42.ふたりぼっちの小さな反乱
【注意】多少のグロテスク描写が冒頭にあります。
――――――――――――――――――――――
憧れの騎士のようにかっこつけて告げる。これで両者の意志は固まった。もう迷うことはない。
「でも、どうやって脱出を?」
「大丈夫です。少々お待ちください」
今回は魔力吸収型の拘束具が手足と首につけられているだけ。指は動かせるし、口も動かせる。魔導士を拘束する際の注意事項を、この国の騎士は知らねぇみてぇだ。魔法を出力させない道具に対して過信するたぁ愚かとしかいえねぇよ。
ただ、これは賭けだ。成功する保証はないし、ミスれば斬首刑の方がマシな結末を迎えることもあり得る。
「……ふぅー」
覚悟は決めた。枷で自由の利かない両手を口元に近づける。歯を立てて右手の包帯を歯で引きはがす。親指の付け根あたりを咥え、力を入れ――嚙みちぎった!
「――ッ!!!!!」
いたい痛いイタい痛いクソがァ! クソ痛ェよ畜生! ああああ堪えろ堪えろ! 声を上げるな!
「ふーっ、フー……ッ!」
「……っ、ライト様?」
皮膚を失って筋があらわになった親指の根本から十分に血が溢れてきている。そのまま指へと伝わせて、床に魔法陣を描く。確かこうだったはずだ。間違わねぇように慎重に、けど乾く前に早く書かねぇと。
「ああ、大丈夫です。ぜぇ……少しばかり、お時間、頂戴いたします……っ」
……よし、描けた。ああ、両方の手のひらにも石の破片で魔法陣を刻まねぇとな。右手のひらに刻むのはともかく、左手のひらは難しいな。激痛走る右手が血だらけで石が思うようにつかめない。指先も乾いた血で動きにくい。
これで準備は整った。自身の肉体という出力デバイスを外部に――この魔法陣に移譲させる。魔法陣の中央に胡坐をかき、瞳を閉じ独特な規則性のある呼吸を行う。やがて深く息を吸っては、すべてを吐く。深く深く、吐く。
「"
声にならない声で、ささやくように詠唱する。
生体魔力には様々な経路があり、外部および人間が最も自然的に魔力流動させやすいMANA経路を断ち、AMAP回路に変換――いわば己の肉体に魔法的自食作用をもたらし、血肉を削って魔力を自ら生み出す手法を採用する。
この拘束具はおそらく熱力学的な魔法作用に比例し触媒的に不活性化させては魔力還元物の吸着率が向上する
加え、この経路で生成・流動させる魔力はラジカルも少なく反応性が低い。ただ速度論的支配に依存する。この性質を利用する。
外部環境や道具、契約や自身の魂・精神に頼らない、自らの肉体を構成する細胞が
一度だけ肺を膨らます。気管の中すべてを押しつぶさんばかりに深く息を吐いてからゆっくり、呼吸を止める。
渓流に浸り、潜り、そのまま身を任せるようにゆっくりと、意識の境目をなくし、意識の次元軸を3から2へ、1へ、0へ……そして無へと――。
……。
――今だ。
「"
不関与式の短距離転移魔法を発動し、宙に放り投げられたように俺は冷たい石畳に勢いよく落とされる。背骨がいたかったが、両手の枷や足の感覚がないことに気づく。
身を起こせば鉄の檻が目の前にあり、誰もいない牢屋がその先にあった。イチかバチかの賭けだったが、勝ったみたいだな。
だが上手く魔力回路が戻らない。呼吸のしづらさに加え貧血状態だ。立ち眩むが、踏みとどまった。全身が熱っぽく体の節々も若干痛む。反動による筋肉と関節の軽い炎症だろう。
それでも休むわけにはいかない。大きく呼吸することだけに集中して……よし、治った。手足の枷で抑制されていた"魔力波動"も辛うじてだが体から放出できている。
