40.魔導士の大罪

【注意】

 後半、R15~R17程度の不快な表現がありますのでご注意ください。どうしても受け付けられない方はこの回のみ飛ばしていただいても構いません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「ルベリア王女、どこにいる」

 どこからか聞こえた、男性の声。王女と共に俺の体は跳ね上がった。

「いけない、フェロニー様がお呼びになってる」と王女は立ち上がる。

「フェロニーって、宰相陛下の……?」

 中庭の奥から足音が聞こえる。待ち人は宰相だったのか。なんとなく安心した俺だったが、このまま俺が見つかったらまずいことになる。早いとこ透明魔法をかけてやり過ごすか。


「ええ。すみません、せっかくのお話を遮らせてしまって」

「いえ、そちらの方が大切な予定なのですから、お気になさらず。私は隠れてそのまま部屋に戻りますので」

「はい。その……お付き合いいただきありがとうございます」

「こちらこそ、誠に感謝申し上げます。それではおやすみなさい」

 お互い会釈し、俺は透明化する。足音を立てないように、しかし足早にこの場を去った。柱に隠れ、踵を返してはベンチ前を見ると、恰幅のいい禿頭とくとうの中年男性が王女と話していた。すぐさま二人もその場を後にしたが、宰相の後ろについていくと同時、俯いた王女が目に留まる。


 なんだ……? この感じは。

 いや、気のせいだ。バイアスは錯覚を生む。これ以上の欲はもってのほかだと、邪な気持ちをを振り払うため、俺も足早で廊下を進む。

 そりゃあ未練はある。好きな人ともっと長く話していたいのは当然だし、思ったより好印象ならばなおさらもっと欲しがってしまうのも人間の性だ。

 だがそういうのじゃない。

 呼ばれたあのとき一瞬、王女の瞳がなんというか……いや、それだけじゃない。人を待っていたにしちゃ、一人でいたときのあの顔は何だったんだ。儚げで、寂しそうで、今にも泣きだしそうで……震えていた。


 気づいたときには、踵を返していた。

 勇者パーティといえどみつかりゃお説教だけで済まされそうにもない。とはいえ、この直感を見過ごす理由にはならなかった。

 一階は……いない。それなら二階は――いた。


 宰相と王女の後姿を目にし、壁際に隠れる。そもそもこんな時間になんで王女とふたりで? 政治の話じゃなさそうだし、人生相談でもするのか。親族に打ち明けられないほどの深刻な悩みでもあるのか。あの顔は、孤独感によるものだったのか。

 確か国王とは古くからの友人だと聞いたことがあるし、親戚に似た関係なのかもわからないが、きっと彼女のそう言った悩みを聞いてくれる理解者である可能性の方が大きい。むしろそれしかないだろと、ブレイブに尋ねたらそう笑って返されそうだ。


 距離を保ちつつ、尾行する。随分と奥に進み、ついた先はおそらく宰相の部屋だろう。転移魔法を駆使し、扉が閉まる寸前で俺も部屋の中に転がり込んだ。透明化はそのままに、部屋の隅で二人を見守る。内鍵を閉めた宰相の顔を改めて見る。

 立派な眼鏡と髭を整えるが、脂の乗った豚みたいな男、というのが正直な感想だった。見た目で判断しちゃいけないのは十分承知だが、きっとうまいもの毎日食べている生活をしているんだろうなと感じてしまう。腹もご立派に丸々と肥えている。神様も平等じゃねぇな。


 王女を見て目を癒そうとしたとき、その表情は先ほど俺と話したときのそれとは大きく異なり、影が含まれていた。宰相との受け答えも丁寧ではあったが元気がない。本当になにか悩んでいるのか、それとも……いや、まだわからない。もう少し様子を見よう。

 にしてもこりゃまた豪華な部屋ですこと。掃除が大変そうだ。そう絢爛な一室を見回す。これ明らか俺が悪党の立場にいるなと罪悪感を抱いたとき。


「……は?」

 固まった。頭も、体も。

 突如、宰相が王女の華奢な体を抱き締めたのだ。

 そして強引に、接吻した。抵抗の様子は見えたがそれもむなしく、少女の柔く繊細な口唇の中にどろりと粘ついた欲望の肉塊が入り込んでくる。粘液の絡みつく音に混じり、王女の悲痛ともいえる声が喉からくぐもって聞こえてくるも、それも男の口でふさがれる。

 ……おい。

 なにやってんだよ。

 どういうことだよこれ。


「――ぷはぁっ、はぁ、や、やめ――」

 またも唇を無理矢理交わす。彼女の細く、健康的な体躯が肉の塊に埋もれている。よがれる王女に合わせ、男は下半身をこすりつける。

 逸らしたいのに、視線がくぎ付けになっている。

 やめろ。

 やめてくれ。


「おね、がい……ハァ……今日だけは……やめ、やめて……はぁ、いただけませんか。今日は、たいせつな……ハァ……日、なんです」

 呼吸もままならなかったのだろう、息も絶え絶えな彼女の目から零れる涙と怯え切った姿は目も当てられない。

「そうやって今まで断ってきたではないか。いつもいいところで終わるんだから、もう辛抱たまらんのだよ。ほら、ここがすごいことになっているだろう? いまかいまかと寂しがっておる。もういいだろうルベリアちゃん。余はもう我慢ならないのだ」


 唾液の糸を引きながら話す男の目は、獣なんてものじゃない。魔物そのものにしか見えなかった。息切れしながらも脂の塊を揺らし、抱き寄せたまま連れて行った先は――寝室。そこに王女を押し倒し、手で包み込むように、しかし豊かな胸を乱暴に揉みながらネグリジェを脱がそうとしていた。馬乗りされた彼女は抵抗するも大男の前では無力に等しかった。

 自然と握りしめた拳から熱い何かが溢れ、垂れてくる。噛みしめた唇に鋭い痛みが走り、鉄の味がしてくる。噛みしめた奥歯から変な音が鳴り、頭から今にも何かが破裂して噴き出そうだった。


 何してんだよ……!?

 まさか今までもこんなクソみてぇなことをしてたってのか……!?

「や、やめて……くださ……あっ」

「~~ッ」


 抑えろ、耐えろ、堪えろ!

 なに馬鹿な事しようとしてんだ俺。

 もっと他に方法があるだろ。なぜそれだけしか思いつかねぇ。

 わかってるだろ。後のことを考えろ。周りのことを考えろ。この国のことを考えろ。テメェの感情1つでどうこうしていい問題じゃねぇんだぞ。


『――私、いまとっても楽しいです』


 無理だ。


「"禁術第九ノナ・プロヒビトラム・インデックス"……ッ」


 わかるだろ。わかってくれよ。仕方ねぇだろ。

 ガキの頃から憧れた恩人で。

 こうしてお会いできるようになれて。

 あんな悲しそうな顔を見て。

 あんな嬉しそうな顔をしてくれて。

 あんな涙を見せられて。

 こんなの――ッ

 許せるわけねェだろうが!!!!!


「――"死は鼠が運びペスタクル心の臓は鴉が啄むサタニスト"」

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