37.只今ご開演

「勝ち目がないとお思いですか?」

 心を読んできたかのような一言。しかし俺は自分の内側をこいつに晒すなんてことはしない。

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ。ちょうどいいハンデができたって思ってるだけだ」

「それならこちらも愁眉を開く所存。お互い、満足いただけるコンテンツを楽しむことが一番ですから」

 一方的に愉しんでいるだけだろ。

「で、このまま俺が死ぬ様を見物するってのか?」

いえ。せっかくの偶然で生まれたユニークな異常値エラー修正デバッグするのは勿体なきこと。メイン・マズローの今後を描くのも、ブレイブ・ロイドの復讐劇を描くのも良いですが、意志があるサブ・ライトあなた焦点スポットライトを当てればどのような反応が生じるのか、実に興味深い」

 両手を前に添える。


御遊戯ゲームをしましょう」

「……ゲームだと?」

 頷いた魔王は、檻の前にパネルを投影する。メインやレネが良く開いていたステータスに似ている。そこに表示されたのは俺たちのいる国全体の地図だ。

「私の術式範囲はこの惑星およびそれに影響を及ぼす系に限りますが、物語の舞台はここアノニモア王国のみとさせていただきます。この王国のどこかに私の"本体"が隠れていますので、それが何かを知り、見つけてください。そして……屠ることができましたら元の世界に戻して差し上げましょう。同時、私の存在もこの世から消滅することを約束いたします。しかしこの姿が何になっているか、誰になっているのかは秘匿とさせていただきます」


 大国規模のかくれんぼってわけか。魔王討伐遠征も魔王の探索を含めているから、やることはあんまり変わらねぇ。いや、むしろ簡単になったといってもいい。世界のどこかにいるかもわからなかった存在が、一国に限られるのだから。他国の支援は期待できなさそうだが。

 しかし、そうするメリットが分からねぇ。ゲームをするなら俯瞰する位置にいた方が有利だろう。なのにこいつは負けたら死んでもいいという。何か裏でも――。


「随分と粗末なことをお考えのようですね。バイアスに囚われた人間ならではの烏滸おこがましさは愛おしゅうございます」

 冷静な調子で口をはさんできた声にイラっとする。クソが、心の中を読んでやがるな。丁寧極まる言葉も、度が過ぎれば馬鹿にしたも同じだ。

「俺らが馬鹿なのはわかったから、何が言いてぇんだよ」

「何も難しいことはございません。味わい、評論するだけでは物足りないと思ったまで。私自身の命を天秤にかけることで、深みが増してくるのです。食材や芸術、音楽もそうであるように、楽しむために背景ストーリーを知り、体感を共有する。感動と快楽には臨場感が不可欠でございます」

 サイコパスが。どこまでも馬が合わないやつだ。


「狩猟や暴動、戦争、殺し合いを繰り返すあなた方にもいらっしゃるでしょう。血と痛みを好む獣が。彼らに分泌される興奮Adrenalineの渋みに含まれる高揚感は、私も理解できます故」

 心理的に段階ステージが低い奴を引き合いに出されてもな。この思考さえも、魔王は読み取って返答する。

「それに倣うならば、人間はどんなに高い、それこそ聖人や神に匹敵する統合かつ全体的なステージにいようと、脳という器官を有する限り動物的で混沌的、低俗的な色は第一層の心理段階に含まれているものなのです。そもそも、闘争は太古より遺伝されてきた原始的プリミティブ根本的プライマルな本能ですから」


「遊戯の話に戻りましょう」と手を合わせる。

「そうですね、しらみつぶしに探されてもおもしろくありませんので、三つほどヒントをご提供いたします。

 まず、今の私に聖剣は通用しません。ですが、不要でもありません。物語の鍵となるか、主人公を持ち上げるためだけの小道具と化すかはあなたの能力と行動次第となります。ただ少なくとも、今のままメイン・マズローに会うのは得策ではありません。

