15.冒険者登録試験で無自覚にイキるやつ

   *


 試験時間を迎え、会場へと俺たちは向かう。

 レネが話すに、本来の登録試験はもっと段階的にあるらしい。特に大きい町や質のいい冒険者を輩出する有名ギルドともなれば冒険者に必要な基礎知識、一般常識、倫理性等を心得ているかを評価する筆記試験がある。また、登録試験だけでSランクになる前例はレネの知る限りないようで、仮に全試験で満点取ったとしてもBランクまでだという。やはり実績も伴ってランクが上がる制度のようだ。最も、識字率が低い地域ではそういった筆記試験が免除されるケースも珍しくなく、ましてや勇者パーティともなれば柔軟に対応されるのだろう。状況が状況だといえばその通りだが、特別許可をいただけたことには感謝しかない。

 一階の奥の扉を潜った先にそれはあった。軒下の陰りが切れる境目に白線があり、その先は空が開けては50メートルほど奥へとグリーングラウンドが広がっている。その長方形のステージの上に、的が設置された案山子が複数体立っていた。


「これが魔法銃ってやつか」と俺は呟きつつ、女性のギルドスタッフから金属筒のような武器をもらう。

 大砲を小型化したような、砲身が太い短銃身。ボウガンや弓矢とはまた違うようだが、遠距離用の武器であることに変わりはないようだ。このグリップというところを握り、人差し指でこのトリガーと呼ばれる部分を引けば魔弾をこの筒の穴から発射できるようだ。


 試験内容はレネからある程度聞いていたから大まかは把握しているにしろ、いつの間にこんな奇怪な形状の武器と計測システムが開発されていたとは。

 冒険者ギルドと言いステータスと言い、俺の知らないものがいつの間にか普及されている事実に困惑するばかりだが、ひとまず受け入れるしかねぇ。世界の動向を知るために冒険している間でも情報は仕入れてきたつもりだった。それでもなお、俺が無知だっただけの話なんだろう。


 専属のギルドスタッフは返事をし、説明を始める。

「通常の魔力量を定量的に測定するだけでなく、それの変換力および制御性を評価します。要は、魔法の末端展開がどういう形であれ、この道具を使えば単属性の魔弾として変換が可能です。しかし、魔力量が大きかったとしても変換効率が低ければ魔弾の威力は低く、制御性も高くなければ的に当たりません。力と技術のバランスが重要となります。弾数は最大10発とします。グランド上に立っている的をすべて当てるよう努めて下さい。尚、的の中央を狙えばスコアは高くなります」

 試験というより、遊戯ゲームみたいだ。魔術師の養成学校では、魔弾や魔法を発動するための魔力を的確な位置へ的中させる訓練があるってメインが去年あたりに言っていたことを思い出す。

 そういやレネの記録はスコア55.1でDランクだと言っていたな。ここ2,3年の間での平均値よりちょっと低いらしいが、まぁ基準はわかった。


「まずはサブ・ライト様。白いラインの前に立ってください」

 指示通りに動き、魔法回路が幾何学的に刻まれた黒い銃を片手で構える。ずっしり感はあるが、重いというほどではない。


 魔法杖に魔力を流し込む要領と似ているな。勇者パーティ所属といえど、これで失敗して初期の冒険者ランクが低くなれば示しがつかない。そんなことないだろうが、ランク至上主義の社会だったらここで失敗するのは許されない。勝負は一回。

 傷も痛むし回復もしきってないが、大魔導士のプライドをもってSランクとってやるよ。


 開始の合図とともに、グリップから魔力を流し、弾丸へと変換される。幾何学模様に光る装填部にストックされたそれを、人差し指と中指がすっぽり入るトリガーを引くことで発射する。音が割れたような一瞬の轟音がしたときには魔弾は一筋の光を軌跡として空間に描き、一番奥の的の縁を掠っていた。

 なるほどな、要領は掴めた。

 遠距離へ射出する武器だから結構な衝撃や振動が腕に返ってくると思っていたが、想定より反動が小さい。それに風を読むことも考慮しなくてよさそうだ。一発の火力は申し分ないが、これが騎士団に普及されたら革命が起きるんじゃないか? なんで普及されていないのか疑問に残る。

 しかしそんなことは後回しだ。あと9体の案山子の顔や胴部に位置する的を狙い、残る9発をすべて当てる。中央に当てられなかったときもあるが、最初の一発を除いては直撃だ。これはいいんじゃないか?


