38.婚約破棄、そして王家追放
隣のため、お互いの姿は見えない。だが、咄嗟に俺はその場で
「も、申し訳ありません! そうだとはつゆ知らず、無礼な言葉を」
「いえ、お気になさらないでください。それに私はもう、王女ではありませんから」
「どういう……それに、王女様がなぜこのようなところに?」
もう二度と会えないと思っていた。なんの偶然だ。いや、これもまさか魔王の采配か? もう何が本当かわからなくなってくる。
落ち着け。この町に王族が来ていたのは知ってはいたが、どういう経緯で彼女がこんな目に遭っている。何かの間違いじゃないのか。
「王家を……追放されたのです」
……は?
最近馴染みある単語。何かの間違いそのものを耳にした俺は間抜けな声を出すところだった。え、やっぱり流行ってるの追放。
「つ、追放? え、王族でもそのようなことがあるのですか?」
「いえ……私自身、信じがたいことでした」
明らか気持ちが沈んでいる声。そんな彼女には酷かもしれないが、
「差し支えなければ詳しくご事情を聞かせてもらえませんか……?」
それには了承してくれたようで、ギシ、と軋む音が聞こえてくる。隣の牢屋は寝床があるのか。こっちなにもないぞ。
「ご存じかと思いますが、ここニーアの町には神ギフタス様がご降臨なされ、御力を与えられた地として歴史的に知られております。それ以来、祝福と継承の地としてアプライ神殿が町の中央に建てられ、高位の貴族や英雄、王族は魔法とは異なる特殊な力"ギフト"を授かる伝統が生まれるようになりました。特殊スキルともいわれる力はその人の人生と、この国の未来を決めるに等しいといわれています」
この町に来た時、レネがそんなこと話していたっけな。ただでさえいつどこで何に生まれるかだけでも人生ほぼ決まるってのに、そこでも人生ひっくり返る可能性あるならたまったもんじゃないな。
いや、あまり知らないでいろいろ言うのも良くない。ギフトという特殊なスキルが具体的にどういうものかは全然わからないので、耳をしっかりと傾ける。
「18の年齢になると、ギフトを継承できる祝福の儀式がその神殿で行われるのですが」と言った途端に歯切れが悪くなる。「私が頂いたギフトが、皆様のご期待を裏切るものでして」
「どのようなものだったのですか」
沈黙が貫く。きっと口にも出したくないほど良くないのもだったのだろうと予想できる。気まずさに負けた俺は、
「その、おつらいなら話さなくても構いません。こちらの好奇心でお伺いしてしまい失礼いたしました」
それでも返事がこないことにショックを受けたとき、ぽつりと聞こえた。天井から落ちる水滴よりも小さいそれに聞き逃しそうになったほどだ。
「【
メインやレネが言ってた……いや、元は魔王が設定として作り上げたスキルとかなんとかに似たものか。結局スキルがどういうものかすら把握してないままだったけど。
「いえ……申し訳ございません、恥ずかしながら魔法以外はあまり詳しくなくて」
「司教様のご鑑定によれば、力や魔力といった能力の高い方々の様々なお力を下げてしまうのだそうです。ただ奪うだけの、足を引っ張るだけの呪いともいえるスキルだと。おかしいですよね、この国のためにと願ったはずが、搾取する力を得てしまうなんて。これなら、何も頂かない方が良かったと……そんなおこがましささえ思ってしまうんです」
使い道のないめぼしい能力でも授かったのかと考えていたが、予想を下回り、咄嗟のフォローができなかった。心優しい王女には不釣り合いな力だが、ギフトっていうのはランダムに振り分けられるものなのか?
