27.交渉決裂
ブチィ、と何かが切れたような気迫――同時、津波のように巨大な斬撃がメインを覆った。
だが、眼前で生じた魔法防壁が斬撃波をただの爆風と爆轟に変える。散った怒りの片鱗は周囲の空気を振動させた。
「ッ、防いだ!?」とシルディアは驚愕の声を上げる。
「ふざけんのも大概にしやがれ。俺を怒らせてぇらしいな」
今にも爆ぜかねない、怒りを抑えつつも膨れ上がったような声。それを刺激するように、メインの諭す声には棘があった。
「ブレイブ。聖剣を君に渡す意義がないんだ。勇者以外が聖剣を奮ってもただの剣と変わりなくなるが、それでもいいのか?」
「あ? 頭おかしくなっちまったか? それはこっちの台詞だ」
「……"ステータスオープン"」
ブォン、と空中に半透明のパネルがメインの前に浮かび上がる。それをくるりと反転させては拡大し、パネルに記載された文字列をブレイブらに見せた。そんな機能あったんだ。
ブレイブの顔が固まり、シルディアとプリエラの目には驚愕に染まる。当然、レネたちもだ。
「なっ……!?」
「ステータスに【勇者】がついた――!?」
「わからないのか? 僕が手にできたということは、僕が勇者だとみなされるのが妥当だろう」
あっ、やっぱりそれで信じるのね皆。
「最も、僕は勇者になんてなるつもりはなかったんだが」
いいんだよそういう一言は。鼻につくこと言わないと死ぬ病にでもかかってんのかおまえは。
「ともかく、聖剣によってステータスが更新された。ブレイブも変わったんじゃないのか?」
「無能のくせにどこまでも舐めやがって」といいつつ唱えてパネルを出すんかい。
「どういう細工をしたかしらねぇが、俺が勇者であることはゆるぎない事実――」
凍り付く。瞳孔が揺らぐ。動揺を隠せていなかった。
「……おいどういうことだよこれ」
俺がいる立ち位置からブレイブのステータスは見えない。だが、傍の二人の言葉から、いや、そんなものはなくても察しはついている。
「そんな、ブレイブ様が勇者じゃなくなるなんて」
「ど、どうするのよブレイブ」
恐怖を覚えるほどに慕っていたプリエラとシルディアが狼狽する。
「それにあいつ、レベル999だし。なんだったらもうメインについた方が――」
「あ?」
振り返り、シルディアの首をブレイブは掴み、軽々と持ち上げた。
「っ、おい!」
思わず声が出る。だが、それはあいつの耳には届かない。必死にもがくも、その腕は鋼鉄のようにびくともしない。ただ、締めが強くなるばかり。
「誰につくって?」
「が、ぁ……ッ、そっ、それ゛は、カ、ハ……ブレイブにぎまっで……っ」
「え、ええ! そうですよ。聖剣がなくてもあの二人がいなくてもブレイブ様は強いんですから!」
焦りを隠せないプリエラも必死に擁護する。フン、と鼻を鳴らしたブレイブはシルディアを投げ捨てる。膝を崩し嗚咽する彼女に見下しては背を向けた。
「……あまり俺を怒らせるんじゃねぇよ」
「ご、ごめんブレイブ。げほっ、……あたしが間違ってた」
「分かったら、目の前の女共を片づけてこい。そいつらも上玉だからな、すぐ俺のものにしてやるよ」
そう最低の言葉を吐いたところで、シルディアは立ち上がった。その目にはもう、俺の知る活気さも、芯のある優しさもない。
「"
彼女の露出した脚の周囲の大気が歪む。気圧が変動し、耳鳴りがする。よく知る武装魔法なのに、悪寒が止まらない。
「"
シルディアの繰り出した縦蹴り。空気を伝い、衝撃波の形で地面を割って迫ってくる。かつて、荒れる海に現れた触手の怪物と海岸で対峙したとき、海ごと両断して倒した技だ。
あいつの蹴りは剣にも勝り、拳は大砲にも勝る。パーティ編成前、王国のコロシアムの決戦でブレイブと戦ったときだって、剣に対しシルディアは素手素足で対抗していた。皆そうだが、相性的に、敵に回すと特に厄介だと感じた俺は、せめてあいつの魔法効果を低減する手法を開発したんだっけ。
気付いたときには体が動いていた。メイン等の前に立って、杖を振って、詠唱していた。張った結界が振動し、砕け散る。
腕が折れたような、割れたような、断たれたような。気のせいだ。だって右の腕はほら、まだくっついている。杖も壊れず、握ったまま。腕から熱いのが垂れてくるが、屁でもない。動かない以外は、問題ない。
「サブ……っ!?」
切れる息がやけにうるさい。斬撃が消し飛んだ音だけが木霊のように響き、やがて静寂を迎える。
「なぁ……おまえはどっちの味方なんだよ。中途半端な真似しやがって」
心底呆れたような親友の声。屈んでいた背筋を起こした俺から出た声はひどく気怠いそれだった。
「そんなの関係ねぇよ。そういうしょうもねぇ対立を取っ払って、またいつものようにバカやりながら冒険できりゃいいって思ってるだけだ」
