26.因縁の再開 ~追放された側、世界に愛されがち~

 いくらなんでも早すぎる。まさか援助なしでここまで来たってのか。いや、勇者パーティあいつらならあり得る話か。

 心から信頼できるはずの仲間なのに、なんで。なんで今はあいつらが恐ろしく見える。この聖剣も、ブレイブに渡すはずだったろう。準備を整えて、聖剣を交換条件としてメインを再加入させる安易な企ては、今このタイミングではできない。


 いや、そもそも俺は、どこか察していたのかもしれない。賭けていたのかもしれない。

 そう思考に耽る手前、メインの顔を見る。何考えてるのかわからない無個性な表情。だが、どこか強張ってなくもない。何より、こいつは一切ブレイブたちから目を逸らしていないことに気がついた。


「おいサブ! おまえ俺に謝ることあるんじゃねえのか?」

 当然、考える時間は限られている。ブレイブの怒声がこっちに飛んできた。


「……」

 言いたいことは山ほどあるが、反発したって意味はねぇ。かといってこちらが下手に出ればつけあがるだろう。息を深く吸い、目に力を入れる。

「おまえらとやり合って、危害を与えたことは謝るよ」

「あれは立派な裏切り行為だぜ。一歩間違えれば勇者パーティの壊滅だってあり得た」

「おまえらに限ってそれはねぇ。そう易々とくたばるタマじゃねぇだろ」

 そう返す背後、レネたちの声がかろうじて聞こえた。


「あれが話に聞く勇者?」

「ええ……なんか想像と違いますね」

「嫌な臭いする。リリス、あの人苦手」

 当然の反応ともいえる。ここで長居も関係を悪化させるだけかもしれない。早いところ目的を済ませるよう話を促すか。


「つーかおまえ、いっちょ前にパーティ組んでんのかよ。生意気に上玉揃えやがって……おっと、影が薄すぎて気が付かなかったぜ」

 ようやく気づいたのか故意か、わざとらしくブレイブはメインの方へと目を向けた。


「誰かと思ったら無能の……あぁろくに戦えもしなけりゃ話せもしない誰かさんじゃないか。今もそのお粗末な魔法でそいつらの足を引っ張ってるのか? 迷惑以外何でもねぇのによ、懲りないねぇおまえも」

「グダグダ言ってねぇでいいから聖剣抜いてこいよ。おまえにしかできねぇことなんだからよ」

「俺に指図すんじゃねぇ!」

 いちいちキレてちゃきりがねぇな。「え、怖ぁ」というレネの声も辛うじて聞こえた。

 俺たちは距離を取り、聖剣から身を引く。ズンズンと偉そうにブレイブらは台座へと登り、聖剣の柄を掴んだ。


「これで俺は真の勇者になれるっつーことだな」

 そう高らかに笑っては思い切り引っ張った。

 だが、それが抜けることはなかった。ビクともしない様子に、当然ブレイブは疑惑の声と目を向ける。抜く方向を変えたり、押し引いたり、魔力を込めたりと工夫する。だが、1ミリも聖剣が動く様子はなかった。まるでそういうオブジェであるかのように。


「は……? なんで抜けねぇんだよ」

 ようやく困惑の声を漏らしたとき、俺のそばにいたメインがぽつりと告げた。


「『聖なる剣は強き心と体を有し、叡智に恵まれ、慈愛を育む者を選ぶ』。その伝承の通りなら、ブレイブは聖剣に相応しくないと思うが」

「……あ?」

 その眼力だけで失神でも起こす人が出そうだ。だが、メインの黒い目にはは一切恐怖がなかったように見える。


「魔力の中にも感情や精神、魂の色で性質が変わる種類もあるんだ。要は勇者に相応しい善人の心と勇気という感情から発する魔力波動の感知かつ一定以上の魔力量を付与することで封印ロックを解除できる仕組みだと履んでいる」

