35.邂逅
*
「処刑か……はは、俺の場合は追放じゃねぇんだな」
連行され、ここについてからどれだけの時間が経っただろう。
目と口をふさがれ、麻袋を頭部に被せられ、手足を拘束されたまま馬車に揺られて幾刻。さほど時が経たぬうちについた先はどこかの地下――鉄と石に囲まれた暗い牢獄だ。
馬車の
相手もアホなのか優しさなのか、ここに着くなり麻袋を剥がされ、目と口の自由を与えてくれた。ただ金属製の枷は両手を前にしては着け直され、右脚は鎖を通じて壁に繋がっている。狭い牢屋のなか歩き回れるのは幸いとして、仮に檻が空いても出られやしないか。当然ながら魔法は一切使えない。この手足の拘束が魔力を吸っているのだろう。
そしてこの部屋自体も、魔力がほとんど感じられない。外部環境から魔力を得ることもできないわけだ。詠唱しても虚空に消える。感じられるのはせいぜい、天井に埋め込まれた発光石だろう。だがその光は淡く、今にも消えそうだ。ついでにかび臭い。床も冷たい。ここで寝たら誰だって風邪を引く。
黒い檻の向こうも灰色の石煉瓦の壁、と無骨な木材の丸椅子。数人通れる程度のそこまで広くない石畳の廊下が右奥へと繋がっており、ここが数ある牢屋の中で左端に位置しているようだ。右隣りにも牢屋がありそうだが、これだけ静かなんだ、俺以外誰もいないだろう。
投獄時に兵士より告げられたことは「明日、九の刻に磔の儀式、後に斬首刑」。貴重な知的財産である大魔導士様を失うデメリットよりも、殺人者を生かし、勇者や国の名に泥を塗る方がよっぽど嫌らしい。そりゃあそうか、世間はそうだよな。勇者ご一行を排出する国にとって、軍事的な強さと
つまり、俺の処刑は公にされず、隠ぺいされる。魔王討伐の最中で怪物にやられたとかなんかで報じるだろうよ。
「……」
怒涛の数日間だった。
どうしてこんなことになったのかもわからないまま、振り回され、それでも抗って、そんでこの様。これが夢だといわれても信じられる。むしろ夢であってくれと願うばかりだ。いや、現実逃避したところでどうしようもない。現にブレイブにつけられた傷は塞がっていようともまだ癒え切っていない。
魔王討伐はどうなるんだろうな。ブレイブたちはかなり手負いらしいからしばらく療養されるだろうが、聖剣の資質がない、いわば真の勇者じゃないとわかった今、それが知られるのも時間の問題だろう。自分の知らない人間になっちまったあいつらがこの先どうするのか知る由もない。
対してメインは聖剣を手にした真の勇者と判明したが、どうするのかはあいつ次第だ。魔王討伐してくれるのがいちばんだけど、あいつのことだ、きっと冒険者を続ける可能性の方が高い。レネやユージュ、リリスがどう望むかだな。シルディアやプリエラよりも強くなり、メインたちの方が勇者パーティに相応しい実力者となった。ただ、メインの意見を最重要視するきらいがある。
どうにか魔王を倒しに行ってくれればと願うも、どのみち俺は明日以降の未来を見届けられない。助けに来てくれることは……期待しない方がいいか。仲間が国の権威を殺して、それを隠していたなんて、幻滅されたに決まってる。
そうか、俺は死ぬんだな。
魔王討伐という罪の償いを為せないまま、法の下で、人の手で死を迎えるのか。どうせなら怪物と相打ちとか、誰かを庇って死ぬとか、そういう死に様だったらな。いや、当然の報いか。
何より、ルベリア王女にもう会えないというのが一番の悔いだ。
ガキの頃に手を差し伸べてくれた人。憧れ、惚れた人。強くなる意味を、生きる意味を作ってくれた人。この人がいずれ国を治める女王となるのなら、俺はこの国に仕える騎士になりたいと願ったんだっけ。
そんで……魔王倒して無事に王都に帰還したら自分の想いと感謝を伝えると誓った人。あわよくばプロポーズだとかそれ飛んで結婚だとか夢見ていたが、まぁ結ばれることなど到底叶わない妄想なのはわかってる。けど、このおかげでいくつもの死線を乗り越えてきたから馬鹿にならねぇよ本当。あぁ、どうせならその不敬罪で斬首刑になった方がまだよかったな。どのみち、そのときに俺の人生は終わるだろうと思っていたから、国救って王女が笑える未来になって、ただ告白できりゃ悔いはない。
そういやなんかの儀式でこの町にいるんだったな。こんなことなら、あのときメインたちを抱えて逃げずに、俺も顔を出せばよかった。
深いため息が一気に漏れる。頭を抱えようにも枷が邪魔をする。壁沿いで冷たく固い地面をケツで味わいながら、ただ俯く。
静かだ。
夜も更けてきたと体が言っているが、外の様子は分からない。時間が止まったみたいだ。そりゃそうか、こんな空間を切り取られ、魔力も阻害し、まさに隔絶されたような場所ならそう感じてもおかしくはない。無間の狭間にでも放られたようだ。
「……」
にしたって何かおかしいぞ。
怪我は完治してねぇが、物も食べられ、まともに動ける程度に意識は健常。意識混濁でもなければ精神疲弊でもない。明らかに魔力がまったく感じられなくなった。五感はあるのに、何も感じないような錯覚に陥る。見えているのに、そこにあると思えない。現実味がないんだ。
思わず立ち上がり、自身の異常にとらわれないようあたりを見回す。
「――ッ?」
檻越し。
無骨で無機質な廊下に立つ姿は兵士でも、助けに来た仲間でもない。
金銀の繊細な装飾を纏った高位のドレスは黒い薔薇を思わせる。痩せ、高い
絹糸のような真白の髪に、紫の鋭くも飲みこまれそうな瞳。輪郭と目鼻立ちが整った、蠱惑的で、かつ
だが、そこに愛おしさは感じられない。美も過ぎればおぞましさが尾を出している。最も、感情や思考が読み取れない、彫りの深い顔は無機質さそのもの。まるで人形だ。
音沙汰なく忽然と現れた、明らかに浮いた存在。現実味がなく、しかし息が詰まるほどの存在感。なんだこの威圧感は。ただの人間にしか観えねぇのに震えが止まらねぇ。
「ただもんじゃねぇな……何者だ」
その存在は花のように紅い口唇を小さく開く。心地の良い、だが人としての何かが欠如したような、冷たい声が耳の中にさらさらと流れ込んでくる。
「
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