ブレイブら3人の目を見、そして振り返ってメインら4人を見る。
「頭冷やせおまえら。聖剣は手に入った。目的の一つは果たせた。今こうやってくだらねぇことやっている間にも魔王は次々と国を襲っている。まず無事に帰ってから、これからを話し合うことが先決だろうがよ」
「話し合う? こいつと?」
ブレイブは顔をゆがめる。それに乗じて、メインも眉をひそめた。
「サブ。申し訳ないが今の彼らと話し合っても無駄なように思える」
「おーおーこちらから願い下げだぜ。いっちょ前に立派にでかい口叩けるようになったじゃねぇか。それならよぉ、力ずくでおまえをぶっ潰せばいいってことだよなぁ」
そこから始まる口論。二人だけじゃない、しびれを切らした女性陣も参加して口を出す始末。痛みに堪え、ぼーっとする頭ではぼやけて聞こえるが、煩わしい。
……あぁ。
なんでおまえら。
誰も話を聞いてくれねぇんだよ。
「どいつもこいつも馬鹿野郎だよ!!!!!」
衝動的に叫ぶ。煩わしさは消え去った。杖が右手から勝手に離れ、振り絞るように前へと踏み出した俺は、ブレイブの右肩を強くつかんだ。
「いい加減にしろブレイブ! おまえは勇者で! 俺たちのリーダーだったはずだ! 今のお前は到底そういう人間に見えねぇ。なにがお前をそうさせた。頼むから昔のおまえに戻ってく――」
ドズッ、と。
冷たい何かが全身に走った。
そう感じたのは一瞬で、燃えるように一気に熱くなり、汗が止まらなくなる。なのに体は動かない。手足がしびれて冷たい。猛烈な吐き気が込み上がり、口から鉄臭いのが溢れてくる。
え、腹……剣、刺さって……背中、熱……。
「うるせぇんだよさっきから。黙ってろよ」
「ぁ……が……ッ」
目に映ったぬらりと赤く光る剣を最後に、地面が迫って――。
「――ッ、サブさぁん!!!」
「サブ……っ!?」
レネたちの叫びとメインにしては珍しい切羽詰まった声。
力が入らねぇ。頭に上った血も引いてクリアになっていく。ただ、痛い。熱い。何かが抜けていくに従い、視界と意識ががぼやけていく。なんで、治癒魔法、できないんだ。
ああ、俺、刺されたんだ。親友に。
「おおっと。なんかしようとしているようだが無駄だぜ。そいつに回復魔法が通じねぇようにしたからな。そうだろプリエラ」
「ええ。私の意識を途絶えさせない限り、解除は無理でしょう。最も、この場で回復や治療の専門は私だけのようですので、私に手を出せばあの負け犬はどのみち助からない。瀕死の人間を治療できる者がそちらにいれば話は別ですが」
俺の周囲になにか結界のようなものが張られている。畜生、物理的に干渉できないだけじゃなく魔法阻害もされているか。杖は……どこだ。さっき落としちまったか。手を伸ばしても、赤くて冷たい床しかない。
全くよぉ、血も涙もねぇなおまえら。どこまでもがっかりさせやがる。
「最っ低……!」
「何をしたかわかっているのか……ブレイブ!」
「なんでテメェが怒る。そいつも俺たちと同じ勇者パーティなんだぜ?」
「だがおまえらと違う!」
メインの怒号が聞こえる。
なんだよおまえ、声……ちゃんと出せるじゃねぇ、か。
あぁ、寒い。痺れて感覚がねぇ。目を開けているのが、つらい。
今回ばかりはちょっと、やべぇ、かも……。
「レネ、ユージュ、リリス」
「わかってますよ。メインさんを苦しめた元凶相手に、私は容赦しません。むしろ戦わせてください! サブさんを早く助けましょう!」
「わたしもレネさんに賛成です。サブさんもメインさんの仲間なんですから、同じ仲間のわたしたちも全力で応じさせていただきます」
「メイン様の敵、リリスの敵、です」
「そういや、おまえとは一度も手合わせしたことなかったなぁ。せっかくだ。今ここでしっかりとどっちが格上か、教えてやろうじゃねぇか」
「そうね、あたしたちの実力をまだ分かってないみたいだし。あんたたち凡人3人も勇者パーティと戦えることを光栄に思いなさい」
「聖剣を渡さないなら奪うまでです。この世の現実というものを見せてやりましょう」
「やめ……ろ……」
争うんじゃねぇよ。仲間だろ、俺たち。
レネ、ユージュ、リリス。関係ねぇおまえらがこんな争いに巻き込まれる必要はねぇ。
メイン、プリエラ、シルディア。仲間同士で無駄な血を流さないでくれ。
ブレイブ……俺の知っているおまえは、本当にどこ行っちまったんだ。
なぁ、この世にクソッタレな神様がいるなら教えてくれよ。
俺はどこで道を間違えた。
世界は、狂っちまったのか。
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