20.白銀覆うミフェン山脈 ~不遇扱いほどチート性能ってそれ何のバグ?~

   *


 踏み込んだ足から鳴き雪が心地よく耳に届き、きらめく白色に覆われる。

「着いたな」

「随分高いところに来ましたねー」

 ユージュの言う通り、ここは標高3000メートルを越える場所だ。空気も薄けりゃ残雪に覆われている。遠くを見眺めると、地平線と空の境界線が群青色で溶けかけている。ここらの地域も温暖の季節に入るとはいえ、人が踏み入れないここはまだ白い雪が積もっていた。

 

「これ以上は飛空艇も馬車も使えない。悪いがあとは自力で進んでくれ。支援物資はここに置いてあるから、好きに選んでもらってかまわない」

 そうギルドのスタッフに言われ、了承する一方。

「やっほー!」と飛空艇の滑車リフトから降りるなりレネは銀の山脈に向け声を発した。数秒の後、木霊が返ってくる。

 これで魔物が来る可能性も否めないが、こんな標高の高い造山帯だったらそこまで心配することはないだろう。魔物の存在と位置を大まかに認識する魔法を先ほどから仕掛けているけど、これといった危険な魔物は近隣にいなさそうだし、出たとしても対処はできる。

 まぁ、つかの間でもこういう息抜きもいいかもしれないな。なんなら俺もレネみたいにはっちゃけたくなくはないこともないわけではない。


「あれっ、レネさんに似た声が聞こえてきましたよ!? 向こうの山にも誰かいるのですか?」

「ピュアかよ」

「ユージュ様、いまのやまびこです」とリリスが舌足らずながらも教えている。実年齢はわからないが、大人が小さな子に何かを教わるのは何かと新鮮な図だ。

 

「レネ、水を差すようで悪いが、山びこは魔術的にはあまり好まれないことなんだ。朝だから何も問題はないが、夕方や夜にすると異界と繋がると云われている」

「えっ、そうなんですか!? ごめんなさい、何も知らずに」

 本当に水差したなお前。正論でもタイミング悪いぞ。それに問題ないなら言わなくてもいいじゃねぇか。

 まぁ、仮に縁起が悪いと言われているとしても。


 雪に足跡を残しては駆ける。吹き上げる風に構わず絶景を前に、俺はレネと同じように叫んだ。すぐに木霊が返ってくる。びっくりしているレネやメインが見ているが、構わない。

 背をうんと伸ばし、振り返った。

「はーっ、やっぱ声出すってすっきりするわ。メインもそんな冷めたこと言わねぇでやってみろよ。ほらユージュさんとリリスちゃんも」

「いや、僕は――」

「スカしてんじゃねぇって。おまえのでっけぇ声さ、一緒に冒険して一回も聞いたことねぇんだよ」

 腰に手を当て、言葉を被せる。

「なんだかサブさん楽しそうですねぇ」

「メイン様、いじめないで」とリリスがじっとりにらんできた。

「いやなんでそうなるの。俺そんな怖かった?」

 じっとりとした目つきで睨まれるほどなにかしましたか。

「サブさんサブさん、知ってました? 山びこって魔術的に好まれない――」

「いや数秒前に知った知識をよくもまぁ公然と言えたね君。つーかそれ夕方だけの話だろ」

「サブ、早く食事にしよう」

「さらっと逃げようとすんじゃねぇ。そこまで嫌か」


 そんな下らないやり取りをしつつ、拠点で食事を済ませる。その際に、最後の警告として俺からレネたちに拠点に残るよう促した。SランクのクエストをDランク程度の冒険者が同行するのはやはり危険が過ぎる。メインの支援魔法で戦力にはなると先日のクエストで分かったが、あくまでランクA程度でそう判断したに過ぎない。それならギルドスタッフも滞在している安全な場所にとどまって、俺とメインの二人で聖剣の地に向かった方がいいと。そう告げた。


 しかし、彼女らの意志は変わらなかった。メインの役に立ちたいことは勿論、同じ冒険者として挑戦したいと同行を望んだ。死人を増やすだけだと厳しく言ったが、冒険者になった以上は覚悟はできている、それに勇者パーティの人たちに少しでも助けになれる機会を無為にしたくないと気圧されたので渋々許可した。道中で出会う魔物を対象に俺がデモンストレーションして、それが彼女らの十分なサポート、ないし俺たちの負担にならないようであればそのまま行動を共にするという条件付きで決行した。


 物資や装備を整えては斜面を登る。残雪で凍り、あるいは濡れた岩で滑ることもあったし、足首が埋まる以上、登るだけで精いっぱいだ。魔法で融かすわけにもいかないし、飛翔魔法や転移魔法もあったが、ダンジョンを前に魔力と気力、体力の大きな消費は避けたい。

