25.最終地点 "聖剣の間" ~もうこいつ一人だけでいいじゃん~

「え、あれで仕留めたんじゃ――」

 レネがそう言ったとき、瓦礫が転がる音が響き渡る。それだけじゃない、ガラスが砕け散り、ジャラララと雪崩のように崩れ落ちる甲高い音は結晶王を纏う結晶・非晶の鎧が砕けたのだろう。

「な、なんか違うの出てきましたよ」

 ユージュの言う通り、先ほどの幽玄な結晶に身を包む幻想的な姿はどこにもない。


 その姿は飛龍――かつ悪魔そのもの。この空のように赤い肌は隆々とした筋肉で覆われ、それを黒色の紋様にも似た血管が浮き出ている。

 やがて黒く染まりだし、空を覆わんばかりに翼を広げ――咆哮する。

 空が裂け、山々が総身を震わせ、白い木々が悲鳴を上げる。鼓膜が突き抜け、骨の髄ごと振動で破砕しかねないレベルだ。思わず身を屈め、耳をふさぐ。

 だが、その咆哮が無駄にうるさいだけじゃないことをすぐに気づいた。途端、妙な脱力感と不快感、そしてめまいを覚えた。


「……やっば」

 野郎、魔法の効力を阻害したか。俺の"脈止めインヒビット"がかわいく見えてくるほどだぜ。

 外部環境からの魔力供給どころか、メインの支援魔法が通じなくなった。

 自分のもつ魔力でどうにかやるしかないか。だが二度も連続で大技出せば反動も大きい。回復まで少しばかり時間がかかる。


「メイン、やれるか?」とボロボロに焦げた右手を出す。動きを止め、俺の手を見ていたメイン。

「ああ、問題ない」

 ようやく察したか、パァン、と軽快なハイタッチを交わした。黒を基調とした魔術師姿が小さくなっていく。


「その、腕大丈夫ですか?」

 ユージュは心配そうに焼け焦げた腕を見つめる。左腕に至ってはまだ動きそうにないし異物のように感覚もなくなっているが、かろうじて指先だけは動かせる。

結晶王あいつを倒せば元の環境に戻るし、そのときに魔法で回復するから大丈夫だ」

「サブさんも無茶しますね」とレネ。

「それが勇者パーティだからな。こっちで仕留めたかったが、手柄メインディッシュはあいつに託すよ」

 もう、支援系の魔術師がろくに戦えないという常識は、俺の中で消えていた。


「支援できなくなったなら話は早い」

 フッと消えた――同時、竜の懐にメインの姿が出現したかと思うと。

 その巨体が吹き飛んだ。いや、それだけじゃない。その胸部に風穴があいていた。

 天に浮かぶ岩の島に打ち付けられ、瓦礫と共にそのまま落下する。大きな地鳴りにレネたちもまともに立てない。

 息を引き取ったのを確認したのか、メインはブーツの音を鳴らしてこちらへと歩いてくる。


「……えー」

 託したのはいいとして、いちばんあっけなく倒されちゃったよ。

 もうこいつだけでいいじゃん。人支援するよりよっぽど効率いいじゃん。俺がズタボロになった意味は何だったんマジで。もうちょっとこう、苦労してほしいって思うのは傲慢だろうか。


「すごいですメインさん! 一瞬で倒すなんて!」

「うひゃあ~、強すぎませんか?」

「メイン様、かっこいい」

 何度目かわからない女性陣の大絶賛。まぁ確かにすごいし、かっこ悪いわけでもないのはその通りだけど、なんつーか、こっちにもせめて何かお褒めの言葉のひとつやふたつ言ってくれても……いや何バカなこと考えてんだ俺は。女々しくなってんじゃねぇ。それにまだ目的は果たしてねぇんだ。


 一度咳き込んだ俺は、全員の注目を集めた。

「倒すもん倒したし、さっさと行くぞ。聖剣はまだ見つけてないんだからな」

「わかっている」とメインは歩を進めた。レネたちもその後ろをついてくる。

「メイン様、あの龍の後ろ」とリリスが指をさした先。

 青い結晶の山の奥にひっそりと、灰白色の巨大な扉が待っていた。雪山の中に結晶の山々があって、その中へと続く扉があるたぁ、どれだけ厳重に封印されてるんだ。


「さっきのドラゴンさんが守っていたみたいですねぇ」とユージュ。

「またなにかいたりして」

「レネ様、たぶんもういない」

「リリスちゃんの言うとおりだな。探知魔法使っても特にこれといった生物や強い魔法はいなさそうだ」


 そう俺は扉の前に立つ。見上げんばかりの巨大なそれは、まさに巨人の為に作られたような。結晶の粉末が灰や埃のように被っているのがわかる。きっと押してもびくともしないだろう。