「ひどい神様もいたものですね。ちなみにどういう条件で、その力っていうものをどれだけ下げるのかはご存知でしょうか」
「それを聞く前に……お父様のお叱りでそれどころではありませんでした。臆病にも、私がその場で何も言えなくなったのも原因ではありますが」
「王女様はなにも悪くありませんよ」と咄嗟に口をはさんでしまう。
よりによって娘を生んだ親が取り乱すのか。いや、世間の、それも国を統治する家系がどういうものかは知らねぇし、相当のプレッシャーもあるんだろうが、人の上に立つならせめて冷静になってほしいもんだぜ。リスクやアクシデントで取り乱すどころか、娘の不運を責める王にはついていきたくないからな。
いえ、と強めの声が返ってくる。
「国に貢献できないどころか、国の発展を妨げるスキルだからと、明日国外追放されるんです。それもあって婚約も破棄されました。あのとき交わした言葉は嘘だったのかと思うほどに、彼も……エラルド様も恐ろしくなってしまって。皆様に言われたことは……もう思い出したくもありません」
「えぇ……嘘でしょ」
そこは誰かしら守るもんだろ。それに、評価もしてすらねぇ一方面の能力ひとつで切り捨てるほど馬鹿じゃあるまいし、そもそもこの大国の第一王女がいなかったら王の継承者はどうするつもりなんだ。やっぱりこの国もいろいろ終わって……いや、これも魔王が描いたクソシナリオか。
無理がある話でも簡単に通っちまうのが恐ろしいところだ。俺の怒りの感情を抜いたように、人々の知能や知性を制御することだって造作もないだろう。
スキルひとつで応対が変わる不気味さやそれがすべてだと思う短絡さは、とても通常の人間ができる所業ではないと思うのは、俺の知る世界が狭いだからだろうか。路地裏よりもマシな世界のはずだろう。
「なにかがおかしいんです」
唐突に王女は話した。考える俺はすぐに壁を見る。
「いえ、私が現実を受け入れられてないだけかもしれませんが、お父様やお母さまがあのように豹変されるのが……使用人や兵士の皆様でさえも、エラルド様とそのご家族までもが人が変わったように恐ろしくなって。きっとそれだけ、儀式の結果が国に大きく左右されるのですから戸惑いになられるのも、王家の名を汚すと仰られても分からなくはありません。でも、いくらなんでも……もう家族じゃないだなんて」
抑えるも震える声。壁一枚向こうから聞こえる悲哀に、どろどろとした汚泥が沸くような怒りを抱く。ここで俺が怒ったって、どうこう言ったって王女の傷は癒えないのはわかっているのに。
それと妙な親近感を覚える。それは俺にとって心の拠り所にもなる。かといってそれに甘んじてはならず、王女のお気持ちを優先せねばならない。
貴族社会どころかろくな人間社会で生きたこともない俺じゃあ、気の利いた言葉を送ることも慰めることもできない。計り知れない苦しみを抱いた人にかける言葉など、馬鹿な俺は知らない。ただ聞くことしかできない自分の無力さに憤りを覚えた。
何も言わなかった。何も言えなかった。ただ、この時間を共にし、受け止めることしかできなかった。
自分と向き合うには無限のように思えた時間。いや、王女の感情に寄り添うならば一瞬ともいえる時間。静かになった壁越し、啜った音が一つ聞こえたとき、声が聞こえてきた。
「すみません、お見苦しい所を……私ばかり愚痴を述べてしまいましたね」
「いえ、とんでもございません。本当に苦しい思いをされたのだと思うと、何も言えなくなってしまって……こちらも何もできず申し訳ありません」
「いえ、そのようなことは……っ、あ、あの、ライト様がここにおられるのはどうして……? 失礼を承知の上でお聞きしますが、いったいどのような……あ、その、お答えしにくいことでしたら何もおっしゃらなくて構いません」
王女の言葉に、すぐに返答できなかった。
彼女とは異なり、俺は過去の罪に囚われている。いや、俺は法を犯して然るべき措置を取られたのだから、理不尽でもなんでもない。
そうですね、ととりあえず答える。しかしそのあとは言葉がなかなか出てこない。思い返してしまったのだ。
二年前。明日の出陣のために王城に訪れ、宴を終えたあとのことだった。
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