隣の牢屋へと駆けつけ――いた。髪留めがなく白銀の髪が重力に従い流れているが、まごうことなきルベリア王女だ。王族のドレスのままの彼女は心配そうにこちらを見、俺は安堵する。こうして会えたことに感極まりそうになる。
「どうやって外に……?」と王女が半ば驚いた声を上げる。我に返り、周囲を見渡す。案の定そこらにカギをかけている場所はないか。
「待っててください、いま出しますから」
だが魔力はからっきしに等しい。あいにくここは外部魔力も遮断されているから精神系に取り込むことも叶わない。
自身から漏れ出る"魔力波動"を固定化し、精神系と肉体系を通じて仕事変換する手法もあるが、不得意で十分な魔力へと変換できない。
背に腹は代えられねぇ、と親指を口の中に突っ込んでは奥歯へと触れたとき、複数の足音と鎧が擦れる音が廊下左の奥から響いてきた。
案の定、音で気づいたか。あるいは外に出ると報せる魔導システムが設置されていたか。
「ライト様、看守の方が……っ」
「っ、ご安心を」と強がりを言う。正直大丈夫じゃないが、ここで弱気になったところで誰も助けてくれやしない。
暗闇の奥から仄かな光魔法を発動しながら出てくる看守の兵は4人か。意外と重装備で挑んでくるじゃねぇか。こういうやつは内側から攻めるに限るが、魔力がほぼ空となると使える手札も限られる。"血唱術"を発動するだけの気力もさっきので潰えたしな。
『――いざというときにその埋め込んだものを抜くといい。魔力が底を尽きようと、一時的に力を引き出し、再び戦えるようになるからね』
だが切り札は仕込んである。
やりたくねぇけどやるしかねぇ。
一対一ならなんとかなるが、魔力なしで4人がかりはさすがに対処しきれないだろう。狭い廊下なのが唯一の救いか。
槍の一突きを避け、そこに足を引っ掛けては踵落としの要領で先端を床にたたきつける。その隙をついて踏み出し、鉄の顔面に膝蹴りをかます。鼻がつぶれることはないだろうが、鈍重な鎧も手伝ってそのまま後ろに倒すことはできた。
着地の隙を突かれ、奥から鉛色の光がぬらりと輝く。槍を拾う余裕もない俺は咄嗟に左腕で剣を受け止めた。衝撃が全身に伝わり、骨身を震わす。その切れ味と重さなら骨ごと断たれていただろう。
違和感に気づいたようだ。俺の左腕が斬れないどころか、血すら出ていないことに。
この腕の表面が回路型の魔法陣を淡い光で無意味に描きだしたことに。
「こいつまさか――」
「"
一部だけだ。魔力がなきゃただの
気に入らねぇ反応をした兵を前に睨む。
頑強な左腕を払い、剣を弾き返した反動で相手は一瞬重心が後ろに傾く。その隙に右足を薙ぎ、剣を握る右手を蹴った。武器を手放した看守兵の顔面に左義手の拳を喰らわせた――同時、俺の右頬に重く硬い拳がめり込んできた。
「ィぎ――ッ」
痛っでぇ畜生。ちったぁやるじゃねぇか。
だが俺の方が一枚上手だったか、殴られたそいつは檻にぶち当たり、そのまま動かなくなった。鎧越しだが顎にでも喰らったのだろう。
回転しながら跳び、頭上から降りる剣を宙で避けてはそのまま滞空回し蹴りして体勢を崩させる。蹴った勢いで左の壁へと左足をつけ、垂直を数歩だけ走った。反対側に回った俺は残る三人を視、切れた口と鼻から出てくる血をぬぐい取る。
口内で折れた歯をぷっと右下へ吐き、右手で血痰混じる血濡れのそれを下方で受け止める。抜け、穴が空いた歯茎の中に埋め込まれていた小さいカプセルが舌の上で転がった。
