28.冒険者パーティ VS 勇者パーティ

   *


 柱が連なる聖剣の間は、ふたつの領域に結界で分断された。

 ひとつは、ある勇者と魔術師に。もうひとつは、彼らそれぞれを慕う者たち同士に。


「"召喚儀ルーン"・"鉄甲の番人ウォーカーズ"」

 神官プリエラ・ヒールが詠唱した瞬間、地面に生じた6つの魔法陣から体高5メートルは下らない鋼岩兵スティールゴーレムがそれぞれ這い出てくる。

 牛頭ごずの鉄仮面が藁のような体毛と頭部に埋め込まれているそれは半人半馬ケンタウロス型の無骨な四脚型であり、上肢に搭載された鉄鋼の胴体は岩壁要塞の如く。そこから伸びる一対の腕には約40mmの戦車砲と鉄の棍棒が剣の如くそれぞれ装着されている。


 女戦士シルディア・タンクは指笛を吹き、数秒もしないうちに頭上に二つの陰りが飛び交う。風を生み出し、頭上から降りて来たのは二頭の鉄喰竜エフイーター。彼女の使役魔法によって調教された狂暴な四足飛竜だ。


「"鑑定"するまでもない弱小パーティだけど、ここまで来れたことは褒めてやるわ。だから特別にこの子たちの餌にしてあげる」

 龍の頭へと手を伸ばし、顎を撫でては愛でるシルディアが向ける翡翠の眼は、獲物を屠る竜の眼と変わりない。

「あなた方は私たちが相手します。ですが、勝ち目はないと思いますよ? 降参してブレイブ様に慕うことを約束するなら見逃してあげます」


 余裕の笑みを含ませる二人に対し、猫系獣人の幼き少女リリス・フライリティは青い髪越しから睨んだままに、女性冒険者レネ・プロパネス元女騎士エリー・ユージュは顔を見合わせては、啖呵を切った。

「そんなのぜったいにお断り!」

「早くサブさんを解放してください!」

「こっちも、本気でやるから」


 3人の敵意ある返答にプリエラは息を吐き、静かに呟いた。

「……残念です」

 手を前にかざした瞬間、鉄鋼兵のうち半数が一斉に煉瓦色の地面を砕かんばかりに四の脚を蹴り、棍棒を構えてはレネ達へと差し迫る。もう半数は左腕の主砲の砲塔を伸ばし、鋼鉄色の火を噴いた。前に踏み出たユージュは剣を大きく薙ぎ、爆発的な衝撃を放つ。それにより放たれた砲弾ごと鉄鋼兵が悉く破壊されては砂埃ごと巻き上がった。


単眼の巨人サイクロプスを退治できる実績はあったのですけどね」とプリエラは冷静に見る。

「へぇ、パワーは申し分ないわね。だけど――」

 シルディアがそうつぶやき終わったときには、すでにユージュの懐に入っていた。眼下へと向けたときには遅く、ゼロ距離で放たれたボディブローによって鎧は粉砕し、数十メートル離れた先へと吹き飛び岩壁にめり込んだ。弾けるような音と強風が遅れてやってくる。