 そう流暢に話す。魔法の話ばかりは魔術師メインと同意見になりやすい。それでも仮説に過ぎないが……そうか。

 懸念していたことが当たってしまったか。

 ならば、可能性は限られてくる。


「何が言いてぇんだ」

「ブレイブは聖剣に選ばれていないと言ったんだが」

 しん、とした空気。こいつの悪いところが出てきてしまったか。いや、明らかな挑発とも見受けられる。

 シルディアとプリエラが明らかな敵意の視線を送るところを、ブレイブの重い声が静かに響く。


「テメェ……なんつった」

 だがメインは返さなかった。二度も言う必要はないと、口を噤んだ。その意図を読んだブレイブは、自分に語りかけるように、口を開いた。


「俺は勇者だ。選ばれし者なんだぞ。それがなんだ、聖剣に選ばれてない? ハッ……ハハ、ハハハハハッ!」

 広間に響き渡る哄笑。それはどこか虚しくも、おぞましくも感じる。中身が腐ろうとも、こいつを支えていた誇りがここで初めて歪み、ひび割れるような。

 堪えろブレイブ。受け止めるんだ。

 だが、その想いは届かない。


「そんなわけねぇだろォがァ!!!!!」

 咆哮といわんばかりの怒声を最後に、腰を落とし大股を開いた勇者は両腕と肩、首周りの筋肉を隆起させ、血管を破裂せんばかりに浮き上がらせ、剣を掴んだ。

 竜のような唸り。叫び。無傷の台座から軋む音が鳴り、周囲の壁や床に深く罅が入る。

 なんっちゅうパワーだ。


「おいやめろブレイブ! ここをぶっ壊す気か!」

 この祭壇を、いや、この山を壊してでも、手にしようとするその執念。俺はどうすればいい。あれでは意味がねぇんだ。聖剣は力があれば手にできるもんじゃねえ。

 地響きのさなか、俺は杖を構える。保証はねぇが、あいつを止めな――。


『――やめんか馬鹿者ォ!』

 

 聞き覚えのない若い女の声が洞窟中に響き渡る。瞬間、ブレイブの体が吹き飛び、放物線を描いては近くの柱にぶつかり、そのまま床に落ちた。

 一瞬、聖剣から波動が見えたような。電撃の音が聞こえたような。え、何が起きたの今。


『いやほんっと信じられないんだけど! 抜けんかったら諦めるよ普通! 意地張りすぎだしプライド高すぎだし強引すぎるし! つーかどんだけ馬鹿力なのよアンタ! いや痛すぎるんですけどマジで、体ちぎれるか思ったわボケェ!』

 まさかとは思うが。声の方角を鑑みてもおかしくはない。奥の巨大な女神像を一瞥するが、声の主はそれじゃない。やっぱり聖剣だ。

 困惑のあまり静まり返った空気に気がついたのか、聖剣から出る声は我に返った。


『あっ、……こほん。旅の者よはじめまして。私は聖剣に宿る女神です』

 おいなんかよくわからない人格が剣から出てきたぞ。こんなこと文献はなしになかったぞ。


「めっちゃキレてましたよね今」とレネ。

 チッ、と聖剣の方から聞こえた。ぜったい舌打ちしたよね今。


『……あーダル。なんかもういいわ。ひっさしぶりの目覚めがクッソ悪いしもうどうでもいいわ』

 女神と名乗ったくせに最も女神にふさわしくない口調が出てきたぞ。

 起き上がったブレイブはにらみながら聖剣へと再び近づく。当然その顔は怒りをあらわにしていた。


「よくもやってくれたなテメェ、この俺を誰だと思ってやがる。第六期魔王討伐隊の勇者だぞ」

 いかにも三下が吐き捨てそうなセリフに目も当てられない。しかしそこは口答えするように聖剣は反応した。


『はぁ? あんたは勇者でもなんでもないっつーの! ただの馬鹿力! つーか無理矢理引き抜こうとしたし生理的にマジで無理!』

「なんだと――」

『触んじゃないわよ変態。あんたら三人近づこうものなら魔王みたいに消し飛ばしてやるかんな!』


 聖剣から魔法陣が展開され、バリバリと雷をまとい始める。こっちにまで電流が顔に届いてビリビリするんですけど。自律的に武器から魔法が展開される事態に俺は目を丸くした。