 陽に照らされる山の雪原は銀の光を放つ。それを見てはしゃぐレネたちを注意しつつ、一刻半を過ぎたあたりでいただきにたどり着いた。


「神殿にしてはだいぶ廃れていますねぇ。屋根もありませんし」

「そういうタイプの神殿だと思うぜユージュさん。にしてもよくもまぁこんな山のてっぺんに建てたもんだ」

「宗教の力も侮れませんね」とレネ。見たこともない景色だからか、その声が弾んでいる。

 傾斜の大きいはずの山頂は平地に切り取られ、その上に腰を下ろすは古の祭壇とそれを円形に囲う柱の数々。祭壇の前の広い間の中央にぽっかりと穴が空いている。そこから尋常でない魔力が漏れ出ている以上、聖剣の地がこの中にあるというのは信頼できそうだ。

 どうやらここまでは他の冒険者も調査はできたようだ。魔物らしいものも見当たらなかったし――。


「サブ、竜が出たぞ」

「またまた」

 秒でフラグを回収しないでください。

「そんな竜なんてそうそう――うわマジじゃん」

 しかも大型竜じゃねぇか。蛇のように胴が長く、体毛に電気を纏うことで磁力を生み出しては空を遊泳する雷翔竜ケラヴノスの一種。そのアギトを開けば俺たち5人はまとめて飲みこめそうだ。


「どどどどどドラゴぉン!?」とレネの驚愕は相変わらず耳にキンキン響く。「――ォオン」と彼女の山びこが3度、かすかに聞こえた。山々も腰を抜かした声を出しているかのようだった。

「いきなりこんなSランクの魔物がいきなり出るんですかぁ!?」

「死ぬ気でやらなきゃ、みんな死ぬ……」

 ユージュとリリスのリアクションの通り、入り口でこれだけの個体に出くわそうものなら全力で挑まないと全滅一択だ。しかしどうしてか妙な安心感があった。皮肉にも、メインの実力を認めてしまっている俺がいるからか。


「サブ、僕がサポートするから攻撃に専念してくれないか」

「あぁ、頼む」と反射的に言ってしまった。え、これ俺だけで相手するの? いや俺しかいないんだけどね。デモンストレーションやるって言ってたけどね。竜が相手だとちょっと話が別な気がするというか、ただ君が攻撃に回れば一瞬で終わる気がすると思うんですがそこどう思いますかねメイン君。


「まぁやるしかねぇわな」

 数日ぶりなのに懐かしいとさえ思えた戦闘スタイル。魔術師と魔導士の二人しかいねぇが、いざ覚悟を決めると、ふしぎと負ける気はしなかった。背嚢を下ろし、魔導士のコートを着直す。

 臨戦態勢に入ったと察知し、雷翔竜は山を揺らさんばかりに咆哮する。それはまさに雷鳴。心臓にまで振動が伝わり、筋肉の筋一本一本がちぎれそうなほどに痺れている。風化している柱がパラパラと砂礫を落とす。全身から全方向へ放つ無数の雷撃が神殿の石床を抉った。


 メインは手をかざし、無詠唱で俺に力を与える。骨の髄から沸き立つような熱。それは全身の血液を巡り、神経を研ぎ澄まし、筋骨と血管が膨張する。

 今までと変わらない、増強効果。しかし、それが今までの比ではない。感じたことのない力のみなぎり。しかし馴染んでいく様は制御性を保つのに優れている。

 先手必勝。両足を広げ踵と腰に重心を落とす。まくった右腕に左手を添えては力を加え、蒸気と電撃を発した。その手のひらから、魔力の暴力をジェット状に解放する。


「"征天壊世せいてんかいせい"ィ!!!」

 空が漂泊する。放出し終わった腕は赤く熱し、全身と喉奥から排熱する。フシュウ、と蒸気を噴煙の如く吐き出した。

 俺の前方に竜はいなかった。いや、前足二つだけ転がっていた。神殿の柱の一部は欠け、石床が扇状に抉れている。空には雲一つなくなっていた。振り返るとメインは「ナイス」とグッドサインを出した一方、その背後にいたレネたちはあんぐりと口を開けていた。再び、前方へと目を向ける。


「……マジかよ」

 嘘だろおまえ。一撃っておまえ。いや大技出したから多少効くとは思ってたけど、塵一つ残さないっておまえ。支援魔法の度を越えてないかこれ。

 竜一頭を倒してレベル999になって、スキルを解除したくらいでここまでできるのか。未だに腑に落ちないが、現にこうして想像以上の力を発揮できている。


「どうしたサブ。まだ支援が足りなかったか?」

 え、それフリなの? 「十分すぎるよ!」って言ってほしいの? 言うわけねぇだろ無自覚野郎。

「今の魔法をおまえめがけて撃ち込んでやろうか?」

「なぜそんなことする」とメイン。こいつマジで話の分からねぇ奴なんだな。

「冗談だよバーカ。目の前の威力を前によくそんなことがいえたなって意味だ。でもまぁ、助かったぜ」

 それより、と袖を戻しつつ、穴を見る。


「あの中がダンジョンっていう洞窟かなんかの入口だろうな。浮遊魔法で俺が偵察しに行って、危険じゃなければ全員で入るぞ。さすがにさっきのような竜がうじゃうじゃいねぇだろうしな」

「みんなもそれでいいか?」とメインはレネたちに声をかける。

 しかし、いつものように快く賛同することはなかった。

「いや、SランクのクエストですからこれまでのAランクよりも大変だとは分かってはいましたけど、こう目の当たりにすると、なんだか、もう生きてる実感がわかないといいますか……その、ふたりの戦いも凄まじすぎて、夢でも見ているようで」

「わたしもこれはちょっと、さすがにとんでもなさすぎて。自信はついたつもりでしたけど、サブさんのような力もあるわけではありませんし」

「申し訳ありません……リリス、メイン様の役に立てる気がしません。囮ぐらいしかできません」


 その軽く絶句とも絶望ともいえる顔は、戦意を失ったそれだ。

 俺が何度も忠告しても尚あれだけ大口叩いておいて怖気づいたかと一瞬だけ思ったが、どうこう言うつもりは毛頭ない。俺も気持ちが焦って、彼女らのことを考えてやれなかったのだから。

 能力が上がろうとも、気持ちが折れる問題がある。そうならないためにもまずは簡単なクエストで慣らして、次第に難易度を上げて自信をつけてもらったつもりだったが、まだ早かった。Aランクもクリアしていて彼女らも自信満々だったし、メインの信用もあったから、それに甘んじてしまった。

 考えてみりゃギルドもよく許可したようなもんだ。勇者パーティの地位を買いかぶりすぎなところは確かにある。これまでの先人たちの築いた歴史が良くも悪くも働いてしまったわけだが、それを責める道理はこちらにはない。


「ふむ、そうか。スキルは既に発動しているから、みんな大丈夫だとは思うが」

 そうメインはあごに指を当ててなにやら呟いている。構わず俺は三人へと体を向け、なるべく穏やかな口調で話した。

「わかった。それじゃあ3人は拠点に戻ってくれ。これだけの力を発揮できるなら、ふたりでもなんとかなりそうだしな。くれぐれも道中気をつけろよ」

 そう言い切る前にメインが話を遮る。それ俺が嫌がる行動ベスト3に入るからやめた方が良いぞ。

「それなら、今この場で支援魔法を発動する」

 突然そんなことを言ったと思えば、杖を握り、カンと先端を地面に当てると、レネたちに光の粒子が降りかかる。肌に染み込んでいくそれは、次第に彼女らの負に染まりかけた表情を変えていく。それはどこか恍惚としているような。


「ひゃんっ、なにこれ……あっ」

「あっ、んんっ、体が熱い……っ」

「んっ、ふぁ……」

 なんだかよからぬ声と吐息が彼女らから漏れていますが。

 メイン君、催淫魔法かけてるわけじゃないよね? 思わずメインの方へ顔を向いちゃったよ。

 いやめっちゃ真顔じゃん。魔法発動しているから真剣なんだろうけどすごいね君。ちょっと見習いたいよ俺。え、これ俺の心が汚れているだけ?

 幸い、そんなけしからん状態はすぐに終わり、元気そうな表情が浮かび出てきた。


「加えて全体の能力値を向上させる支援魔法も付与した。これで少しは勇気が出ると思うが」

 そう彼が言ったとき、空気が明るいというか、熱が灯ったような声の数々が鼓膜に押し付けてきた。

「はい! なんだか力がみなぎってきました! それに気分もよくなって、さっきの弱気が嘘のように吹き飛びましたし」とレネ。

「わたしも、なんだかできる気がしてきましたぁ」とユージュ。

「メイン様。リリス、がんばります」と両手をグッと胸の前で握る。彼女らの熱意っぷりに思わず気圧された。

「……」

 えぇー。

 支援魔法ってなんだっけ。

 汎用性が高すぎやしないかい。え、軽く洗脳してません? 支配魔法じゃありませんこと?

 士気を上げる魔法はあるよ。でもそれって大抵音魔法の応用だし、そもそもおまえ使えたのかよ。だから冒険の最初にそういうことは言えって。あと今までそのスキルっていうのこいつらに発動してなかったのかよ。てっきり無意識でやっているかと思い込んでいたよ。


 これでいいのかと思いつつ、俺は頭をかく。

「まぁともかく、まず俺だけで様子をみてくる。メインたちはそこで待っててくれ」

「ああ」という返事を聞いたと同時、俺は大穴の奈落へと飛び込んだ。

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