条件は、歯が抜け、神経が露わになることで頭蓋に走る激痛と媒介を担う血、そして闘志。それらは疑似的な死の淵から呼び覚ます原動力となる。
カプセルを奥歯でかみ砕き、口内で充満する薬剤が血に溶ける。露わになった歯茎の神経に薬剤が触れ、刺激を得たとき――詠唱する。
「"
電撃が全身を走る。
この頭蓋を突き抜けるクッソ痛い口の中も、治癒魔法と再生魔法で治し、かつ損傷した歯を再生していく。そのまま右手に握っていた奥歯の体積を拡張・増幅させ、両腕を中心に白い外骨格を流れる電撃に伴い形成させた。
「"
唱え、白い巨腕と
驚き怯む兵の一瞬の挙動を見逃さない。まずは目の前の兵士一人を包まんばかりに手のひらで薙ぎ、万力をもって左の檻に叩きつける。
容易にひしゃげる檻を爪で掴み、引きはがすと同時。残る二人が剣を振り上げ、片や突きをかまそうとも、兵を握ったまま裏拳で受け止め、薙ぎ払う。ひとりは壁にめり込み、右手から手放した兵もろとも気を失った。
「くっ、"
残る一人。剣を体ごと遠くへ弾かれ、廊下の奥の壁へぶつかる。武器を失うも、まだ相手の戦意は消えていない。
そいつは手をかざしガントレットに魔法陣を浮かび上がらせる。その手のひらの先に緑の魔法陣が盾のように展開される。外部魔力が流れない環境だからこそ、"
「"風神五の刻、土と木の精霊以て火の素
「なげぇよ」
駆けた俺は巨大な右腕で相手を殴りつぶす。石の壁も砕け、兵の背が埋まった。だが、その魔法陣は消えておらず、盾のように受け止めている。
「"
すべての毛が逆立つ。
鼻先の肌から顔、全身にかけて引き裂かれ、はがれそうになる感覚と同時、両足が地面から離れる。右腕がのけ反り、背中から強い風を感じては全身もひっくり返る。
そんな一瞬の後に来るのは堅い衝撃。体力も魔力もだいぶ削られている今、ろくな着地もできず、後頭部と背中を激しく打ち付け、バウンドして仰向けに倒れる。視界も呼吸がままならなくなり、立つのも困難。
でも、それだけだ。
「っ、ライト様!」
「やったか!?」
ご丁寧にお約束を宣言してくれて助かるぜ。
膝を立て、前方へ構えた白鎧の右腕。広げる巨爪の掌底に孔が空く。腕の芯が熱いのは、内部で生成・装填した魔力を高熱に変換しているため。右手の孔から漏れる熱と光が、この冷たく薄暗い牢獄を照らし、暑くさせる。
この魔法はなにも無駄にデケェ鎧の役割を担っているだけじゃない。
「なッ!?」
大魔導士、なめんじゃねぇぞ。
「"
弩ォッ、と。
右腕から放たれた熱線は前方奥の兵士だけでない。背後の壁をも削り、地盤を穿ち、奥へ奥へと――風穴を開けた。熔けるよりも先に砕け散った石壁と、兵士の鎧。失神した看守兵は焦げた体のまま外へと放られたことだろう。
深い穴が空いた壁の奥から涼しい風が吹いてくる。同時、魔力の流れも感じた。幸い、外に繋がったようだ。
右腕の外骨格が風化した岩のように崩れる。流れる魔力を利用し、巨爪だった残骸を同じ背丈ほどの魔法杖に変形させ、手中に収める。やっぱり出力デバイスがあるのとないのとでは安定感が違う。防護性と意匠性の確保のため、余った白い残骸とリネンの患者服の繊維を組み合わせ、白い術衣と靴を構築する。
引きちぎられた檻の中にいる王女へと目を向ける。ぺたんとしゃがみこみ、ぽかんとした顔を浮かべているも、幸い恐怖はその赤い瞳に含まれていないと感じた。
「急いでここを出ましょう。直に騒ぎが知られるでしょうから」
「は、はい!」
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