 にしても脅しがシャレにならないな。大昔に本当にやったからな。

 腐っても歴代勇者に相当する実力者であるブレイブをいとも簡単に弾き飛ばした。その点だけでも、この大剣の力は本物だと認めざるを得ないだろう。喋る剣ってだけでも珍しいけど。


『てか起こされたってことは何? まさか復活したのあれ。うわダッサ人類。なにやってんのよ本当に』

 小バカにされた気分だが事実なので言い返せない。魔法陣を解除した聖剣は高飛車な口調で話を続ける。


『まぁいいわ。今度は完膚なきまでにぶっ潰せばいいし。あんたらさっき第六期魔王討伐とか言ってたわね。てことはだいぶ時間も経っているようだし、さすがにアーサー君は死んじゃった?』

「まぁ、数百年前の伝説になってるくらいですし」と俺は返す。

『ふーん。いい男だったのに残念』とさほど気にしてなさそうな声色。

『じゃあ今の勇者様は……あっ、いたいたぁ。そこの黒髪のおとなしそうなボク。お名前は?』


 急に優しい声になったな。視線がないのでどこを向いてるのか分からないが、声の向きはメインの方へと向いているのがわかった。それは本人も察していた。

「……僕か?」

『あんた以外誰がいるってのよ。いいから名前は?』

「メイン・マズローだが」

『よろしくねメインくん。あんたこそまさしくあたしの愛する勇者様よ。ほら早く抜いて』

「!?」


 いろいろついていけないんですけど。なんか物体というか概念にすら好かれてないかあいつ。というかそいつも台座ぶっ壊そうとしてた人ですけどもしかして気づいてらっしゃらない?

「いや、僕は勇者じゃないのだが」

『うっさいわね、あたしが勇者だと言えば勇者になるの。それに静かな男、とってもタイプだし。さっさと抜いた抜いたぁ』

 こいつの好みの問題じゃねーか。


 仕方ないと言わんばかりに、メインは台座の前に行き、聖剣の柄を掴む。途端に、嬌声が聞こえたのは気のせいだと信じたい。

『んっ、やさしくしてね♡』

「……やめていいか?」

『おい引いてんじゃねぇぞかわいいだろーが』

「かわいいとは」

 感情の急激な温度差に風邪引きそうだ。後姿しか見えないが、きっと何とも言えない顔をメインはしていたことだろう。俺も同じ立場だったら手放すと思う。

 だが決心はついたのか、メインはしっかりと柄を両手でつかみ、ゆっくりと上へと引き――石と金属のこすれる音がこの空間に響いた。 


「っ、抜けた!?」

 声を上げたレネと同様に、シルディアとプリエラも驚愕の声を漏らしている。

 聖剣を抜ききったメインの表情は此処からでは見えない。ただ、白銀に輝く刃をまじまじと見つめていた。

「やっぱりメインさんワンチャンありましたね」

「メイン様、本物の勇者様」

 そうユージュとリリスも呟いている。


 予想外の事態に信じきれない俺もいたが、懸けていた可能性は叶ったようだ。

 魔法の理論で考えてみりゃ、おかしくはない。聖剣を引き抜くに必要とされる特殊な魔力とその量は、条件が揃えば力のある魔術師は達成できる。必要な魔力が特定できれば、その魔力を増幅し、かつ一定以上の力を増大させられる者がいれば。


 それもあって勇者に支援魔術師は必要かと、仮説を立てていた。最も、これに辿り着いたのはブレイブと喧嘩して別れたあとだったが。まぁ、今のあいつにその仮説を言っても信じてはくれないと、やりもしねぇのに諦めていたのも否めない。

