18.バフ越えてレベルアップしてる件

 目の前の地面が膨れ上がり、破裂した。切り株と化した木々も根っこから持ち上げられ、大量の土を浴びてはひっくり返っていく。

「なっ、なんですかこれぇ!?」とヘッドスライディングして間一髪避けたユージュは叫ぶ。

 緑覆う大地から顕現した姿はさながら岩石を纏う大きな怪物の一部。おそらく巌蟹ガンカイ土閣虫ドカクチュウの仲間。両者とも土の中に眠る高級珍味だが、種類によっては鉄のように堅い甲殻を――。


「ゴーレムか」

 俺の読みはメインの一言で外れる。あれ人工物か魔法産物なの? 泥人形って意味をもつ遺産物や儀式の道具、召喚魔法でなら似たような名前であるけど、魔物でもそういう種類いるのかよ。

「なるほど、あいつがここに縄張りをつくったおかげで、ゴブリンたちは追いかけて村の近くにまで現れたというわけか」

「どういうことだよ」

「知らないのか? ゴーレムがいるスポットは質のいい鉱石や土、魔力が得られやすい。魔力の察知に長けるゴブリンはその恩恵に預かるためにスポット周辺に巣を張るんだ」


 そんなさも常識だと言わんばかりに偉そうに口にされましても。

 改めてそのゴーレムとやらを見つめ直す。野生の魔物なのにどこか人型に似てないこともない。強いて言えば神官プリエラの召喚した巨像に近いが、大きさが5メートルほどと比較すれば小型だ。それに砦のような堅牢さ纏う肉体から十の剣脚でなく二対の手腕が生えてるし、青白く光る紋様が血管のように全身に張り巡らされているし、頭頂部の岩石の隙間の暗闇から赤色にぼんやり発光してる眼球も一対あるし。完全にこちらの姿を捉えている。

 岩同士が擦れる音を響かせながら、二つの巨腕をメインと俺めがけて振り下ろしてきた。動きが鈍重すぎる、これなら戦いに不慣れな人でも避けられるか。そう思い躱したはいいが、叩きつけられた地面がえぐれた。地上で暴れた俺らに対して怒りを示しているのだろう。


「レネ、倒せるか」とメインは後方へ振り返る。

「ふぇ!?」

 二度目の転倒から起き上がったばかりの彼女は頓狂な声を上げる。

「え、いやいやいやいやいやいや! いくらなんでも私、あんなのと戦ったこともないですよ!? それに弓しか使えませんし!」

 三つの顔が残像として見えるほどの勢いで全力拒否を首で主張しているレネに同情する。

「レネさん大丈夫ですよ。メインさんの支援魔法でわたしもなんとかなりましたから」とユージュはグッドサイン。

「レネ様、がんばってください」とリリスは控えめなガッツポーズ。

「え、えぇ~」


 既に支援魔法の施しを受けた二人が促している。自分もやって良かったからあなたもやってみようよという同調圧力を感じるのは俺だけだろうか。

 まぁメインさんがいるなら大丈夫だよねと結局自分に言い聞かせたレネは矢を抜き、弓を引く。遠距離の攻撃に適し、種族や地方によってはそれを主とする戦法が展開されているケースもある。しかし、とてもじゃないが目の前のゴーレムとやらに一対一で対抗できるのは厳しいのではないだろうか。せいぜい、関節の隙間の柔い部分を狙うとかしないと。あれが血肉をもつ魔物ならばの話だけど。


「肉体強化と弓の魔法修飾を施した。攻撃を受けてもダメージはほぼないから安心して戦ってくれ」

「はい!」とレネは了承し、片膝を立て、重心を落としてはゴーレムを狙う。さすがに構えは素人ではないにしろ、ウィークポイントに当たらなければただ弾かれるだけ。相性は最悪に等しい。無謀ともいえる行動だが、さきほどのユージュの一撃を見ればメインの言葉も説得性は低くはないのかもしれない。

 きっと彼女と同じ展開と反応をするんだろうなと――あぁうん、レネに向けてフック仕掛けた岩石の巨腕の付け根に矢が飛ぶなり貫通して爆砕しちゃったよ。風圧で飛んできた砂礫が服に着いたし。残る岩の腕が振り払うように薙ぐも、そこめがけて跳んでは蹴る。軽やかに跳躍したんでそのまま宙でもう一本矢を取っては弓を引き……あー、あっさりゴーレムの胴体に風穴空いちゃったね。ゴーレムの中身は流動した魔力以外なにもなく、ただの岩石と化してごろごろと崩れ落ちたか。


「え、え? えぇ!? いまの私がやったんですか!?」

 君も無自覚系のカテゴリに入ってしまったか。

 でもまぁ驚くよな。剣一振りも驚きだったが、ただの鉄鏃の矢一本で大型の魔物を穿うがって粉砕。これで反動や副作用がないのが信じられねぇよ。

 とはいえ。

「い、一撃で……倒せちゃいました」

 俺たちそこまで支援された憶えないんですけど。

 まさか追放された後にドラゴン倒してレベル上がったから支援魔法の効力が爆上げでもしたってのか。戦闘における総合的なアビリティの向上どころの話じゃねぇよ、もはや肉体改造とか能力開発の域だよ。しかも3人同時並行発動……は俺たちといたときもできてはいたけど、ここまで引きあげる力はなかったはずだ。その上、あいつ自身も戦えるって。

