17.拡大解釈されすぎてる支援魔法はもはや万能のそれ

 翌朝、俺たち5人でパーティを組み、支度を整える。行き先はギルド集会所の受付だが、受理するクエストは聖剣の地の制圧でなく、ランクDの比較的簡単な採集兼討伐依頼のものとした。

 なにせ結成したてのパーティだ。冒険者としてまともに経験があるのはレネだけで他は俺も含め素人と言っても過言ではない。まずはお互いの性格や実力を知って、チームコンディションを最低限整えてから聖剣の地に向かった方がリスクも減るだろう。


「ようやく着いたか」

 ギルド専用の馬車に揺られて3つの刻が過ぎた頃。ケツも痛んでうんざりしていたので、荷車から降りたときの解放感はたまらない。澄んだ空気を吸い込み、うんと背を伸ばしたが、帰りも同じだと思うと気が萎える。長距離の空間転移魔法使うのも気が引けるので、どちらがマシかを決めるのは難しかった。


「ここの近くに、目的の薬草と"ゴブリン"の巣があるみたいなんですよね」とレネは目の前の緑あふれる森を見眺める。何の変哲もない常緑樹の森だ。いや、オリーブ樹や葡萄科の樹もあるな。太陽の光と栄養豊富な水を十分に含んでいる植物は爽やかともいえるほど生き生きしているようにみえる。

 獣の臭いや痕跡はなく、警戒を示す鳴き声は聞こえないので、まだ安全な場所だと言える。メインの催促で俺たちは足を踏み入れた。

 クエストの内容によれば、最近ここ"コリスの森"から"ゴブリン"という比較的高い知能をもった魔物が出現し、村を襲っているため退治してほしいとのこと。そしてプレクトランサスやサルビアといった薬草5種類を各1~1.2kg程度摘んでくることが依頼内容だ。なんでもいいが人の手で栽培できない代物なのか。


「それにしても薬草5種類ってめんどうですよ~。冒険者って魔物倒すだけじゃなかったんですね」

 薬草を探して早20分。各薬草のスケッチを片手に、草むらをかき分けながらユージュはぐったりとした声で小言を垂れる。購入した鎧で屈んでいる分、腰を痛めそうだとふと思うが、それでも飽きるの早すぎだろ。そんな彼女にレネは一声かけた。

「まだまだ! このくらいで音を上げてちゃ冒険者務まりませんよ」

 さすが本業にしているだけあるか。こう張り切ってくれるとこちらも励みになる。


「しかし、思ったより時間を費やしそうだな」

「なにかいい方法があればいいんですけど、なにか方法あったりしますか?」とユージュはメインの方へ振り返る。完全に期待してるなこれ。「ユージュさん休もうとしてません?」というレネの声が割り込む。

「なくはないが……リリス、こっちにきてくれないか」


 首をかしげながら、呼んだメインへととことこ駆けるリリス。それに乗じて尻尾と頭部の獣の耳が揺れる。俊敏な動きをしやすい軽装を彼女は纏っているが、肌や毛先で気配を察知する特性を発揮しやすくするためとはいえ、手足や背中等の露出が大きい気もする。有毒な虫や植物でかぶれる恐れもあるが、種族が違うからそういう心配はしなくてもいいのか。

 メインは彼女の頭に手をかざし、なにかを発動した。

「んっ、んぅ……っ」

 一度毛先が反りかえったあと、頭をぷるぷると振ったリリスはなにが起きたと言わんばかりの顔だ。せめて何をするのか先に言えよ。

「リリスの種族にも仲間を呼ぶ鳴き声があったはずだが、覚えているか?」

「……? はい」と頷く。

「じゃあ森の中にいる魔物に向けてここに集めるように鳴いてみてくれ」

 返事をした彼女は狼のような遠吠えをひとつ響かせる。猫系の獣人じゃなかったっけ君。アイデンティティ間違えてますよ。

 吠えて迎えるは静寂。リリスがゆっくり首を傾げたとき、草むらや枝葉をかき分ける音がいくつも奏でている。何かがこちらへ来ている。

 レネとユージュが思わず武器を構えていたが、その必要はなさそうだ。敵性反応はないからだ。事実、草むらや木々から飛び出してきたのは小動物の容姿をした小型の獣系魔物の数々。30匹は越えているだろうか。白い毛色は絹のようで、まるでそこにだけ白い花畑が咲き乱れたようにもみえる。長い耳やふさふさの尾を揺らし、ぬばたまの無垢な瞳をリリスへ向けていた。