 なにより、これだけぶっ飛んだものを俺に見せてくれたんだ、都合いいことしか起きないメインならできるんじゃねえかと、どこか期待してる俺もいたんだ。


『ふふっ、お利口さんね。えらいえらい』

「いや、抜いただけだが」

『じゃ、今世紀はよろしくねー、あたしの勇者様♡』

「いや、話を」

『そんじゃ、あたしは二度寝するし。魔王と出会ったら起こしてねー』


 ……。


 声は聞こえなくなった。

 メインが剣を揺すっても、コンコンと叩いても、反応はない。

 俺たちは何の茶番を見せられていたんだ?


「つまり、そういうことらしい」

「さすがのおまえも戸惑ったか」


 こちらを見たメインの顔はいつも以上に無表情だった気がする。残る勇者パーティの面子は呆気にとられたままだった。


「すごい……! すごいですよメインさん! 本物の勇者ってことじゃないですか!」

 メインに駆け寄ったレネに続き、ユージュやリリスもやったぁといいながら駆けつける。彼女らの目はまさに尊敬のまなざしそのものだ。


「いや、僕は別に勇者になるつもりじゃ――」

「おい」

 ドスの効いた重く、低い声が聖剣の間に届く。メイン等は勿論、俺もブレイブの方へと顔を向けた。


「てことはなんだ、結局のところそいつが勇者に選ばれたってのかよ」

 それについては俺もわずかに異議申し立てたいところではある。聖剣の適性審査に性格という項目はなかったようだ。だが、ブレイブと比べればそんなのは些細なものだ。

 俯いたブレイブはやがて黙りこくってしまった。傍にいた二人も心配そうに彼を見つめているが、プリエラはともかく、シルディアまでどうすればいいのかわからない様子だ。


「……。ブレイブ」

 俺が一言、声をかけたとき。


「……ハハハ。おいおい」

 枯れたような笑い声が聞こえてくる。これ以上近づけなかった。

 なんだこのオーラは。こいつから漏れ出ている魔力は……おぞましいなんてものじゃない。

 狂ったような叫びが轟いた。


「おいおいおいおいおぉい!!! なぁ~んでお前みたいな魔術師が! それも無能が! 聖剣を抜けるんだよぉ!?」

「そんなの僕が知りたい」

 対し、どこまでも冷たく、静かな声が返ってくる。それに対しても怒りでなく、哄笑で返ってきた。

「まぁいい。聖剣は抜けたんだからな」

 意外にも、ブレイブは怒りをぶつけることはなかった。存分に笑い終えたあと、そうつぶやいては、メインに手を出した。


「それを俺によこせ」

「……聖剣は生理的に無理のようだが」

「所詮は喋る物だろ。使えるなら問題ねぇし、お前が使ったところで意味ねーよ」


 腕を組み、メイン等を一瞥する。まるで品定めでもしているかのような、心地のいいものではなかった。

「おまえら見たとこ冒険者だろ。ハハッ、お似合いだと思うぜ? てことは聖剣なんておまえにとっちゃ無用の長物だ。勇者の俺に渡した方がよっぽどいいだろ」

 特に返すこともなく、メインは聖剣を見つめる。


「なぁ頼むぜ」と肩をすくめる。「俺たち二年も旅した仲間だろ。このダンジョンをクリアして聖剣抜けたのは評価してやるからよ、よこしてくれねぇか」

「何そんなにうじうじ悩む必要あんのよ。後先よく考えればわかることじゃない、さっさとブレイブに渡しなさいよ」


 シルディアもそれに便乗する。プリエラは何も言わなかったが、心なしか睨んでいるようにも見えた。

 ただの盗賊団よりたちが悪く見えてしまう。プライドがあるのかないのか、いや、内心見下しているのが見え見えだ。

 それはメインにもわかったのだろう。魔法で背に形成された大きな鞘に聖剣を納めた。


「絶対に断る」

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