30.決着 ~覚醒とご都合の良さもほどほどに~

「プリエラ!? あんた何を言って――」

「こちらは絶不調。相手も申し分ない実力。ここで真っ向から立ち向かうのは無謀に等しいでしょう」

 驚く女戦士を諭す。そんな、と言わんばかりに翡翠の目に陰りを残す。

「時間がありません、早くしてください」とレネは左腕のボウガンを向ける。真剣に、迫真を込めて、彼女は必至を隠すように静かに声を張った。


「わかった、わかったから! ほら、プリエラ、さっさと治癒魔法を!」

「ええ」

 シルディアに起こしてもらったプリエラは杖を手に、サブの元へとよろよろと歩く。前に立った彼女は瞳を閉じては詠唱を始めた。


「これで安心ですね」とユージュ。レネも小さくうなずいたが、顔は曇ったままだ。

(なんだろう、この感じは)

 心が晴れない。一抹の不安を抱えたままの心情は神獣も一足早く感じ取っていた。


「リリスちゃん? なんで呻っているんですか?」

 ユージュがそう尋ねると、神獣は睨んでいた先――サブの傍にいるプリエラ達へと飛びついた。そのとき、膨張した波動が衝撃波となって神獣の肉体ははじき返された。


「えっ……!?」

「リリスちゃん!」

 レネたちが叫んだ時、女戦士の哄笑が響き渡る。


「きゃははははは! あんたたち馬鹿ねぇ!」

 疲労困憊だったはずの二人は立ち上がっており、傷の一切が消えていた。周囲に数個、妖精のように飛び、輝く鱗粉を落とす光がふたりを包んでいる。

「おかげでこちらの回復は済みました。それと加護魔法も整いましたので、あなたたちの攻撃はしばらく通用しませんよ」

 本来ならば強力な魔物や魔王に対して使われるはずだった術。並大抵の魔法は通用しないそれは反動は大きいも、この間に支援魔法を施されただけの凡人を片付けるのには十分だった。

「やっぱりあの無能についてくだけのことはあるわね。あんたたちもさぞかし無能の役立たずとしていろいろ迷惑かけていたんでしょ」

「……っ」

「図星で何も言い返せないようですね」


 そうプリエラが口を開いたのを最後に、倒れているサブの方へと視線を落とす。背面の腰に携えていたダガーを抜いたシルディアはその魔導士の前に立った。

 なにをしようとするのか、レネには分かった。だが、駆けつけようにも防壁魔法が囲み、出られない。叩いても動じず、矢も貫通しない。神獣が暴れようとも、ユージュが斬りつけようとも透明の防壁はびくともしない。加護の効果を、魔王に立ち向かう者の実力を、痛感した。

「ついでにこの裏切者にトドメ刺してあげるわ」

 振り上げ、下ろす先は心臓。そこに躊躇いはなかった。

 一筋、目から頬にかけて悔しさ、そして絶望が伝う。恩人の名を呼び救いを求めても、声は届かない。

「やめてぇ!!!」


 だが、その短剣が魔導士の胸を貫くことはなかった。

 パキン、と。

 力に任された刃が折れた。

「は?」

 刺したどころか、皮膚にすら触れていない。意識を失っても、虫の息でもなお、表面に防護魔法でも張っているのか。そう思ったとき、魔導士の全身から稲妻が走り、シルディアは感電しながらプリエラの元へ吹き飛ぶ。

「な、なにが」


『メイン君にお願いされて仕方なく起きたんだけど、良い性格してるじゃないおふたりさん』

 どこからともなく、否、脳内に語り掛けてくるような女性の声は聞き覚えのあるもの。それはレネたちにも伝わっている。

「……っ、この声」

「せ、聖剣!?」

「どこから――」

『剣の中からだけど。結界越しだからって干渉できないとでも思った? それはそうと、あんたたちむかつくからその加護外しておくね』

 日常生活の会話のような軽い口調で聖剣は告げる。プリエラたちの周囲にいた光は消え、レネたちを囲っていた防壁魔法も溶けてなくなった。

『さ、メインくんのお友達。あとは自分でなんとかなるでしょ。あたしは疲れたし、あとはよろー』


 声が遠ざかり、代わりに空気の流れを聞き取ったとき。

 そこから先は一瞬だった。

 力加減を知らない一閃。

 怒りそのものといえる獣の一撃。

 それは女戦士と神官をそれぞれ致命傷に至らせるのに十分だった。神官の回復魔法をもってしても、その効果は比較的微々たるもの。立つことだけで精いっぱいだ。これ以上何かしようとも、左右にいる騎士と神獣が許さないだろう。


「ぐ……」

「本っ当に、最低だよ」

 彼女らの正面に立つレネは静かにそう告げ、弓矢を構える。その矢は魔力そのものが集結し、光を纏うそれと化していた。

 力が出ない。もう為す術がない。ふたりの目に灯っていたはずの戦意も、そしてプライドも消えていた。


「わ、わかった。わかったから! メインの実力もあんたたちの強さを見てわかったから!」

「そ、そうです。今まで言ってきたことは撤回しますから。あなたたちのパーティに従いますから……! 次はちゃんとやりますから! どうかここは見逃し――」


 斬撃波が床に深い線を刻む。彼女らの目前を通過しては右の石柱を両断し、崩れる音が響く。足元から焦げた煙が漂う。声を上げる余裕もなかったふたりは、震えた目で左を見る。


