33.崩壊と結成
*
「――ブ。……サブ! 大丈夫か!」
微睡み、朧げな視界が明瞭になっていく。目に入る光を眩く思いながらも、細い息を吸ってはまぶたを開けた。
耳に響く声の数々は、目の前にいるメインとレネ、ユージュのものだとわかった。傍にいるリリスはベッドのシーツの裾を掴んでこちらを心配そうに見つめている。
「ここは……」
そう一言だけ発すると、顔を寄せていたメインから昂った感情を抑えるような声で返ってきた。
「ギルド管轄の修道院だ。ニーアの町まで戻ってきて、5日は経っている」
「心配したんですからねサブさん!」と大声を出すレネの目は潤んでいる。
「メイン様、ずっと看てました」とリリス。
「わたしたちもひやひやしましたよぉ。このまま起きなかったらどうしようかと」
「ユージュさん縁起でもないこと言わないでください!」とレネは声を張って返す。そんなつもりじゃ、とユージュは焦った。
右腕や体のあちこちに繋がれている針と腸でできたような管を目で追った先、いくつもの膀胱袋が俺の周囲の棒状スタンドに吊るされている。全身の肌に触れる違和感はリネンの患者服を着ているからか。
俺は痛む頭に右手を当て、俯く。その手も一切の隙間なく包帯で巻かれていた。
「そうか……迷惑、かけちまったな」
「そんなことない。サブが無事でなによりだ」
ようやく、こいつもまともな笑みを見せた気がする。
起き上がろうとするも、レネ達に制止と焦りの言葉がかかってくる。大丈夫だと言いつつ搾り取るようなうめき声を漏らし、筋肉が伸びるとともに鈍痛が走った。内臓がかき混ざる。引きちぎれそうな神経の鋭い痛みに視界が明滅し、脂汗がにじみ出てくる。石膏のように堅くなった骨も軋みを上げ、やがてパキパキと音を立てた。
周囲を見回すと、天井が高めの大きな石レンガのホールにいくつもの白いベッドが並んでいる。しかし患者は俺だけのようだ。等間隔に並ぶ格子付きの窓から町並みが見え、俺の背後の窓から光が差していた。
「ブレイブたちは……?」
「あぁ」と返すメインの顔が曇る。「あのあと、一戦を交えたんだ」
「メイン様、勝ちました」とリリス。それにユージュが続く。
「全員気を失ったので、縄で縛って、メインさんが浮遊させて連れて帰りましたよ。精神汚染されていると拠点の職員さんたちに伝えておいて、ギルドに戻った後は別のところに運ばれましたけど」
「そのあとは誰もしらないってわけか」
「そうですね。ただ聖剣に選ばれなかったとなると、勇者の称号もどうなるかわかりませんね」
レネの言葉で思い出す。信じがたいことに、聖剣に女神らしき何かが宿っていて、結果的にブレイブでなくメインを真の勇者として選んだ。そうなれば、ブレイブは勇者パーティを名乗れなくなる。ステータスの概念が普及している以上、詐称も難しいだろう。勇者特有の右手の印も、ステータスが絶対だと言われる前ではただの飾りになるのだろうか。
親友のあっけない顛末を知り、その後の不明瞭な未来を少しだけ憂う。腐ってもあいつらは仲間として苦楽を乗り越えてきた奴らだ。ブレイブという唯一の親友の陰も見当たらなくなり、胸の一部に穴が空くような思いだ。
「そう、か。……まぁ、あいつらならなんとかするだろ」
「恨んでないのか?」
眉をひそめるメインに、視線を落とす。
「あぁ……全員一発ぶん殴りたいぐらいには。でも殴ったところであいつらの性根が治らねぇならもうどうしようもねぇだろ」
「でもサブさん、殺されかけたんですよ!? もう仲間だと思ってない目でしたよあれは!」
「ブレイブと殺し合いになるような喧嘩はガキの頃からやってきている。それは勇者パーティとして旅していた時も変わりねぇ。だろ、メイン」
「あぁ、毎回シルディアが殴って両成敗していたが」
「そんでプリエラがぷんすか怒りながら手当してくれたっけな」
そう乾いた笑いをするも、便乗して笑ってくれる人はいなかった。
「でもま、ああいう目を向けられたのは正直堪えたよ」
包帯の巻かれた腹をさする。痛みとは違う何かが、目からこみ上げてきそうになる。それをせき止めるべく視線を落としていた俺は顔を上げると、全員がこちらを見ていた。
「……そんな顔すんなって。別に大事なもん取られたわけでもねぇし、あいつらもおまえらもちゃんと生きてるし、それでいいじゃねぇか。こちとら死ぬこと以外かすり傷なんだよ」
「ひぇ~、鋼のような精神力ですぅ」とユージュ。
「サブさんって意外と漢なんですね」
「だから意外とってなんだよ」
レネの余計な一言に俺は呆れて返す。
「そういうおまえはどうなんだ。俺よりもお前の方が堪えているだろ」
メインにそう話す。視線は逸れ、右手首を左手でぎゅっと握っていた。
「……」
「言いたくねぇなら言わなくていい。恨んでようが許してようが、俺には関係のねぇ話だしな。つっても、今この場にあいつらがいない時点で、お前の気持ちは大体わかったよ」
返事はなかった。こいつもこいつなりに、葛藤はしているんだ。
「メイン様、だいじょうぶ、ですか?」