 ステータスオープンの技術と同じ、半透明のパネルを眼前に出してはなにかを計測・算出している受付嬢へと目を向ける。淡々と彼女は述べた。

「魔力値98, 変換効率96%, 制御性95点。スコアは96.3、Sランクです」

「俺の見立て通りだ」とギルド長。後方の入り口から彼の嬉しそうな声が届いた。

 よかった~、めっちゃ緊張した。

 肩の荷が下り、短銃を下ろす。メインやレネたちが軽い拍手で迎えてくれた。


「ほとんどの的に当ててたな」とメイン。

「わぁ高いですねー、本当に大魔導士でしたかぁ」

「いや疑ってたのかよ。ユージュさんそりゃないぜ」

「サブさんって意外とやるんですね! すごいじゃないですか」

「意外とってなんだよ失礼だな」

 レネは相変わらず余計な一言を言う。呆れつつも、レネの茶化しに対し思わず笑って返した。

 リリスはただメインの真似をして拍手しているのだろう。それについては触れることはない。


「次はメイン・マズロー様。白いラインに立ってください」

 魔法銃を渡し、メインは位置につく。

 すっと銃を構えたのはいいとして、なんだか凄まじいオーラが漂っている気がしないでもない。いや気のせいじゃないわ魔力めちゃくちゃ漏れ出ているわ。冷静な顔してガチでやる気じゃんメイン君。いや試験は全力で取り組んでこそだからいいんだけど、ただなんというか。

 なんか嫌な予感がする。


「レネ、ユージュさん、リリスちゃん、後ろに下がって」

「え?」

「なんでですか?」

「……?」

「あいつたぶんやらかす」

 途端、魔法銃から発した光が鮮烈に一帯を照らし――極太の熱線が放たれた。


 あの馬鹿!

「"展開エクス"・"守護神の盾イーディス・アスパーダ"」

 杖と左手を前方へ掲げ、詠唱する。

 風と土と大気中の水分、そして魔力を的の裏側に集結させ、プレート型の魔法陣を展開。発動するは硝子の如き透明で、金剛石と鋼の合金の如き頑丈な防護魔法の壁。莫大なエネルギーを放つ魔法を魔力へ分散させては大気中へと流す。

 膨大な熱量の魔法は霧散し、10体いたはずの案山子は消失した。芝が覆うグラウンドも土色がはだけて見える。

 メインの持っていた魔法銃の銃身は高熱のあまり赤く融けていた。煙も吹いていることからオーバーヒートでもしたのだろう。


「……ま、魔力係数、変換効率、制御性共に測定不能。そのためスコアも不明、です」

 冷静沈着そうな女性のギルドスタッフでさえも顔をひきつらせていた。そりゃあ、計測器が入っていたであろうまとが大破したからな。備品も安くはないだろうに。パネルに表示された数値もさぞかし頭を抱えるような結果になったのだろう。

 ギルド長でさえも腕を組んだまま開いた口が塞がらなくなっている。ふと振り返れば、レネたちもぽかんと呆然とした顔をしたままだ。人がマジで驚愕するときって表情も固まるんだな。


「ふむ、加減はしたんだがな」

 おまえはちょっと黙ることを覚えてくれ。しかも全力じゃなかったのかよ余計腹立つわ。


「……? なにをそんなに驚いてるんだ? あぁ、銃と的を壊したことは謝るが、それ以外にもなにかやってしまったか」

 反射的に魔法杖で無自覚野郎の後頭部を叩く。フルスイングでぶん殴ったのでいい音が響いた。

 やっちゃってるね。いろんなベクトルに向けてやらかしてる。これでなんかやっちゃいましたはなんというかもう、お手上げよ。いくらブレイブたちの桁外れな戦闘を見てきたからって、そのリアクションは俺でも引くぞ。

 つーか前例見てた? 俺がやってるところちゃんと見たならその発言は絶対出ないと思うんだけど。まさか的まとめてぶっ飛ばしても問題ないと思ってた? ンなわけあるか馬鹿野郎。


「メイン、まず誠意をもってこの場で謝まれ。マジでちゃんと謝れ」

「す、すいませんでした」とギルド長に向け頭を下げる。レネには悪いが、弁償代は竜の素材で得た資金を使おう。金額次第ではこの無自覚イキり野郎に稼がせるか。


「ギルド長、これも見立て通りですか?」

「んなわけあるかバカモン」

 そんなギルドスタッフの会話を耳にする。

 そのあと、予備の的と魔法銃を用意してもらえたことには感謝するばかりだ。残る二人の測定結果は問題なく行われた。ユージュのスコアは46.5でランクE, リリスのスコアは62.2でランクCとなった。騎士団出身の脳筋はともかく、獣人のリリスは潜在的に魔力に長けるようだ。ただ狙撃の腕と制御性の問題で的外してばっかりだったけど。


