34.想起と狂気

 覚えてる。確かに憶えてる。俺が魔王を引きつけ、身を挺してブレイブたちに引導を渡したんだ。この胸に穿たれた風穴も、それに伴う痛みを越えた熱、そして抜け落ちていく意識。あぁ、死に向かう感覚はいまも褪せていない。

 薄れゆく視界だろうと見届けた。あの一瞬でブレイブたちがとどめを刺したはず。だが、そのときに魔王もなにか魔法を展開して――ッ。


「――メイン!」

 なりふり構わずメインの両肩を掴む。輸液針が腕から抜け落ち、血がドクドクとにじみ出てきても構わない。包帯まみれの右手の皮膚が痺れるように痛むが、それどころじゃない。

 なぜこんな大事なことを忘れていた。

「目を覚ませ、これは魔王の罠だ! 俺たち呪いにかけられたの覚えてねぇのか!」

 メインの体を勢いよく揺さぶる。


「なにを言ってるんだ?」

「だから、俺たちはもうとっくに魔王と接触していて――」

「なにを言ってるんだ?」

 ふと、両手の力が緩まる。そいつの声はひどく落ち着いていて、真っ黒な瞳をただこちらに向けていた。


「……え?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるんだ?」


「なにを言ってるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる


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Hello, my another world too!

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 ノイズが走る。


「っ!?」

「どうした?」

 メインの心配そうな顔を、ただ茫然と見つめることしかできなかった。


「あ……ぇ……」

 なんだ今の。一瞬、何か、頭ん中ぜんぶ真っ青に染まったような。大量の文字が見えたような。見たこともない記号の……あれ、俺はさっきまでどうしていたんだっけ。こいつが急に……いや、なにもなかったな。そもそもなにを話していたんだっけ。

 魔王が、確か……。俺は死んで……あれ、生きて……。

 俺はどうかしちまったのか?


「いや、なんでもねぇ。なんでも、ねぇ」

 再びベッドに背もたれ、脱力する。右腕を見ると、相変わらず輸液の管がつながっている。

「サブさん大丈夫ですか? ぼーっとしたり急に動き出したり。もう少し寝ていた方がよさそうですけど」

「あ、あぁ、それもそうだな」と心配するレネに返す。「けど今は大丈夫だ。ちゃんと食って、今日もしっかり休むよ」

 それより、と話を変える。このまま思考に耽れば、頭がおかしくなりそうな気がした。きっと寝ぼけていたんだろう。


「このあとおまえらはどうするんだ? うっかり聖剣も手にしたしよ、ゆくゆくと冒険者ライフってわけにもいかねぇだろ」

「それもそう、だが」

 やけに歯切れの悪い返答。今に始まったことでもないのでどうこう言うつもりはない。ただ、魔王がいる限りは、メインの望むような日々は送れないだろう。

「やっぱり、わたしたちが魔王を討伐にいく、とか」とユージュ。リリスもこくりとうなずいた。ただ、レネはぶんぶんと首と手を横に振りまくったが。

「いやむりむりむり! メインさんの支援魔法があるとしてもそんなのできませんよ私!」

「おまえ調子に乗って魔王討伐いくとか言ってたじゃねぇか」

「あれは冗談って言ったじゃないですか!」

「けど、現に聖剣をもっているのはメイン、おまえだ。それなら俺たち5人で往くしかねぇんじゃねぇのか?」

「……それは」


 そのとき、ざわつきが奥から聞こえてくる。病室の扉を蹴破らんばかりに入ってきたのは王国国旗のエンブレムを鎧に刻まれた騎士団。10人近くが部屋に入ってきた中、堅牢な赤い兜で表情も見えない鎧姿の男がひとり、俺たちの前に立った。

「サブ・ライトだな」

 まさかのご指名か。俺なんかやっちまいましたか? って冗談を言えるような空気じゃねぇな。

「ええ、俺がそうですが」

 そう返すなり、先頭の騎士は横へ一瞥してはアイコンタクトを取るような挙動をし、小さくうなずいた。再びこちらへと正面を向くなり、

「捕まえろ」

「は!? ちょ、どういう――」

 刹那、俺の首めがけて光る鎖が巻き付き、そのまま前方へ体を飛ばす勢いで引っ張られる。抵抗する間もなく騎士に頭部を掴まれ、うつ伏せで床に思い切り押さえつけられた。骨身に染みる激痛と朧げになる視界にうなされている間、両腕を後ろに回され、板型の冷たい手錠をかけられる。

 こちとら怪我人だぞ。もっと丁重に扱ったっていいじゃねぇか。床からメインたちを見上げるが、彼らも反撃しようとしたのだろう。しかし他の騎士に剣と杖を向けられ動けないままでいた。


