31.最強の追放者 VS 無能の被追放者

 剣戟が聖剣の間を激しく揺るがす。

 まさに驚異。まさに猛威。まさに殺意。

 それらそのものが刃と化して魔術師メイン・マズローに牙を向いていた。荒々しい猛攻は神聖な灰白色の柱の数々に爪痕を刻み、微塵に至るまで細切れにされる。ふたりの影が残る暇もなく、石柱の森を駆け抜けていた。

 相手は怪物でも竜でもない。ひとりの人間――否、それを逸脱した超人。加え英雄の使命を課された"歴史の可能性"――六番目の勇者ブレイブ・ロイド

 無数にも見える剣をすべて捌き、衝撃を放つ魔法を無詠唱で発動し、ブレイブとの距離を取る。岩壁や要塞に風穴を穿つほどの衝撃波であるにもかかわらず、勇者の肉体には傷ひとつつかない。むしろ、牙を剥くかの如く笑っていた。ただその目は怒りに染まっている。


「驚いたぜ、支援魔法しかできねぇテメェが一丁前に攻撃魔法を扱えるだなんてなぁ……ッ、そういう隠し事をする奴ぁ俺は大嫌いだぜ。まぁどっちにしろ、おまえを追い出すことに変わりはなかったがなァ!」

 メインの前に展開された魔法陣の防壁をブレイブは斬り飛ばす。受け止めたメインの体は風に翻弄される木の葉のように吹き飛ぶ。石柱に激突し瓦礫と化すも、彼は杖を立てふらりと起き上がる。

 ブレイブは両手でつかんだ剣を地に突き刺し、重心を落としては詠唱する。剣を中心に展開される巨大な紫の魔法陣。空間にも無数の鎖状の魔法陣が伸び、彼の剣を繋いでいる。全身から漂う焔が白銀を帯びる。

「まさか」と息を切らすメインは呟く。先手を打たれまいと杖を振るも遅く、


「"破壊の主神ジャガァノォト"」

 剣一点に収束した魔法陣が爆発を起こした。飛来する礫を腕で防ぎ、顔を守る。

 地震と共にひび割れる一帯。溶岩の如く溶ける地面と柱。立ち込める爆炎。だがそれもすぐにかき消され、ひとりの騎士が悠々と出でた。黄金と紅蓮を纏う重厚な鎧、闇のような漆黒を帯びる巨剣。

 吹き荒れる風は凍てつき、海上の嵐の如く激しく。この男を中心に天候が動き、世界が回っているかのような。

 まさに魔王の如く。否、魔王に対抗するための存在が勇者なのだから、当然の力なのだろう。


「テメェがいなくたってなぁ、十分な支援バフ自分テメェでできるんだよ」

「……」

「なんだぁその目は」

 恐れも驚きもしない。絶望もしなければ怒りもしない。ただ、見ているだけ。疲労の色が見えているも、それだけの話。それどころか、目の前の戦闘に集中しているのかさえ疑わしい。

 これがブレイブという青年にとって、憐れんでるようにも、無関心であるようにも見え、そしてひどく馬鹿にしていると受け取った。


「……っ、クソ腹立つんだよテメェの存在がよォ!」

 黒き巨剣を振るい、黒い雷まとう斬撃波を飛ばす。まるで黒龍が喰らいつくような魔法付与の巨大な一撃。メインはそれを間一髪で避けるも、雷撃が被弾し麻痺する。

 そこを突くように、破壊神を憑依させたような暴力の権化は猛攻を繰り出す。


「何考えてるかわかんねぇ! ろくに心を開かねぇ! まともに話さねぇ! 薄気味悪いんだよ! そのくせいっちょ前に女を作りやがって! 本っ当にィ……腹立つ野郎だぜテメェはよォ!」

 怒号の言葉ごとに下される一撃は重い。それを最大限の防護魔法を付与した大杖で対抗する。致命傷を防ぐことは叶うも、衝撃のあまりに肌は裂け、筋繊維や血管は千切れ、骨は軋んで罅が入る。一瞬でも気を抜けば四肢が抉れ、全身が木端微塵になりそうだ。

 眼前に迫る黒い牙の如き剣を受け止める。空間を切り裂くような金切り声は鍔迫り合いによるもの。その衝撃波で頭部から血が流れる。タイミングが悪ければ眼球を一個失うところだっただろう。

 避ける隙はあるが、それだけに割く魔力も体力もない。これ以上力を自分の方に偏るようなことがあれば、仲間レネたちを危険にさらす。


「……そうか」

「無愛想っぷりは変わんねぇようだな」

 メインを突き飛ばし、ブレイブは黒い剣に焔を纏わせる。紅蓮と漆黒が混じるそれは地獄の炎のようで。


「"八國ハッコク――紅蓮の凱旋クリムズ・ヴィクトリア"」

 周囲が溶岩地帯の如く熱くなり、雷雲が生じては稲妻が落ちる環境構築効果。さらなる増強バフ効果。そして、相手の耐性と力を下げる抑制デバフ効果。

「……っ」

 そして、斬撃の流星群が降り注ぐ。

 五重全体防護魔法。膜状防護魔法。細胞防護魔法。流動魔法。反射魔法。硬化魔法。吸収魔法。回復魔法。

 それらを同時に発動するも、破壊の権化の天誅を前に無力だった。


「おいおいどうしたァ! やっぱ所詮は魔術師ってか? どんどん傷が増えていくぜ? ほらほらほらよぉ!」

 皮膚が、肉が斬れ、血が噴き出す。巨竜の如き重さにしてギロチンの如き刃が暴風雨のように襲ってくる。周囲の大木のような石柱が、床が、焼き菓子のように砕け散る。ただの物理的な斬撃ではない以上、メインも現時点の対処を見つけられていない。守ることしかできなかった。