 きっと何か理由があるはずだ。そのきっかけはやっぱりパーティ離脱後か。あの時点で何かがおかしくなったんだ。……それか単にこいつが手札を隠していただけの話か。


「よくやったな、レネ」とメインは微笑む。

「レネさんすごいです!」とユージュが彼女に飛びついてはぎゅっと抱きしめた。「レネ様、すごくつよかった」とリリスも尻尾を振ってはレネを見上げ、目を輝かせている。褒めちぎられているレネは顔を赤らめてにへらと笑っていた。

「いやぁそんな! メインさんのおかげで私たちも強くなれているんですね、ありがとうございます!」

「僕の支援魔法が少しでも役に立てられたならよかった」


 まぁ本人らが満足してるなら別にいいか。表情薄いメインも心なしか嬉しそうだった。それがどうも胸に引っかかりを覚える。

 4人が集まって称賛し合う光景を数歩後ろから見眺めていた俺は、鼻で息を吐いてから近づいた。


「これだけ強くなればSランクのクエストもちょちょいのちょいですね!」

「調子に乗るな」と照れつつ鼻高々になっているレネの額にデコピンする。

「あいたっ」と咄嗟に彼女は後ろによろけ、額を抑える。「なにするんですかサブさん」

「言っておくが俺たち全員、そのSランクの程度を知らねぇんだ。たった今得た力で慢心してっと足元すくわれるぞ」

「そ、それはそうですけど~」

 想定外の魔物にも対処できたとはいえ、このクエストはDランク。各ランクでどの程度の実力が求められるかは知らないが、聖剣の地がSランクならば心して挑まないと死に関わる。勇者パーティでも下手すれば全滅しかねない可能性だってあるんだからな。


「だが、これだけの力を発揮できるなら聖剣の地の攻略も可能だな」

「知ったような感じ出してんじゃねぇ」とメインの頭を杖で軽く叩く。

 つーか力ってより仮初めの力だけどな。仮に能力が引きあがっていたとしても精神が追いつけるかが心配だが、まぁこの様子なら一気にBランクのクエストをやってみてもいいかもしれない。上手くいけばそのままAランククエストを受けて、課題点を見つけられたら対策も可能だ。

「サブも時間は限られているんだろう。それならば早く聖剣を入手した方が良いと思うが」

「そう思うならパーティ戻って来いよ」


「断る」と即答。「サブだから協力するんだ。そのあとは僕はここで穏便に冒険者生活を送ると決めている」

「だからなんだよ穏便な冒険者生活って。矛盾してんぞそれ」と呆れた返しをする。

「サブさんホントしつこいですねー」とレネは腰に手を当てながら呆れている。

「当たり前だろ仲間なんだから。つーか、まだろくな戦闘経験もしてねぇのに、このクエストだけで実力ついたと言えるわけねェだろ」

「それは確かにそうですねぇ」とユージュ。「でも一応、わたし騎士やってましたからなんとも」

「実力のギャップはこちらで対処するから大丈夫だ。それに、一時的にならみんなのレベルも上げてステータス全体にバフをかけられるから問題ないと思うが」

 だからそれで体を強くしたとしても中身や経験伴ってなければ意味が……ってレベルやステータスの概念がある時点で価値観が合わねぇんだったな。


 にしても、「大丈夫だ」か。

 ちょっとした間を作ったからか、メインが怪訝な目を向けて訊いてきた。

「……? どうした、サブ」

「おまえ、ちょっとの間でだいぶ自信ついたじゃねぇか」

 ほんのわずかに気怠そうだった目を見開いたメインは、俺の視線から目を逸らした。

「……環境が違うからだと思うが」

 そうつぶやく声も小さく聞こえた。メインの意思表示を把握したところで俺は口を開く。


「とにかく、せめてあと5つはランクの高いクエストを受けさせてくれ。いくらメインの支援魔法が優れていようと、自分の実力以上の能力を発揮すると制御がむずいもんなんだよ。慣らしが大事だ。それに、チームの連携が取れていないとせっかくの能力も発揮できないことだってざらにある。お互いのスタイルや長所短所を把握して、どうすれば息を合わせられるか認識しておくのも生き残る術となる。3人ともそれでいいか?」

 お互い顔を見合わせ、そしてレネはメインの顔を見た。メインが小さくうなずくと、3人は元気よく了承した。

「よし、そんじゃああとは巣窟の探索と駆除だな」と俺はゴブリンだった残骸の装飾物を漁って手がかりをつかむため、凄惨な景色と化している伐採地帯へと歩を進めた。むせかえる死臭に顔をしかめるが、どうってことない。

 聖剣を手にした先を思えば、どうってことないんだ。

 別にメインを心から信用してないわけじゃない。ただ、もう少しだけ……時間がほしいんだ。

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