「貴様には罪状が発行されている。チャールズ・フェロニー宰相陛下を暗殺した犯人だと発覚した」

「……っ!?」

「殺人罪を、それも我が国の宰相陛下を手にかけた者が勇者の一員を名乗られてはこの国と王家の名を汚す。我が王と御神の名を以て、貴様には罪を償ってもらう」

 痛みに堪えている間に無理矢理起こされ、そのまま連れられそうになったとき。


「待て」

 呼び止める声で、俺は顔を上げる。

「メイン……っ」

「どういうことか説明してくれないか」

 声はいつも以上に静かに、しかし今にも手を出しかねないほどの気迫が黒い目に籠っている。

「メイン・マズロー殿。第六期魔王討伐隊のひとりです」

 ひとりの騎士が騎士長に小声で告げるなり、頷いた。体をメインに向けては淡々と、しかし丁寧に説いた。


「約二年前、宰相陛下の消息が絶たれたことが第六期魔王討伐部隊の出発後に明らかになり、長期にわたる捜索が施されたのだ。そして二年の歳月を経てようやく手がかりをつかめた。犯行に使用された魔法や思念の痕跡を探知し現場を再現することや、遺体の死亡推定時刻がわかる技術を手にしたことで、目星がついたのだ。結果、多種多様の魔法、特に転移魔法を使いこなす魔術師の仕業である可能性が高いと判明した。現に、当時そういった魔法を使いこなせる者は城内でも限られているも、アリバイは全員あった。だが、そちらの部隊にもひとり、該当者がいたと……我々は気づいたのだ」


「……はは」

 なんだよそれ。わけがわかんねぇよ。逆に二年もよくわからなかったな。なんで今になって、なんで今さらになってそういうことに気付くんだよ。


「サブ、この話は……本当なのか?」

「嘘ですよね、嘘だといってくださいよサブさん!」

「サブさんはとてもいい人です。レネさんの言う通り短気ですし喧嘩っ早いですけど、そんなことする人じゃないのはわたしでもわかりますよ」

「サブ様、わるくないです」

 ありがとうな、レネ、ユージュ、リリス。そう庇ってくれるだけで俺は救われる。

 そして、メイン。

 またもおまえを裏切ってしまう現実をぶつけちまって、本当にごめん。


「……あぁ。嘘じゃねぇよ。二年前に魔法で宰相をぶっ殺して、それを今日まで隠蔽した事実は変わらねぇ。悪いな、今まで隠してて。俺も人のこといえなかったわ」

「認めるんだな」

「ああ認めるよ。けど、あれは王女を守るために――」

「戯言を抜かすな! 王族を守る理由で政務の最高責任者を手にかける愚か者がどこにいる!」

「都合のいいことしか耳を傾けねぇんだな。お国の誉れでもある騎士団がそんな偏執的な態度で物事を正しく見定められるのかよ」

「だが貴様は罪人だ。これに嘘偽りはないのだろう」

「理由くらい聞いてやってもいいだろって話だよ」

「罪状は絶対だ。弁明したきゃ牢屋の中で言うんだな」

 問答無用ってわけか。

 病人であるにもかかわらず無理矢理立たされ、首に巻きついた光の鎖に引っ張られる。まるで奴隷だ。手錠に至っても、魔法を封じて魔力を吸収する材料と回路が組まれているな。どんと背中を押し出されたとき、メインたちへ目を向ける。


 まぁ……そういう顔をするわな。

 信じたくないけど、信じざるを得ない、絶望したような、でも希望を捨てきれないその目。

 俺も少し前にまったく同じそれを向けていたよ、かつての親友とその仲間にな。

 別に幻滅しても構わねぇ。それだけのことはしたんだから。むしろまた裏切られたような気持ちにさせてしまって、申し訳ねぇと思っている。これ以上の言い訳は意味がないだろうし、なにより見苦しい。

 ただ、まだ発言を許されているならば。


「メイン! おまえら!」

 ハッとしたように、彼らはこちらへと意思をもって目を向けた。それがどうしてか怖くて、やがて耐えきれなくなった俺は目を逸らし、声だけを伝える。

「迷惑をかけた。こんなどうしょうもねぇ勇者パーティに所属しちまったばかりに、ひどい思いをさせてしまって悪いと思ってる」

「……っ」

「最後の最後まで迷惑かけちまうけどよ、俺たちの代わりにおまえが魔王を倒してくれ、メイン。勝手なのはわかってる。けどおまえなら……仲間や聖剣に選ばれたおまえなら必ず成し遂げられる」

 最後くらいは無様にかっこつけさせてくれ。

 踵を返す。これ以上ないくらい、満面の笑みで見送った。


「――あとは任せたぜ、勇者様・・・

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