16.なんだかんだ誠実な人が得をする
試験が終わったときには日は沈みかけていた。結果は今日の内にわかるので、クエストの受理と出発は明日になることだろう。俺やメインはともかく、ユージュとリリスがどうなるか。レネ曰く、ランクD以上をとれていれば大丈夫とは言っていたが、不合格の可能性が少しでもあるなら油断はできない。
なぜかは知らないが、メインの規格外の強さは瞬く間に冒険者らに伝わったのだろう、メインが通るたびざわつきが生じていた。それを気に入らんといわんばかりに上位の冒険者が数人からんできたが、瞬殺。ギルド集会所なのに治安悪すぎないか。
騒ぎを起こした故に注意されるか、恐れられるかと見ていたが、まさかの絶賛。またも注目されるも当の本人は「ただ5人を倒しただけだろう、何をそんなに驚いているんだ」と一言。とどめにその実力ぶりを前にいくつかの冒険者グループにスカウトされたり、商人に依頼を願われたりと人が集っていた。
その様に頭痛がしてきた俺は適当な理由をつけてメインたちと一旦別れる。人ごみがメインのところへ流れたために、人数が少なくなった受付近くの依頼掲示板と待機所に足を運んだ。
ホールの中央に聳える大樹の傍のベンチに座る。見上げれば緑が茂っており、天井から外へ出ている太い枝と葉は夕焼けに染まっていた。
「はぁ……」
なんだか疲労感が肩を重くしている。まぁ怪我も治りきってないからな。すぐに寝たい気分だ。
「あいつもあいつで変わっちまったな」
ブレイブたちだけじゃない、メインのやつもおかしくなっている。無口な分、あんまり気付いてやれない部分もあったかもしれないが、俺の記憶が正しければもっと謙虚で、自分や他者の気持ちや実力を弁えている、温厚な優男だったはずだ。あれもあれでおかしい。
かつてプリエラと両想いになっただけの度量はあるにしろ、無口で奥手のあいつが女性はもちろん、人に好意的に見られたことは目立ってなかった故になかったし、そもそもあそこまでの実力はなかったはずだ。俺の見当違いだったとすれば、俺の目は節穴で、かつとんでもない大馬鹿野郎だ。
俺以外のやつらがおかしくなったのか、それとも、俺だけがおかしくなっちまったのか。それを確認する手は思いつかない。
「……ん?」
なんだか受付が騒がしいな。そう思い、受付の方へと足を運ぼうとしたとき、咄嗟に引き返し、掲示板の裏に隠れる。
「おいおい、勇者だったら問答無用で聖剣の場所へ連れていってくれるんだろ? なんでそんな面倒なことしなきゃいけねぇんだよ」
「そうですよ、あまりブレイブ様の気を悪くさせないでください」
ブレイブ……来てたのかよ。
その見慣れた服装や後ろ姿はひと目でわかる。しかし、この抱いている不穏な感情は今までと明らかに異なっていた。勇者パーティとは思えねぇし許せねぇ部分は多いが、腐っても同じ仲間である事実は変わらない。この生じている"壁"が思っていた以上に分厚いことに、不本意だが気付いてしまった。
結局あいつら魔笛を使わなかったな。意地でもあの局面を乗り切ったのか。助け船呼べる機会を与えたにしても、見捨てたことに変わりないだろう。
「……マジで人が変わったみてぇだ」
いくらなんでもがら悪すぎだろ。店でたまに見かける厄介クレーマーかよ。不機嫌の元は俺だけど、あんな露骨にいらいらするかね。
こちらで言ってもダメなら自分たちから気付かせればいいと思って荒療治をしてみたが、あんな様子じゃ火に油を注いだようなものだ。
「勇者の俺なら問題なく権利を活用できるんだぜ? 人数なんて些細な話だろ」
「た、確かにそうですけど」
できることなら会いたくねぇ。こっちの声が伝わらないあいつらにどうしたらいいかわからなくなっている今、打開できる案は浮かんでこない。
けど、受付の人を困らせているし、いつまでも足を竦ませているわけにもいかない。俺がいけば事態を悪化する未来は見えている、いざというときは転移魔法で町の外で隔離して再び説得するか。言ったところで無駄に終わる気がするけど、話さなきゃなにも始まらない。
深呼吸をし、彼らの前に出ようとしたとき。
「それと、サブという男はご存じですか?」
心臓が嫌な音を立てる。プリエラの温厚で柔い声色でさえも包み隠せていない冷たい一言がひどく胸に刺さった。
「サブ・ライト様のことですか? ええ、本日冒険者ギルドに――」
「失礼するが、それを訊いてどうするんだ」
ってギルド長!
まずいぞ、どっちにしろ話がこじれて嘘がばれる。顔出しにくくなっちまった。
「同じ勇者パーティのメンバーなのです。しかしはぐれてしまったので探しているところでして、何か情報を得られればと」
プリエラも咄嗟の嘘が上手いこと。けど、事情を聴いているギルド長からすれば無意味に終わるだろう。
「……ほう」と一言呟いては、
「確かにここに来たが、すぐに去ったよ」
「……は?」
え?