 次に、破滅の道を選んだあなたの仲間をもう一度見つめなおしてはいかがでしょう。特に貴方のご親友は物語を進める鍵となっています。他は放置しても構いませんが、あまり登場人物を作ると私を見つける時間も延び、確率は下がりかねません。

 そして、より多くの目をもつことです。それが貴方の窮地を救います。例えば、高いところに上ってみるのもひとつでしょう。反し、低いところにもまた、見落としたものがあるはずです」


「あぁ、サービスでもうひとつ」と指を立てる。「この状況を打破するパターンは今宵のみいくつか存在するよう、こちらで特別に手配しました。それを見つけられず、あるいは己の可能性を抛棄ほうきして朝を迎えればあなたは死にます」


 要は俺の人生があまりにもつまらなかったからもう一度チャンスを与えるってことだ。どこまでも腹立つ野郎だぜ。まさか魔王自身に自分の窮地を助けられるような状況になるとは、情けないったらありゃしねぇ。従いたくねぇのが俺の本音だ。

 だが物語性を愉しむ奴のことだ、このヒントに従わねぇとろくなことが起きそうにない。従ってもろくなことが起きなさそうだが。

「期間はあるのか」

「時間は設けません。ただ……あまり悠長にされると我々こちらも退屈ですので、可能な限り迅速な行動に励んでいただければ幸いです。仮に、冗長だと私が判断した場合は、少しばかりの刺激スパイスを与えますことをお含みおきください」

 魔王こいつにとって面白くないことをすれば、俺が動かざるを得ない問題を運命的に起こすのだろう。ドラゴンの出現や儀装竜車の暴走とかも、おそらくこいつの仕業だ。冒険者やそのギルドの存在も、まさか聖剣の地もこいつが用意した舞台なのかもしれない。メインの場合は結果として解決、いや事がうまく運ぶように踏み台となっていたが。

 つまらないことをすればいつでも俺を舞台から引きずり降ろすことだってありえなくはない。


「負けたらどうなる」

「我々の傀儡エンターテインメントになっていただきます。この餓えた欲を満たすための舞台装置アクターとして、永久に働いていただければ幸甚の極み」

「……そりゃありがてぇな」

 失業者にもおすすめしたいとこだぜ。


「これから、あなたには数々の試練が待ち受けているでしょう。それらに屈し、勝負の放棄あるいは命を失えばそちらの負けといたします。反し、私の命を滅する、つまりあなたが勝てば元の世界と仲間たちを取り戻せる。我々はどちらの境遇に置かれてもより甘美で濃厚な刺激を味わえる。私の作り上げた物語以上の逸品を、あなたので振舞っていただきましょう」

「なにかご質問はございますか?」と優しく語り掛けてくる。ジャラ、と鎖の音が足元から聞こえた。


「質問も何も、怒りしかねぇよ。最初から俺たちどころか、この世界まで弄んでいるんだからな。そんな怒りさえも引っこ抜かれちまえば、もう笑うことしかできねぇなんて、テメェは悪魔以外の何物でもねぇ」