「うわっ、ちょちょちょメインさん! これ魔物集まりすぎですよ!」と飛び上がるレネ。

 反して冷静なメインはリリスに指示を出す。

「じゃあこれを見せながら、薬草を探すよう念じながらお願いしてみてくれ」

「わかりました」

 そう薬草の写し絵を魔物に見せ、撫でるような鳴き声を出す。ただの鳴いた声なんだろうが、なんともふしぎな音色。こう聞くと、彼女は声帯から人間とは微妙に異なるんだなと思わせる。

 顔を見合わせた魔物はきゅいきゅいと鳴き合い、一斉にその場から散っていく。それから間もなく、多種多様の草花、木の実を咥えて再び戻ってきてはリリスの前に山積みにしてきた。


「すごいすごい! どんどん集まってきますね!」

「これとこれと……あぁ、これもだな」とメインは薬草を選別し、数茎ほどリリスに渡す。「これらの薬草を嗅がせるんだ」

 すん、とリリスが一度匂いを嗅ぎ、そのまま魔物の群れの前に置く。彼女の真似をするように魔物らは薬草に集まっては顔を近づける。すると仲間同士で互いの鼻を擦りながら小声で鳴き合い、一目散に逃げるようにその場から離散した。

 森の奥へと姿を消した彼ら。だがまもなく、一匹ずつ戻ってくる。口に薬草を咥えて。

 それをリリスの前に山積みにしていく。褒めてといわんばかりに上体を起こし、首を彼女の前に伸ばした。リリスはそれに応じ、小さな頭を撫でる。


「うまくいったな」とメイン。リリスも心なしか嬉しそうだ。まさしく主人に懐く猫のようだ。

「……おまえそんなこともできたの?」

 やってることまんま調教師モンスターテイマーなのですが。俺の疑問を察知してくれたのか、メインは解説してくれた。

「獣人は鼻だけじゃなく五感が鋭いと聞く。だからその感覚をさらに研ぎ澄ませて認知する範囲を拡張したんだ。それと、リリスを通じてなら天然型の魔物との会話もできるとみて、間接的な使役テイムを試みたんだけど、なんとか成功したようだ」

「おうなんだそのぶっとび理論」

 使役魔法の原理無視してるぞ。

「さっき説明したとおりだが」

 説明になってねぇんだよ。え、何、一般的な魔法学校だと当たり前に習うものなの? 俺のやり方が段々不安になってきたんだけど。自分の師を疑い始めてきたよ。


「メイン様、集められました」

「よくやったなリリス。偉いぞ」

 頭を撫でられるリリスは、俯くもどこか嬉しそうだ。ふりふりと尻尾振っちゃってまぁ。

「メイン、こんだけあれば十分だろ。採集はその辺にして、ゴブリンってやつらを探そうぜ」

「あれ、ユージュさんが見当たりませんね」

 そうレネが辺りを見回したときだ。


「たっ、たすけてくださぁーい!」と遠くから声が届く。勝手にいろいろしでかすタイプだったかぁ。

「メイン様、あそこにユージュ様が」

 リリスが指さした先、鎧の音を立てながらこちらへと人型の魔物を引き連れてくるユージュの姿が見えた。小さい地鳴りのような足音が複数聞こえ、次第に大きくなっていく。

子鬼種ゴブリンの群れか」とメインは冷静に呟く。

「なんか大鬼種オークまで連れてきてません!?」

 レネは驚き、メインの後ろに隠れる。数は大小合わせて十数。あの数を前にすれば誰だって逃げたくなる。というかこんななにもなさそうな森のどこにあんな連中が潜んでいたのか。虫じゃあるまいし。


「ふむ。なかなか素質があるな」

「いや何のだよ」

「ユージュに対魔物の誘因魔法をかけておいたんだ。もちろんサブに加減しろと言われたことに気を付けて彼女が対処できる程度の効力に留めておいたんだが、それでもあそこまで引きつけてくるとは」

「あれおめぇのせいかよ」

「ゴブリンはともかく、オークは支援してないユージュには少しばかり負担が大きいか」

「だからなんでおまえだけいろいろ知ってるんだよ」

 それはそうと、なにあの青カビ色の肌をした人型の怪物。錬金術でミスった人の為れの果てかと思ったんだけど。社会性や知性を有する、あるいは二足歩行の魔物は天然や合成種問わずいるにはいるが、ここまで種族として確立してそうなフォルムは俺の知る限りいなかったはず。意思疎通や和解の道は……いや、同族同士でさえ争うから難しいか。