――『おまえにはもううんざりだ! 騎士団を辞めろ!』

――『ちょっと腕が立つだろうがなぁ、ここはコロシアムじゃねぇんだ! そんなの戦場じゃあ通用しねぇんだよ。それにその不抜けた顔をみると士気が下がるんだよ。他の騎士に迷惑が掛かってんの、知らなかっただろ』

――『エリー・ユージュ。いつもは従順なくせして上に逆らうつもりか? 女は黙って畑でも耕してろ』


「いまさら、そんなこと言って信じてもらえると思っているんですか?」

 静かに語る赤髪の騎士は、振るった剣をしまう。


――『こいつは呪いの子だ! 瞳の色が我々と違う! 指の数だって一本多い!』

――『それにできも悪いじゃない。変なところ見てふらふらするし、きっと悪魔に魅了されてるに違いないわ。両親が早死にしたのもきっとこの子の呪いに殺されたからよ』

――『村の存続にかかわる。悪いが、リリス……我ら一族の為に、生贄となれ』


 どう取り繕うが、見放した罪は根深いものだと。

 青き神獣は牙を剥ける。その眼光は、ひどくにらみ、そして潤んでいた。


――『おまえはもう戦力にならない。いつまでも守ってもらえると思うなよ、こっちだって必死なんだ』

――『文句あるんだったら強くなったらどう? 正直うざいんですけど』

――『いい加減わかれよ。おまえはもういらないんだよ、レネ』


「人に強いも弱いも、役に立つも立たないもないから……っ、なんで"あなたたち"はみんな、そんなことを平気でするの」

 矢を引く腕が、声が震える。だが、その金糸の髪から覗く碧い目はまっすぐと、彼女らを刺すように見ていた。


「追放された人たちの気持ちを――思い知れ!!!!!」


 ふたりの心臓をふたつへ分かつ光の矢が貫く。だが、胸部から血が流れることも、肌を傷つけることもなかった。その場で糸が切れるように膝を崩し、倒れるふたりの意識はない。


「や、やった……?」

 静まり返る。それが戦いの終わりを告げたと察したレネは、腰が抜けた。

「レネさん、だいじょうぶですか?」

 それをユージュの腕が支える。

「ユージュさん……」と見上げると、くしゃりと笑顔で返した。「はい、こんなのへっちゃらです!」

 抜けた気ももう一度入れ直し、立ち上がったレネは、そばでこちらへと見下ろしている神獣を見上げる。


「リリスちゃんもありがとう。一緒に戦ってくれて」

 ゆっくりと、その災狼は瞳を閉じる。前傾しそのまま倒木のように身が崩れたとき、粒子状の魔力がホライゾンブルーの体毛と共に舞い上がる。

 その中から、獣人の幼き少女が力なく倒れてきた。咄嗟に足を動かしていたレネは、安堵と共に受け止める。


「っ、リリスちゃん!? よかった……」

「リリス、がんばった?」

 か細い声で問いかける彼女を見、目を潤ませる。ぎゅっと抱擁して、めい一杯に頷いて応えた。


「うん、うん……っ、とっても!」

 レネの目に、青い猫獣の尾が振っているのが入った。自分の胸の中で頭をうずめ、リリスは甘えるようにすりすりとこする。獣耳が生えたそのホライゾンブルーの頭をレネは優しくなでた。


「た、倒しちゃいましたね。しかも勇者パーティの人を」

「それだけ、メインさんの支援魔法に助けられたってことですよ! それより早くサブさんを治療しないと」

「メイン様、かなしみます」

 離れたふたりはユージュに続き、駆ける。

 あれから十数分は経過している。魔法阻害と結界が解除されていたが、意識を失った彼の周囲には赤い水たまりが徐々に広がっていた。


「サブさん!」

 首元に手を当て、乾いた口元にレネは耳を近づける。

「よかった、まだ息はある。ユージュさん、ポーションと薬草をあるだけ全部出してくれませんか? リリスちゃんは調合具を出してくれる?」

 腰のポーチからガーゼや包帯等の止血具と手動の簡易的な吸引装置、チューブや輸液パックを取り出し、手袋型の魔道具を装着する。


「レネさん手当てできるんですか?」

「はい。でも応急手当と軽い傷を治す程度の治癒魔法しかできないので、とても不安ですけど」

 今この場でできることは、体の中に溢れかえった血や膿などを摘出し、止血、そして魔道具による治癒魔法で細胞を活性化させ、内外の傷の再生を促進させること。上級レベルの治癒魔法を扱える人間なら致命傷に至ろうとも魔法のみでで再生措置ができるだろうが、今のレネにはこれが精いっぱいだった。


「それでも十分すごいですよ」

「冒険者の基礎ですから」

 サブ自身の自然治癒力次第という細い糸を掴む程度の希望だが、その有無とでは雲泥の差だ。レネはサブの生命力を、そしてメインの魔法を信じた。


「メイン様、大丈夫かな」

「大丈夫だよリリスちゃん、メインさんは絶対にあんなやつコテンパンにするんだから!」

 心配そうに奥の結界へと見つめる獣人の少女を、レネは元気づけた。


 周囲を覆う広大な結界に深い罅が入る。プリエラが意識を失った以上、この結界魔法も直に砕け散るだろう。

 壁を作っていた結界。それは自身らの戦いが邪魔にならないようにするため、そして、向こう側で起きている世界最強の人間の戦いを防ぐため。

 結界一枚の先は、炎の海と化していた。


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