「スピードとディフェンスはまだまだね」

「ユージュさんっ!」

 血反吐をつぶれた肺から出た空気に乗じて口から出てくる。瓦礫と共に崩れ落ちたユージュは動かなくなった。


「また悪い癖が出てますよ。何のために使役魔法でそれらの竜を調教テイムしたのですか」

「パワーにはパワーでぶつかり合うのがあたしのポリシーってのわかってるでしょ。残り二人にはちゃんと戦わせてあげるって」

 呆れたプリエラの方へと振り返ったシルディアは両手を頭の後ろに回し、あっけからんと笑う。その隙にレネは怒りを矢に乗せ放つ。

 だが、するりと躱される。翡翠の瞳が鋭く光る。彼女の開いた口から八重歯が見えた。

「"喰らいつけ"」

 そう命令した瞬間、像のように動かなかった鉄喰竜の内の一頭が地を蹴り――レネの目の前へと距離を瞬時に殺し、大口を開けた。

 突然訪れる死。そう予感したとき、何かに横から押される。その勢いに流されるまま、倒れた。

「レネ様――ッ」

 そう聞こえ、見上げた先に見た、獣人の少女の幼くも必死の顔を最後に。

 バクン、と。

 飛竜の口の中へと呑まれた。


「リリス、ちゃん……?」

 赤い飛沫が顔につく。肘のない細く、柔い腕が二本、レネの傍に転がる。腰が上がらない。呆然とその竜を、無数の牙から流れ、地面へと滴る赤いものを見届けることしかできなかった。長い首の中から、ごくんと大きなものが飲み下された。

「呆気ないですね。残りはあなただけとなりましたが」

 カツン、と靴の音が鳴る。竜の前に、プリエラとシルディアが立つ。


「……え、あ……」

「あっははは! かわいそー。でもしょうがないじゃん、弱いがために実力を見誤るなんてよくある事。いい勉強になったんじゃない?」

「私たちも悪魔ではありませんし、これでよくわかったなら降参しても良いのですよ? ブレイブ様のために尽くしてくれるなら、喜んでパーティに入れてあげましょう」

 あっけない結末。地面についた両手と膝が冷たい。

 当然だ。自分はもともと、Cランクにも満たない底辺の冒険者。得られた力も恩人に授かった借り物。本物の実力者に、それも世界中が認める王国代表の戦士相手に敵うはずがない。

 でも。

 短い間だろうと、新しくできた仲間たち。ひとりひとりが複雑な事情を抱えていようと、このときだけは、笑顔でいられた。尊敬し、好きな人だってできた。この人たちとなら、きっとやっていけると。自分が不甲斐ないばかりに裏切られ、親を喪い、なにを信じればいいのか、なにに頼ればいいのかわからなかった自分を、あの人たちは支えてくれた。

 もっと、あのときの時間が続けばいいと、そう思っていた。もっと、あの人のそばにいたいと思った。

 手を握る。このまま屈して、自分は満足するのか。

 