「大丈夫だ。ありがとう、リリス」と隣にいた彼女の頭をメインは優しく撫でた。
そばの白いテーブルに置いてあった籠一杯の果物とその切り身、干し肉、発酵品の数々を目にする。「食べますか?」と聞くユージュの言葉に快く応じた。
一口一口が体に沁みる。こんなに美味く感じたことはガキの頃以来か。食べる口と手が止まらなく、それを見て笑顔を取り戻していた皆を見て、何見てんだよと茶化した。
看護修道女に意識回復したとレネが伝えに行くなり、丈の長い長袖ワンピースに袖なしの白いエプロン、ナースキャップを被る修道女と、法衣に似た白衣を纏う初老の医師がすぐさま顔を出した。
様々な打撲傷や裂傷、火傷、骨折や魔法傷など細かい傷以上に、腹部から背部にかけた穿通性腹部外傷が致命的だったという。臓器も一部貫通していたが、中枢神経系や大動脈、循環器の損傷は大きくなかったようだ。要は剣の切れ味が良く、かつ刺さりどころがよかったという話だ。
だが、応急処置と魔力的な治療がもう少し遅れていたら手遅れだったそうで、適切な応急処置と高精度かつ効果的な治癒魔法が施されていた故に丸一日を要した搬送の最中で悪化することなく、執刀も無事に終えることができたと医師は話す。改めて、メインやレネ達に感謝を告げた。最も、元々の肉体が頑丈でなければ死んでいてもおかしくなかったと話され、若干怪物扱いされたのは納得いかなかったが。
魔法効果もあり超人的な回復をしているとはいえ、あと一週間は治療と休養に専念することとくぎ刺され、医師らはその場を後にしていった。そのまま俺たち五人は聖剣の地で戦ったことの詳細を雑談交じりに話した。
「それにしてもすごかったですね、メインさんの支援魔法。あの勇者パーティを倒せるほど強くなれるなんて」
「レネ達だって、ふたり相手に勝てたじゃないか」とメイン。
「いえいえ! メインさんの支援魔法があってこそですよあれは」
「それに、あのダンジョンでゲットした素材もどれもレアものばかりで資金も増えましたし。ご飯もたくさん食べれて、ランクも全員A以上になりましたし、いいこと尽くしです~」とユージュ。ちゃっかりお見舞い用の果物を口に運んでいる。
「メイン様、聖剣も手にした」とリリス。
「そうだな、それさえあれば……」とふと口が止まった。なにか引っかかる。夢の中で見たことを思い出すような。
不審に思ったのか、俺の名前を呼んだメインにハッとする。
「あぁ、なんでもねぇ。聖剣ってのはおまえのその背中に担いでいるやつか」と聞く。「ああ」とメインは半身を向け、背中の大剣を見せた。鈍重そうで、変な紋様と幾何学模様が絶妙なバランスで刻まれているな。まぁただの剣じゃないってことは確かか。
妙な頭痛が思考を遮らしてくる。頭の中身が反芻しているような、なにかを忘れているような気がすると脳がたたき起こしてくる違和感を隅に置き、メインを見た。
「それを手にしてなんか変わったことはあったか?」
「僕は剣士じゃないからまだ一度も使ったことはないが、妙な気配を感じるんだ」
「その剣に宿ってる自称女神か?」
「いや、なんというか」とメインにしては歯切れの悪い返し。「同じ方角から呼ばれているような感覚に近い。ここだと北西からだな。だが心地いいものではない。そこに向かえと言われている気がしてならないんだ」
「……もしかして、その先にいるんじゃないですか?」とユージュが一言。それにレネが続く。
「確かに聖剣だし、導いているのかもしれませんね」
「リリスも、そう思う」
「"魔王"の居場所を指していると。まぁ不思議ではないか」
「……」
自分に言い聞かせるようにメインは呟く。なにかに悩んでいる様子に、向かいにいたユージュは口を開く。
「わたしたちはどこでもついていきますよ。メインさんに恩がありますし……まぁメインさんがいないと生きていけなさそうな気がするのが正直なとこですけど」
そう彼女は指をツンツン合わせながら恥ずかしそうに目を逸らして話す。
「リリスも賛成。メイン様、勇者様だから」と言いつつ、メインの傍にピトッと寄り添う。
「ここまでいったら、私たちが魔王を倒しに行きますかー……なんて言っちゃったりして」
レネの調子づいた言葉を最後に、俺の口から言葉が漏れた。
「魔王……。――ッ」
手に持っていたパンを落とす。
「うわぁっ、ごごごごごめんなさいサブさん! さすがに調子に乗りました!」
「思い出した……っ」
「サブ……?」
剣山の奥。廃城。雷雨。巨影。灼熱。凍土。竜巻。光弾。剣戟。崩壊。怒声。悲鳴。激昂。激痛。高揚。恐怖。希望。死。
「俺たちは魔王を発見して、接触……いや、戦ったことがある」
思い出せ。俺たちは今、魔王討伐の六期生として推薦された一隊。まずは魔王の居場所を突き止めるべく調査をして……待て、ここから変だぞ。
俺たちは魔王に会っている。そんで戦ったはずだ。
いや、ちょっと待てよ。そもそも俺、そのときに魔王の一撃を受けて――。
「死んだはずじゃなかったのかよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます