19.飛空艇の旅 ~女性陣に好かれがち~

   *


 薬草採取とゴブリン討伐のクエストを無事に終えてから7日が流れた。俺の要望通り、B~Aランクのクエスト5つを受け、レネやユージュ、リリスの経験を積ませた。

 正直、数日程度の訓練でどうにかなるとは思ってないが、メインの支援魔法は馴化効果も付与できるようで、効率よく能力を高めることができたように思える。事実、そのおかげでクエスト4件はAランクの魔物討伐をなんとかクリアできるレベルまで達成できた。これならまぁ、自分の身を守れることはもちろん、助力になるだろう。


 だが、それでも俺は納得していなかった。やはり危険すぎると判断したためだ。本来、一国の軍団相手にたった一人で応戦できる実力者……否、怪物を集めて編成した存在が勇者パーティだ。そんな怪物一行が5期にわたって魔王討伐遠征で壊滅しているのだ。魔王と戦うどころか、その手掛かりを追う途中でだ。その一環に聖剣の地が含まれている以上、やはり彼女らを巻き込むわけにはいかない。現地同行は必須だが、そこからは許可しなかった。


 それでもメインをはじめ、全員はそう簡単に折れなかった。どうしてもメインの力になりたいし、かくいうメインはせめて聖剣の件は俺へのお礼として協力したいと筋違いなことを言いだしている。

 必要な訓練だったとはいえ、流石に五日以上も過ぎれば焦燥感も生じてくる。魔王の動きもあるし、ブレイブらのこともある。あいつらが聖剣の地に辿り着いていても本来ならば問題はないが、あの状態のブレイブが手にしていいものなのか。伝承では、その者の心のありようによって手にすることができないとか、手にしても悪しき心を持っていたら魔獣と化してしまうとか、根も葉もないがそういう話が語り継がれている以上、先に確保だけでもしておかないと厄介なことになりかねないと俺の勘が言っている。

 急く自分がいたことも自覚はしている。それに情けない話、俺とメインだけでは対処できない事態に陥る事だって十分にあり得る。だから結局、レネたちに聖剣の地までの同行を許可してしまったのだ。今でもそれでよかったのか釈然としていない。


 昨日、Sランククエストの手続きを終えた俺たちは明日に備え、夜明け前にてギルドから馬車を通じ、ギルド管轄のポートエリアへと向かった。予め用意してくれた物資を積んでいる飛空艇に乗り込み、聖剣の地があるといわれるミフェン山脈へと飛ぶ。昼過ぎには着くらしい。


 飛空艇は巨大な紡錘型の気球を取り付けた金属と堅木の大型船だ。気球に充填されている軽気体"水燃素"の存在や、"回転型流体推進機プロペラ"という最新の機械技術等を採用され、その動力ベースとして魔動具による浮力効果と揚力効果、推進効果が付与されているとレネたちに話そうとしたが、誰も興味がなかったことに残念な気持ちになる。みんなそれよりも段々と小さくなる町の景色と朝日に照らされる森と平原、そして白い山脈の景色に関心があるようだ。


 俺も飛空艇は初めてだ。故に気になってはいたので、細切れの雲が横切ったあたりで腰を上げ、甲板へと出た。風が顔と全身を強く押してくる。気球の下であるがため陰りがあるかと思ったが、水平に顔を出す太陽は甲板ごと東の空を眩く照らしていた。


 風を浴びる。白い息が漏れる。

 はためく術衣を着直し、暁光と緑に覆われた岩山と奔流、そして地平線を見眺めた。

「すごいですねメインさん! 飛空艇に乗るなんて生まれて初めてです!」

「ひぇー、高いですねぇ」

「あんまりはしゃいで落ちないようにな、レネ」

「大丈夫ですよっ、ちゃんとわきまえてますから! あっ、メインさんユージュさん見てください、蝶鳥モルファビスの群れですよ!」

「わぁ、きれいですねぇ。まるで虹が羽ばたいているみたいです~」

 木板と革ブーツが打ち鳴らす音と共にそんな声の数々を耳にするが、聞き流した。甲板には俺たちしかいないようだ。


「……」

 息を吸う。

 冷たく澄んだ空気は肺の先までじんわりと熱を奪う。

 ゴウンゴウンと呻る駆動音と、プロペラの回転振動が足の裏を伝い響く。強い風がこの翡翠を帯びる髪を揺らした。

 空、飛んでるんだな。

 一足先に約束果たしちまったよ、ブレイブ。


   ※


『ブレイブーっ! ちょっと待ってってば!』

『はやく来いよサブ! 見逃しちまうぞ! ほら手ェ貸せ!』

『よっ、と……』

『ほら、あそこに見えるだろ! 飛空艇!』

『っ、本当だ……! ほんとうに船が空を飛んでる!』

『いつかさ、俺たちもあれに乗って大空を冒険しようぜ! こんなせまっちい町じゃなくてよ、もっといろんな世界を見て回るんだ!』

『うん……! いつか乗れるといいな』

『絶対乗るんだよ! あれなら世界の果てもひとっとびだ! もっと近くまで観に行こうぜ! 競争だ!』

『ちょ、ブレイブ! 待てよー!』


   ※


「メインさーん、サブさんがまたぼーっとしてる」

 顔をのぞき込んでいたレネの青い瞳が合う。金髪と触覚のようなはねっ毛が目に付いた。

「いちいち突っかかってくんな。空見てただけだ」と頭を掴んで退ける。「あぅ」という声がレネから漏れた。

 風でなびく赤い髪を手で抑えながら、ユージュもこちらへと近づいてきた。

「すごいですよねぇ。わたしもびっくりしてばっかりだからおなか空いちゃいました」

「ユージュは本当に食いしん坊だな」とメインは笑う。

「というかリリスちゃん、ずっとメインさんにべったりしがみついてるけど」

 振り返ると、メインの腰回りに腕を回してぎゅうと抱き着いているホライゾンブルーの頭があった。一向に離れる様子がないリリスに、半ば困っているメインは為されるがままだ。


「ああ、高いのが怖いらしい」

「……も、もうしわけありません」とリリスのか細い声がかろうじてこちらの耳に届いた。よっぽど怖いんだな。

「構わないよ。おかげで僕も怖さが和らいでる」

「じゃあ私もメインさんにしがみつくー!」とレネはメインの右腕めがけて抱きついた。

「お、おい、急に飛びつくなよ」

 あーあー勝手にやってろ。レネもリリスもメインにえらく懐いているというか、単純に好きなんだなと思わせる。心なしかユージュさんもちょっとうらやましそうだし。意外と奥手なんだな彼女。

 あいつのどこがいいんだか、と妬けるような気持ちはないといえば嘘になるが、男の俺じゃわからない魅力が彼女たちにはわかるのだろう。にしたって、なにかしらのトラブルから助けてもらったという恩があるとはいえ、あそこまで簡単に好きになるかと問いたい。それとも非主体的ミステリアス無愛想クールな口ぶりが良いのだろうか。どうでもいいけど。


 再び景色に戻る。数々の岩と苔のアーチや、その間を縫う、サファイアを帯びる階段状の瀑布、空を放浪する浮島。そこに群がる巨大な扁平虫の魔物に、極彩色の影が通り、食われる。構造色を帯びる飛竜が通ったのだろう。ふと目の前にガラス色の霊魚の群が横切る。

 多様に溢れる弱肉強食の世界。人と人の醜い争い。この世は残酷だと生まれたときから思っていたが。

「綺麗だな」

 俺が知るブレイブたちがこの景色を見たら、どんなこと言うんだろうな。

 どんな目を、向けるんだろうな。


――『すっげぇな! おいサブ見てみろよ! 鳥よりも高いところ飛んでるぞ俺たち! あっははは、すっげー!』

――『ちょっと危ないわよブレイブ。子どもじゃないんだから少しは落ち着きなさいって』

――『あ、あの、私、実は高いところ、苦手で……』

――『だったらあの地平線見てみろよプリエラ! 怖さなんて吹き飛ぶぞ! せっかくの飛空艇なんだからそんなとこにいたら勿体ねぇだろ!』

――『ブレイブは黙ってなさい。プリエラも無理そうだったら船の中に戻っていいからね。ほらメイン、あんたもぼーっとしてないで傍にいてやんなさいよ、恋人飛んで婚約者なんでしょ?』

――『しっ、シルディアさん! 声が大きいです……!』

――『その、さすがに僕も恥ずかしいからやめてくれないか』

――『あっはっは! ふたりして顔が赤いぞ! こっちもこっちで絶景だな、サブ』

――『……ちょっとサブ? 珍しく静かだけど、あんた大丈夫?』

――『も、もしかして体調がすぐれないのですか?』


「――サブ、大丈夫か」

「……っ」

 声をかけられていることにようやく気付いた。我に返る、というのはこういうことを言うんだろう。

 まさかこんな妄想をするなんてな。ほんの数日前の俺たちだったら、きっとこんな会話をしていたんだろう。笑っちまうぜ、全く。


「……あ、あぁ。悪い、考え事だ」とメインに返した。

「それならいいんだが。優れないなら今のうちに休んだ方が良い」

「もしかして眠たいんですか? 寝不足は冒険の大敵なんですからね。それとお肌にも」

「だはは、レネも女らしいところあったんだな」と小うるさい彼女にわざとらしく笑って返す。

「あっ、バカにしたな今! ユージュさん、今のどう思います?」

 そうレネに指を指される。ぼーっとしてたユージュの方へと振り返ったレネは、彼女に同調してもらいたかったのだろうが、

「えぇ~、わたしも人のこと言えないなって思ってたからなんとも」

「もーっ」と頬を膨らませるレネに俺たちは笑う。目的の地なんて、あっという間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る