「何? まだやる気なの?」

 立ち上がる。故郷を離れてから共に過ごしてきた弓を手に、揺れる金髪越しのレネの瞳に光が再び灯る。


「冒険者はいつだって命を懸けてる。メインさんや皆を裏切ってあんたたちについていくくらいなら、最後まで足搔いて死んだ方がまし!」

 弓を引き、恩人から授かった魔力を込めた矢を放つ。風を切る一閃の銀糸が弾け、幾百の火を纏う矢へと変化した。

 だが、眼前に広がる鉄火の雨を前にしても、ふたりは動じない。

「追い込まれた小物ほど足掻きは一丁前ですね。ですが」

 魔法陣が描かれた地面から防壁が高く盛り上がる。魔法防壁を纏うそれは矢の雨を悉く受け止め、勢いを殺した。

 同時、その壁に風穴が穿たれ、風が吹く。砂礫の雨に腕をかざし、閉じかけた目を開いたとき、橙色の髪がレネの目に映った。


「隙だらけ♪」

 彼女の眼前に迫る鎌のような蹴りに、死を悟ったとき。

 一つの影が、視界を覆った。


「――お?」

 爆風がすべてを飛ばす。

 女戦士の肢体が、それこそ矢の如く風を切って吹き飛び、石柱に激突する。

「シルディアさん……!?」

 ガラガラと崩れる石柱。煙のように舞う砂埃から軽石が転がるような音を立て、剽軽な声が聞こえてきた。

「あーヘーキヘーキ。ちょっと油断してただけ。それより、あの女……思ったよりおもしろいよ」

 砕けた石柱に座るようにもたれていた彼女はクツクツと笑っていた。

 その翡翠の目には――レネの傍に立つ、剣を抜いた赤髪の女騎士の姿が映る。


「ユージュさん! 無事だったんですね……っ」

「はい~、間に合ってよかったですぅ。お怪我はありませんか?」

 防具は砕けたため簡素な布地を纏うも、いつもどおりの様子でユージュはレネを気にかけた。

「いえ、むしろユージュさんがやばかったと思いますけど」

「そぉなんですよ」と頭をかいて呑気に笑う。「さっきのパンチ、久しぶりに効きましたぁ。騎士団時代で参加した紛争ぶりですよー、この命が危ない感じと」

 ぶん、と剣を振る。その視線の先は、シルディアを捉えていた。

「思い切りやっていいんだっていう高揚感は」

 ここまでの耐久を兼ねているのは紛れもなくメインの支援魔法に依るもの。しかし、彼女を支える根幹となる部分は他にあった。致命傷にも至る一撃が、幸か不幸か、彼女の闘争本能を呼び起こした。


「回復は?」とプリエラ。

「結構。まだまだやれる」

 立ち上がったシルディアは首を鳴らし、拳をぶつけ合う。ぼろぼろになった装備を外しては破り、軽装になる。引き締まった体は武術の達人さながらであり、割れた腹筋と幹が通った四肢をしなやかに動かしては構える。そこに熱気のような魔力が漂いはじめる。

「少しは楽しめられそうね」

 ユージュから放たれた一振り。竜の口のような鋭利かつ巨大な真空刃の数々はまさにブレイブの斬撃の津波と遜色ない規模。見極め、それらを悉く受け流す。その勢いを殺さないままシルディアは、ユージュとの距離を殺した。

「シッ――」

 蹴りを放ち、ユージュは腕を立て手甲で咄嗟に防ぐ。ガントレットは容易に砕け、彼女は吹き飛んだ――否、その感覚を得ないまま。

(ッ、弾かれた!?)

 蹴りに生じた抵抗感。同時、女騎士の姿が視界から消え、そして。

 その横腹に刃が数ミリ、めり込んでいたことを感じた。


――」

 爆風が伴う。全身を武装魔法で守っていた故、露出した腹部が斬られることはなかったが、衝撃と力積によって内臓へのダメージまでは防ぎきれない。飛ぶ体をひねり、両の足を地につけては勢いを殺す。横腹に手を抑え、シルディアは思わず屈んだ。

「な、なにこいつ……っ」

(さっきよりも格段に上がっている。速度も力も、そして頑丈さも。しょぼかった魔力も一気に増強されて……何が起きたってのよ)

 ユージュの周囲にまとう魔力をシルディアは見る。付与魔法による増強効果の色と流動が目立つ。見覚えがないものではない。かつて、自分もしてもらったことのある魔法だったからだ。


(まさか、あいつの魔法? いや、そんなはずはない。だって今、結界で隔離されているし)

「ひゃあ、堅いですね」と距離を挟んだ先のユージュは驚く。その様子に舌打ちしたシルディアは使役した二頭の竜に指示を出す。

「エフイーター、あいつらを喰い殺してやりな!」

 岩盤を削るような咆哮を奏でる。だが、一頭の様子がおかしいことに気付いた。痙攣し、窒息したように身を悶えさせる。すると、隣にいたもう一頭の首に噛みついた。


「は……?」

 鋼鉄をも噛み千切る鉄喰らい。当然、奇襲をくらったもう一頭は抵抗し、鋭い爪で斬りつける。翼をはためかせ、巨体同士がぶつかり合う音が地鳴りと共に響く。

「なにやってんのあんたたち! 今すぐやめな!」

 だが、一向に言うことを聞かない。ユージュやレネも戸惑い、それを思わず見届ける。最も、この隙に追撃しようにも、竜同士が暴れて上手く近づけないのもあったが。

 やがて、一頭の竜が息絶えると、奇襲を仕掛けたエフイーターはそれを踏み、天を掲げ遠吠えを上げた。

 目が覚めるように、レネはハッとする。聞き覚えのある声。そういえば、あの子を食べたのはあの竜ではなかったか。

 ならば。ありえないと思うも、その竜にレネは語りかけた。

「リリスちゃんなの……?」

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