 そう思っていた矢先、メインに何か指示をもらったユージュが両手をついて思い切り押し込んだ。石同士の削れる音が地響きを起こし、砂埃が舞い落ちていく中、その扉はゆっくりと開いていった。とうとう巨人級のパワーを手にしちゃったよ彼女。腕相撲したら勝てるかな俺。


 扉の隙間を縫い、俺たちは聳え立つ蒼結晶の山に覆われた赤土の岩山内部へと進む。中はかなり広く、なぜだか明るい。大樹のように太い白石柱が、巨大な空間に等間隔で左右にも奥にも並んで聳え立っていた。見上げた先、赤土色の天井は高く、思い切り、そこらの小石を上に投げても届かなさそうだ。一応、洞窟の中だが人の手が施されているようにも感じられるが、人気は一切ない。平らな道がまっすぐ奥へと続いていたので、歩を進める。


 怪我でうずく右腕は焦げたままだが治癒は進んでいるはず。左腕に至っては感覚もだいぶ戻り、杖を握るくらいはできるようになった。彼女らの雑談を聞き流しながら、周囲を見回す。


「こりゃまた広い所に着きましたね~」とユージュ。

「柱だらけでなんだか神聖かも」とレネ。

「明るい。リリス、なんだか不思議」

「お、メイン。あれじゃねぇか?」

 俺が前方へ指をさす。白い石柱の森を抜けた先には見上げんばかりの女神像――の前に祭壇らしき高台があった。その上の台座に突き刺さっている、独特なデザインが施された重厚そうな大剣。俺の口角は自然と上がっていた。


「あれが聖剣……?」とリリス。

「ということは、ついに聖剣の地にたどり着いたんですね!」

「やりました~。あ、クエスト達成ですか?」

「ユージュさん、家に帰るまでがクエストですよ。これ鉄則です」

「まぁ本番はここからだけどな」


 首を傾げたユージュとレネを横目に、俺は聖剣の前に立つ。

「言い伝えが正しければ勇者しか抜けねぇんだよ。俺が抜こうとしても――」

 柄を握り、腰を落としては精一杯力を籠める。魔法で力を増強させようと、台座に刺さった大剣は一切動じない。まるでこの山や大地と直接つながっているような。

「まぁびくともしねぇわけだ」

 そう言って聖剣から離れた。


「サブさん非力ですね」とレネ。

「ちげぇわ!」

「わぁ、ほんとに固いですー」とユージュも引き抜こうとする。

「リリスもやりたい……」

「えっ、じゃあ私もやる!」

「観光名所じゃないんだから」

 ユージュに続き、リリスに順番を譲ってからレネも聖剣を引き抜こうとした。全身を使い顔を赤くしてまで力を入れても、やっぱり剣は抜けなかった。力尽き、そのままひっくり返った。


「いやマジで固った! 全っ然びくともしませんねこれ。サブさん、これ本当に勇者だったら抜けるんですか?」

「伝説ではそうだな。あと魔法理論的な一説もあってよ――」

「あ、そっちは結構です」

「聞けよ」

「んー、でもこれ、刺さってる台座を地面から壊せばいいんじゃないですか?」

「ユージュさん昔から野暮って言われない?」

「なるほど、名案だ」

 

 顎に指を添えて考える素振りを見せていたメインは祭壇に手をかざし、手中に集光してはドカンと魔弾を撃ち放った。若干足元が揺れる。煙が焚き上がり、女神像の顔まで覆った。

「メイン君メイン君? 本当にやる奴があるかいメイン君」

 しかしそういう野暮な考えの対策は講じられているのか、祭壇や台座はヒビの一つもついていない。

「ふむ、台座どころかこのエリアそのものが違う材質になっているようだ」

「話聞いてる?」

 というか事あるごとに「ふむ」っていうのなんなの。前から思ってたけどその口調リアルに使う人初めて見たよ俺。マイブームなの?


「メイン様、抜けますか?」

「いや、僕は勇者じゃないから」

 寄ってきたリリスはそう期待の目をメインに向ける。それにレネとユージュも続いた。

「メインさんならワンチャンあるかもしれませんよ!」

「ワンチャンとは」

「ノーチャンでも記念に触れるのはいいと思いますよ~」

「だから観光地じゃねーって――」

 ゾッと。

 言葉が途切れるほどの鋭い頭痛と凍り付く背中。直感的に感じ取った危機は――背後からだ。


「ッ、おまえら伏せろ!」

 杖を構え、全員を防護魔法で包括しようと叫んだとき。

 斬撃の津波が俺たちの周囲に降りかかる。えぐれた地面から砂埃が上がる。

「なっ、なんですかぁ?」

「魔物!?」

「いや……違う」

 この力任せのクソ粗い斬撃はあいつ以外にいねぇ。

 砂埃が晴れた先、そいつらは現れた。

「ダンジョンの攻略ご苦労ぉ様だ。俺のために聖剣までの道を作ってくれて感謝しかねぇぜ」

「ブレイブ……ッ!」

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