンビの生成や悪魔の召喚や使役、吸血鬼による犠牲者の同族化があげられる。」
「闇の魔力で通常魔力を用いる魔法も使用可能である。通常魔力による魔法と比べ魔力効率に優れるため、通常魔力を使用するときの感覚で使用すると効果量の制御が難しく危険である。」
「また、闇の魔力を多く取り込むと、感情の起伏の増大、各種身体欲求の増大、理性による自律の困難化、闇の魔力を得る際の感覚への依存を経て、最終的に身体不可逆的に闇の魔力の生成機能が備わる。」
「通常聖銀の防具であれば、魔法による攻撃などから通常魔力を吸収および聖銀を形成するミスリルと銀による魔力の分解が発生することで威力の減衰、または無力化ができるが、闇の魔力の無力化は勇者の武具や勇者の魔法の一つ、「月光の結界」でもって防ぐことが現在判明している数少ない防御手段である。」
「魔王があちらこちらを壊しまわるのは、片っ端から命という命を生贄にして闇の魔力を生成するため、ということですのね。」
なんとなく、なぜ教会が闇の魔力を忌避するのか、そして闇の魔力が多くの物語の中で悪党の手段として描かれていたのかが僕にも理解できた。
それにしても、闇の魔法の必要性を理解した先見の明もさることながら、僕や仲間たちに内緒でここまで研究を進めていたのだから、ドロテアは本当に恐ろしい。
「昔からずっと、ドロテアには助けられてばっかりなんです。少しは僕の側からもお返しをしなければと思っていたのですが、結局こうなって……」
窓から差し込む月明かりの下、ランプの明かりで論文を読む僕を、一匹の蝙蝠が目を光らせ見ていた。
翌朝、僕に「見せたいものがあるので来てほしい」というメイ先生からの手紙が届いていた。
魔術学校に駆け付けた僕を待っていたメイ先生。
先生はずいぶんなしたり顔をしている気がした。
「『討伐隊参加者の安全性の確保』という私の課題に答えを出せたようね。闇の魔力に対する魔王の認識の隙をつくやり方、面白いわね。
本気でこれでやるというなら、教会にも特例を許してもらう交渉をしてもいいわよ。」
そういうとメイ先生の懐から、妙な気配を放つからくり仕掛けの首飾りが出てきた。
「闇の魔力は体に蓄えると危険なのはドロテアちゃんから教わってるわよね。
この装置『メイ・ハピネス』なら術者の感情から闇の魔力を抽出して機械の中に蓄えてくれるわ。例えば、ほら」
先生が装置を首にかけると、首飾りの内部の歯車が音を立てて動き始め、どんよりとした黒い霧が吹きだす。
「若かりし頃の私のやんちゃ心が生み出したこの機械。闇の魔法の出番なんてそうそうないと思っていたから箪笥の肥やしだったけど、これがあれば、取り回しの安全性は確保できるわ。」
これを大きくしたものを壁に括り付け、闇の魔力を纏わせた防御として使う。
後は闇の魔力が僕たちの側に入り込まないように「月光の結界」を張り巡らせたいが……。
「魔王をぐるりと囲む壁の大きさと、それをカバーするのに必要な人員の数を考えると人数がばかにならないわよね。でも大丈夫よ。ここがきっと力になってくれるわ。」
そういうと、先生がチラシを持ってきた。
「S&R魔道具工房 杖から人形まで、幅広くご注文承ります。」
「この学校からはそこそこ遠いところにあるし、道中結構魔物も強いところだけど、この私が卒業を認めたんだから、きっと大丈夫よ。」
「ありがとうございます!行ってきます!」
「メイ先生といい、ドロテアといい、ずいぶんと裏でおっかないことをしているものだなあ。」
校門を出て、チラシの示す方角に向かう地方に向かう乗合馬車の乗降口に向かう僕。
「乗車賃は……、2人分だね?」
2人?
恐る恐る振り向くと、こっそりと女の子がくっついてきていた。
「あいよ、お代確かに!」
しかも、僕の分まで出してしまった。
「えへへ、お久しぶりです!」
無邪気に笑う彼女は……公爵家ご令嬢のシルク様だった。
「これも行きがけの駄賃ということで、護衛お願いします!私もS&Rに御用がありますので!」
「私からも頼む。お嬢様にけがの一つでもされてしまっては私の首が物理的に危ないからな。」
アスミアさんからも頼まれたら断りにくい。
「それでは今回も、道中の安全確保、させていただきます。」
僕達を乗せた乗合馬車は、からころと出発のベルを鳴らし動き始めた。
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