 次の試験をすべく、隣の部屋へと移る。硬い土と砂利の床、半径5メートル程度の小さな訓練場の中心に鋼鉄の柱が刺さっている。あれも計測装置なのだろう。

 魔法回路が刻まれた黒い剣。これにも魔力を流し込む素子でも埋め込まれているのか。


「試験用の魔法剣です。これであの黒い金属の柱を斬るように叩き付けてください。純粋なパワーと、力を魔力に変換する効率、そして対象に魔力を流し込む伝導性を評価します」

 ギルドスタッフの説明を聞き、頷く。これは魔力に乏しく、かつ近接戦闘向けの試験というわけか。こういうパワータイプの近接攻撃は得意じゃねぇけど、自分の力量を推し測れるいいチャンスだな。

 先ほどと同じ手順で進められ、俺から始めることになった。全力を込めて剣を薙ぎ、柱に叩き付ける。手腕と鼓膜が痺れるが、手ごたえはあった。


 魔法剣と対象の柱に加わった力とエネルギーをもとに算出される。空間上に展開投影しされたパネルに結果が表示される。

「力量値73, 変換効率87%, 伝導性79点、スコアは79.7, Bランクです」

「ほぉ、魔導士にしては中々の数値だな」とギルド長。

「普通は良くてもCランクですのに、サブさんなかなかやりますね」

「どの立場だよお前」とユージュに剣を渡しながら、いたずらに笑うレネにそう返す。

 秀でた戦士ほどではないにしろ、従来の魔導士や魔術師の欠点部分は補えたな。ギリギリAランクに届かず悔しいが、伊達に勇者パーティやってきてないことを実証できてほっとする。


 その後、ユージュはスコア68.5のCランク、リリスはスコア57.6のDランクの結果が出た。

 後に回されたメインに至っては案の定、二度目の測定不能を叩き出した。

 こいつ絶対わざとやってるだろ。なにが「次はちゃんと加減したが」だ無自覚イキり野郎め。俺の体力と魔力がもちこたえてよかったものの、防護魔法がなかったらこの施設真っ二つになるところだったんだぞ。損壊が試験場だけで済んで良かったわ。いや良くねぇわ何してくれとんじゃ。

 測定不能とか疑問に思う人は出てくるだろうが、数字として表示されるわけでなく的とかいろいろぶっ壊してしまったとなれば、誰しも認めざるを得ない実力だろう。


「さすがですメインさん! いくらなんでもすごすぎますよ!」

「メインさんとんでもないんですねぇ。惚れ惚れしちゃいました~」

「いまのメイン様、素敵でした」

 こんな調子でレネたちは気持ち悪いくらい絶賛の嵐を送っていたけど、さすがの職員やギルド長も注意してたな。俺とメインふたりで頭下げて、弁償すると言って事なきを得た。


「まぁなんにしろ、まさか俺の想像を越える逸材が出てくるとはな! 特に貴様、何者だ」

「ただの魔術師だが」

 やっぱりちょっと気に入ってるだろそのセリフ。つーかなんで若干喧嘩腰の口調なんだよ。敬語使え敬語を。やらかした奴の態度じゃねぇぞ。

 しかし気にしない様子でギルド長は笑う。よく笑えるな、器が違うよ本当に。試験場へ目を向け、両断された柱と地面を見、俺の口からため息が漏れる。

「これだけ強いとなれば、魔王討伐も期待できるな」

「いや、僕は――」と言いかけたメインの口を咄嗟に塞ぐ。ほんとにこいつは馬鹿正直なんだから参るぜ畜生。俺は話題を変えてギルド長の前に出た。


「これでランクSの冒険者になれば、聖剣の地に行けるクエストを受理できるのですか?」

「そうだな、優れたステータスに加え、実力も試験で発揮されたとなれば何も文句はない。最も、この目で勇者パーティの実力をこの俺が見届けたんだ、聖剣も魔王も案ずることはねぇ。自信もって冒険を続けるといいさ」

「はい、ありがとうございます!」

「ま、そのクエストでいろんな魔物をぶっ倒して、ダンジョンを攻略してくれれば、測定器材と試験場の弁償は見逃してやる。そこからそれなりの金になるだろうからな」

「その節は本当に申し訳ありませんでした」とメインの黒い頭を掴んで、共に深く頭を下げた。気にすることはないと笑い声が返ってくる。

 とはいえ、なんとかなりそうな流れだ。全員の実力もわかりやすく把握できたし、冒険者となれば聖剣の地の情報の詳細も得られる。これで土地制圧の難度が下がるだろう。

 着実に一歩進んでいる感覚。これでいいんだ、と思い込ませた。

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