ブレイブと陰で見守る俺の戸惑いの声が同時に出る。ギルド長は話を続ける。
「君たちのことを思って、先に聖剣の眠る地へと向かったそうだ。我々の手を借りずにな」
どういうことだ。ギルド長がなんでそんな嘘を。引き続き感知魔法を遠隔で操作し、彼らの会話を聞き取る。
「ということは、メインの馬鹿も……?」とシルディア。
「そうとしか考えられねぇだろ。あいつはやけにあのゴミを庇っていたからな」
「……ゴミ、と言ったか?」
一段と低くなったギルド長の声に、ブレイブたちは慌てて誤魔化す。
「いえっ! そんなとんでもない!」
「ともかく、そいつはここにおらん。その地までの道中は魔物も多いと聞く。勇者の仲間として心配に思うなら、後を追った方が良いと思うが」
「……くっ」と悔しそうな声が聞こえる。よう人前でそういう態度取れるな。
「まぁせっかくこの町に来たんだ。疲れも溜まっているようだし、しっかり休んで、準備を整えてから出発するといい。ほしい情報や道具があればいつでもここに立ち寄ってもいいが、騒ぎをおこさねぇようにな。なにせ勇者ご一行様なんだからよ。あぁ、イチオシの酒場があるが紹介しようか」
「いや、結構です。行くぞおまえら」
ギルド長の親切も足蹴にし、立ち去る足音が遠のいていく。彼らがギルド集会所を出ていったことを確認し、すぐに受付前に立つギルド長のもとへと駆けつけた。
「ギルド長。あの、すみません、俺嘘ついて」
「あぁ、こちらこそ悪いな、おまえらを呼ばず勝手な対応をしちまった」
「いえ、その……正直、助かりました。ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはねぇよ。あんな敵対心むき出しにした様子でお前を探してたんだ、ここで会せようもんなら喧嘩でもしかねないからひとまず追い出したまでだ」
「そ、それもそうですね。あの、恥ずかしながら、仲間割れが起きていまして」
「だろうな」とため息。「年相応とはいえ、おまえらは国や世界の命運を背負ってるんだ。その自覚をもってほしいとこだぜ」
「……はい。申し訳ありません」と頭を下げる。全くもってそのとおりだ。俺が不甲斐ないばかりに、この事態を未だに収束できていない。
ガシガシと頭を掻く音が降ってきた。
「ま、話した限りあっちに非があるとみたが、反省の色はなし。本当に勇者か疑っちまったぜ」
「話すだけでわかるんですね」
すると彼は豪快に笑った。哄笑が似合う男だとつくづく思う。
「肩書だけで判断しようものならギルド長なんてやっていけん。あいつらは確かにそこらの戦士にはない力を感じたが、何かに対し怒りと憎しみに近いやましいものもあったから追い返した。まぁまた明日になりゃ顔を出すだろ。若者は大体目を見りゃすぐにわかる」
敵わねぇな。改めて、俺たち勇者パーティが周囲の助けあってのものだと思い知らされる。
「少なくとも、あのような方が勇者様だなんて私には到底思えませんでした」と新人らしき受付嬢はほっとしたように肩を落とす。「名前も偽名かと思いましたし」
「ま、本物の勇者一行だとしても、あんな態度じゃ俺は許可しねぇよ」
「それは……法令的に大丈夫なのですか?」
「正しくあってこその人間。世界を救う英雄様だろうが、こんなちっぽけなギルドひとつの規定や礼儀も守れないんじゃ話にならん。勇者だからなんでも許されると甘い考えもたれちゃこちとら迷惑な話だ。おまえの方がよっぽど正しいことをしている」
「……恐縮です」
ギルド長の言葉になんだか胸が軽くなった思いだ。改めて一礼する。
「それに反して、メインさんはクールでお強くて、とてもお優しいと聞きます。あの人が勇者様なのではと思うほどです」
そう受付嬢が唐突に言っては頬を染める。
もしもしスタッフ? あなたも催淫魔法にかかってます?
「あいつのこと好意的に見ているんですね」
「好意的だなんてそんなっ」と恥ずかしそうに否定するもまんざらでもない様子。「ただあのミステリアスな表情には惹かれるものがあるのですよね」
「なんでもいいが、仕事に支障来すなよ」とギルド長は呆れる。「も、申し訳ありません」と彼女はあたふたした。
全く、と言わんばかりのギルド長は思い出したような声を出した。
「あぁ、おまえらの冒険者登録が完了した。おまえともう一人の加減知らずはSランクだったよ。実績はまぁ勇者パーティって時点でわかってはいるからその点は免除するが、Sランクレベルのスコアを叩き出した奴は俺がここに務めている間じゃひとりもいねぇな」
「ということは、すぐに聖剣のクエストを受注できるのですね」
「おう!」と気合の入る一声が返ってくる。
「明日にでも出発は可能だ。準備に備え、しっかりクエストを果たしてこいよ、未来の英雄さん」
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