「さっきの威勢はどうしたぁ? その聖剣を抜く度胸もねぇならさっさと俺によこせよ」

「……」

「無能君のパンチぐらい一発受けてもいいんだぜ? ま、できねぇだろうがな」

 ズガァン! と。

 そんなブレイブの猛攻は、一瞬の一撃で終わりを告げる。一気に距離を確保でき、飛ばされたブレイブは体勢を崩すことなく両の足で踏みとどまった。

 ほかでもない、メインが解放したカウンター魔法に過ぎない、いわば苦し紛れの措置だった。


「ハッ、追い詰められたネズミも牙を剥くってか。吸収か蓄積か、それとも流動かはわかんねぇが、俺の斬撃を溜め込んで一気に返したようだな。無能なりにちっとはやるじゃねぇか」

 そう笑うブレイブの鎧にはろくな傷ひとつすらつかない。斬撃痕から煙が上がっているだけだ。

 それを見届けたメインのかざした手はだらんと垂れる。砂礫だらけのひび割れた床に両膝を落とし、罅だらけの大杖が地に転がる。黒い髪も垂れ、毛先から血が落ちる。疲労困憊にして満身創痍。だが、決して倒れることはなかった。彼もまた、魔王討伐隊の一員であるが故のタフさを、ここで見せている。

 だが、既に虫の域に等しい。ブレイブはあごをさすり、得意げに、そしてどう痛めつけようかと顔をゆがめていた時だ。


「……ブレイブは、勇者になってどうしたかった」

「あ?」

 唐突なメインのぶっきらぼうな声が、追放せし者の耳をざらりとなぶる。


「魔王を倒す使命を課されたブレイブは、何を考えていた。ブレイブは勇者になって、魔王を倒して、どうしたかった。君は何を、望んでいたんだ」

「わけのわかんねぇこと訊きやがって。やっぱテメェは気味が悪ぃぜ」

 まともに立てることなく息を切らし、血を流すメインは話を終えない。上目遣いし、正面先のブレイブを見つめた。

「それじゃあ……僕たちのことはどう思っていた」

 長くも感じられた一瞬の間。返ってきたのはぷっと吹きだしたような嘲笑だった。


「どうとでも思ってねーよバァァァカ! 大切な仲間だとでも言われたかったのか? ンなわけあるかよ、テメェは無能の足手まといだ! いなくて清々してるぜ俺は。だからなぁ、その面二度と見せんなクズがよォ!」

 ブレイブの怒声が響く。数秒の間……ただメインの息切れが聞こえるのみ。


「そうか。……よくわかったよ」

 ひび割れた大杖を拾っては握る。ふらりと体勢を整え、

「それはそうと、向こうの決着がついたみたいだ」

 メインが言った瞬間、結界が割れる音が響く。それに気づいたブレイブは動きを止め、音の方へと目を向ける。

 こちらの勝負がついていないにもかかわらず、プリエラの結界が解除される。それがどういうことか。ブレイブの疑念はすぐに確信へと、否、より信じがたい光景を目にした。


「シルディア? プリエラ……?」

 縄に縛られて横たわっている格闘家と神官はぐったりと気を失ったまま。代わりに獣人の少女と女騎士がぴょんぴょんと喜ばしく飛んで、こちらへと手を振っている。

「メインさーん! こっちはなんとかなりましたー! レネさんが今サブさんの手当をしているところですー!」

「メイン様、がんばってください」

 まさか。そんなバカなことが。

 自身よりも遥かに弱かろうが、それでも勇者パーティの一員だ。何の間違いで、軍事戦力でも戦闘種族でもない、あのような弱小パーティに敗北することがあるのだと。ブレイブは瞳孔と喉奥を震わせた。


「あいつらが負けたってのか……?」

「聖剣に通じたようでよかった」とメインは呟く。「これでようやく、力を出せる」

「……は?」

 ブレイブの困惑に応えることなく、メインは大杖を地と平行に持ち、両手で前にかざす。右手を杖になぞり、先端へと手のひらを当てる様は、剣を抜刀するかのようにも見える。


「"スキル解除"」

 魔術師は無機質に呟く。捨てられた杖が音を立てた。

 一見すると、何か変わった様子はない。むしろ、無の域に等しくなったような。どんな常人であれ、本来放出されるはずの魔力が、彼の周りには見えなかった。その違和感は、魔力が見えるブレイブには強く感じた。

 むしろ弱体化したはずなのに。この静けさは何だと。一種の未知を、男は覚える。


「ブレイブ。行くぞ」

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