「もちろん、話が終われば初期状態デフォルトに戻して差し上げます故、ご心配なく」

「そりゃありがとよクソ野郎。どうも企んでいるとしか思えねぇ、なにか裏でもあるんじゃねぇのか?」

「裏だなんてとんでもございません。わたくしめはただ――朽ちる最期まではらを満たしたいだけですから」

 無邪気な少女のようにも見える愉悦の微笑を醸し出す。音沙汰なしに、だが布のこすれる音が聞こえる。立ち上がった魔王は俺の前に体を向ける。


「では、あなた自身の執る物語で我々を愉しませてくださいませ」と会釈すると、その場から去ろうとした。

「おい、どこに行く気だ! おい!」

 奴は踵を返すと口元に指を添え――はじめて、クスクスと笑った。

 冷たい笑みだった。


「"只今開演はじまり・はじまり"」




 パン、と弾ける音が響く。時が再び動いたような感覚に一瞬だけ視界が揺らいだ気がした。


「――ッ!」

 ガシャンと、檻に勢いよく掴みかかる。だがそこには誰もいない。何もなかった。

「クソッ!」

 枷のついた両腕で檻を叩く。空しく金属音が響き、包帯で覆われた手が振動でびりびり痛む。

 ふざけた真似をしやがって。

 魔王あいつをぶっ倒して、絶対に――いや。


「できるのか?」

 こんな状況で、一人で、力もない状態で何ができる。

 どう選んで、どう進もうとも、所詮は魔王の手のひらで転がされているに過ぎない。おもちゃも同然の俺が、敵う相手なのか? ブレイブたちが揃っても、俺の死をもってしても、結局はこうして世界や時空ごと作りかえられたんだぞ。

 ゲームに勝てたとしても、どうやってあいつを倒す。結局はそこに収束するなら、また繰り返すだけなんじゃねぇのか。人間でも、怪物でもない存在に、どう太刀打ちできる。


 仲間の一人も説得できず、親友にあっけなく刺された俺が。

 助けも来ないまま、ひとり牢獄に閉じ込められた俺が。

 感情に任せて人を殺し、それを隠し続けた俺が。

 生まれたときからずっと……負け犬の俺が。

 魔王討伐なんて。世界を救うなんて。この国を変えるなんて。

 ばかばかしい話だったんだ。

 自惚れていたのは、俺だったんだ。

 所詮はここまでの命だった。この程度の人間だった。それだけの話なんだ。

 ああ、なんかもう。


「……つかれたな」

 膝が落ちる。漏れ出るのは俺の笑い声か? 随分と枯れた声だな。目頭は火傷しそうなほど暑いのに、涙までも枯れているようだ。

 短くも長い20年間だった。つらいことばっかだったような気がするけど、案外、悪くない人生だった。両手を見ると、これまでの痛みと冷たさが重なり、潰れてしまいそうな。

「もう、いい加減楽になっても、いいよな……?」

 答える声は当然ない。それでいい。許してほしくも、責められたくもないのだから。負け犬らしい最期を迎えたって、誰も悲しまない。俺にはもう、何もな――。


「あ、あの……大丈夫ですか」

「えっ?」

 人いたの? え、やだ、恥ずかしい。って言ってる場合じゃねぇ。

 床についていた膝を起こし、よろめきながらも立ち会がる。右から声が聞こえた。まさか隣の牢屋に俺と同じように捕まっている人がいるのか。声からして歳の近い女性のようにも聞こえる。

「し、失礼ながら、檻を叩くような音が聞こえてきましたので」

 犯罪者とは到底思えないような話し方に違和感を抱きつつも、それに合わせた俺もつい敬語になってしまう。

「あぁいや、なんでもありません。すいません驚かせるようなことをしてしまって」

 って牢屋で言うセリフじゃないけどな。妙に冷静なのはトンデモな状況に頭がついていけていないだけか、魔王にコントロールされつつあるのか。


「いえ、とんでもありません。少しさびしい気持ちがありましたから、おかげでそれが紛れまして……あっ、申し訳ありません、大変失礼なことを!」

「いやいや、俺も誰かがいたようで安心しましたので」


 小鳥の囀りのように綺麗でお淑やかな声。話し方が可愛らしくも品があって――じゃなくて、とても悪人とは思えない声色だ。俺が単純な男だからかもしれねぇけど。

 ただ、この声どこかで聞いたことあるような。昔……いやそれだけじゃない、最近だった気がする。


「あ、まだ名前を言ってませんでしたね。俺はサブ・ライトと言います。魔王討伐隊の大魔導士だったんですが、なんといいますか、訳あってこの通り捕まって――」

「ライト様……!?」

 いや、そんな様付けされるほどの立場でもないけど。もしかして俺を知っている人か?

「私、ルベリア・コトネアスタルと申します。以前、貴方様とお話しされたことがあったかと思いますが、覚えていますでしょうか……?」


 ドグン、と。

 心臓が高鳴る。

 その名前。まさか。

「王女、様……?」


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