「サブ、防護魔法を頼めるか。やってみたいことがあるんだが」

「お、おおう、わかったよ」と不意をつかれる。「"冬に煌く水面の朝霧コア・グ・パール"」

 杖を回転させながら詠唱し、先端を光らせた後、前方に振る。ユージュの背後に一面の結界魔法を展開し、十数はいる怪物の群の先頭数頭が激しくその隆々の肉を無色の壁に打ち付けた。それだけ勢いよく駆けていたわけだ、さぞかし痛かろう。

「た、たすかったぁ」と俺たちのそばで膝に手をつくユージュは息を切らす。だがメインは間髪なく彼女に話しかけた。

「ユージュ、剣を抜いてこの結界を思い切り斬りつけてくれ」

 こんこんと光沢を帯びた透明度の高い結界をメインはノックする。またこいつはとんでもないことを。鬼か。

「あ、はい! わかりましたぁ」

 いや素直だな。ちょっと君のこと羨ましいよ俺。


 剣を結界にたたきつけたところで何になるんだと思いつつ彼女の行動を見届けた瞬間――爆撃がその場で起きた。

 合図する間もなくユージュはすぐさま剣を振るい結界に思い切り斬りつけたのだ。なんの魔法的な付与がなされているのか、まるで巨大な斬撃と化したそれは結界をぶっ壊し、その余波が俺たちを横転させた。レネやリリスが俺の後方へと転がっていったのが視界の隅に入っていた。

 すぐさま起き上がった俺は目の前の景色を見るなり絶句する。魔物の群れどころか、森の木々も真っ二つに斬れて、悉く倒れていたのだ。


「でぇぇぇッ!? なんですか今の!? 今のわたしがやったんですかぁ!?」

「まさか、メインさんの支援魔法で……!?」

 驚愕を隠しきれないユージュは剣を思わず手放し、おろおろしていた。レネも驚く一方、俺は魔物の臓物と血で汚れた切り株たちをまじまじとみた。伐採に向いてるなその技。

「ユージュの実力もあると思うよ。僕はただ、能力にバフをかけているだけだから」

「いやこれだけの"バフ効果"見たこともないですよ!? めちゃくちゃすごいじゃないですかメインさん!」

 バフとは。またよくわかんねぇ言葉が出てきたよ。

「バフ効果って?」と訊いてみる。

「能力強化や機能性付与のことだ。そもそも僕の支援魔法の基本がそれなんだが……まさかサブが知らないとは思わなかった」

「一言多いんだよおまえはいつも」


 少なくとも2年間過ごした間に一度もおまえや他のやつらからそんな言葉聞かなかったぞ。強化魔法とか付与効果とかそういう名称だったじゃねぇか。

「サブさん、メインさんと同じパーティだったんですよね?」

 おまえも便乗すんじゃねぇ。というか支援魔法とバフ効果が同義なら大した問題でもねぇだろ。ただ、反論したところで意味はねぇか。

「はいはい悪かったよ、俺の把握不足だこの野郎」と若干イラついた声で露骨に返す。

 そう視線を逸らした先、リリスが「あっ、そうなんだ」みたいな顔をうすら浮かべて安堵していた様子を見逃さなかった。知らなかったのは俺だけじゃなかったことに俺自身ちょっとだけ安心した。


「つーか、これはちょっとやりすぎだろ」

 環境破壊もいいとこだぞ。ゴブリンの方がまだ生態系に馴染んでいたからな。こんな虐殺現場を前によく君たち吐き気の一つも催さないね。俺なんて最初に魔物をこの手で狩ったとき蒸せかえる熱と血と糞尿の臭いで吐いたのに。今でも眼球の裏にこびりついてるよ。


「じゃあこの木も持ち帰って木材にしてもらおう。そうすれば資金にもなるだろう」

「さっすがメインさん、ちゃっかりしてますね!」

 人間の愚かさを間近で見た気がする。それを恩恵に俺たちは今日も生きているが。

「薬草も必要量採れて、ゴブリンの群も一掃して……これってもしかしてクエストクリアしました?」とユージュ。

「巣の駆除が残ってる。こうやって外に出てきている奴らはワーカーやオスだろうし、大抵巣には子どもとそれを生んで育てるメスがいるはずだ。まぁこいつらの生態が人間に近いならって話だけどな」

 ぴくりとリリスが耳を震わし、首をあっちの方へと向けた。


「メイン様、何か来ます」

 そう彼女が言った途端。

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