6.唐突に自分を語り始めるやつ

「……ッ」

 ぽつりと、零すような疑問。

 思考が固まった。引き下がる未来も、拒否する未来も、無視する未来も、条件付きで承認する未来も想定していた。ただ、そんな意外な言葉が降ってくるなんて思いもしなかった安易な自分に、腹が立った。


「自分だけは違うって思っているのか? 僕を意気地のない奴だと思っているかもしれないけど、サブだって同じだろ。あの場で反対どころか、顔も出さなかったら……僕には全部、同じにしか見えない。全員、裏切ったとしか思えないよ」


 許せなかった。目の前の青年に?

 違う。こいつの気持ちをろくに知ろうともせず偽善者気取りで接してきた自分にだ。後悔が渦巻き、胸が締め付けられ、肚の底が煮えてくる。


「僕みたいなやつは他にもたくさんいる。レベル999でも、みんなの役に立てなきゃ意味がない。竜を倒したって、みんなが迷惑なら意味がない。僕だって頑張ってきたつもりなのに、あんなこと言われるなんて思ってもなかった。婚約を交わしたプリエラが裏切るなんて夢にも思わなかった。無能とかお荷物とか、もう二度と言われたくない……放っといてくれよ」


 気弱だが、強い言葉。さらけ出した本心は思いのほか俺の胸をえぐり取った。こんなことで、と抑えようとする自分の理性は、簡単に感情の進撃に飲みこまれる。その行先は言葉として喉から出てきた。


「ッ、ああそうだよ! 俺は怖気づいて見過ごした意気地なしだ! だからこそこうやって追ってきたんだろうが!」


「あのっ、喧嘩はやめましょ? ほらサブさんも落ちついて、人が見てますから……それにメインさんのお気持ちもつらかったと思いますしこれ以上は」

 気まずそうに仲介に、いや、メインの肩を貸す彼女を見、苛立ちが募る。

 どの口が言うか。頼むから部外者レネは引っ込んでいてくれ。だが、怒鳴りたい気持ちを喉元までに抑えた。歯を食いしばり、ただ鎮める。


「……っ、これは俺たちの問題だ。レネさん、悪いがあんまり首突っ込まないでくれ。あんたは関係ないだろ」

「確かに関係ないですけど、追放されたメインさんの気持ちが全く分からないわけではありません! だって、私もパーティから追い出されたんですから!」


「……っ?」

 知ったことか、といえなかった。それこそ、関係ない話でもないと感じてしまったから。我に返ったようにメインの視線はとっくにレネに向いていた。


「そういえばレネの仲間って……」

「前まではいました。私合わせて5人のパーティで……でも、クビになっちゃったんです」

 裾をぎゅっと掴む彼女に、ただ俺は肺を膨らませ、鼻で息を吐いた。一度ぎゅっと閉じた瞳はどこか重たかった。


 ああクソ、出鼻をくじかれた気分だ。けどこれでよかったのかもしれない。

 このままヒートアップすれば、俺は返答次第でメインのやつを殴っていた。そうなれば完全にパーティは壊滅する。釈然としねぇが、ある意味、彼女に状況を救われたのかもな。

 ふと、メインがこちらを見る。俺は目くばせと顎でレネを指し、メインは行動に移る。


「詳しく、その話を聞かせてくれ」

 壁際に寄り添いながら、彼女の話を聞く。


「私よりも優れた人が加入したんです。しかも元竜騎士でして、搭乗竜も乗りこなせるだけじゃなく、槍や剣、斧もそこそこ使いこなせるみたいで……足を引っ張っていたのもあったので、それでパーティから外されました」

 人数の制限とかあるのかと疑問に思うが、経済的な問題もあるのだろう。組織の存続のためになにかを切り離す選択は難しいようであっけなくできるからな。そこに人間の感情を無視するならば。


「私、貧乏だし、学も力もないし、弓術以外は不器用だから、せめて冒険者ギルドでAランクになって、たくさん稼いでお母さんとお父さんを楽にさせたかったのに。……仲間はCランクに昇格して、私はDランクのまま。役立たずだからって言われたとき、自分そのものを否定されたような気持ちになりました。今でも『おまえはいらない』って言われたのが耳に残っちゃって」


 段々と声がか細くなり、涙を浮かべ始めるレネ。握る拳が強くなっているのが分かる。

 なんでどいつもこいつも言い方ってものを知らないんだよ。強くなるほど人が腐るってのは強ち間違っちゃいねぇみたいだ。


 俺がなぐさめたところで逆効果だろう。メインへと目を向けると、悲しそうな目をその子に向けていた。慈しみとも、悲哀とも、怒りともいえる、いろんな色が混じったような海のような瞳。かけようとした声が喉元で止まる。


「その後にね、隣町から手紙が来て……故郷の村が土砂崩れに巻き込まれたって、それで私の家族はそれに……」

「お、おい、なにもそこまでいわなくていいから」と思わず声が出てしまう。

 だけど吐き出したかったのだろう、レネは涙と共に言葉をぽろぽろとこぼしていく。俺たちにでなく、自分自身に言い聞かせるようだった。


「村は辛うじて壊滅は免れましたけど、報せは本当でした。ちゃんとお墓も骨も見てきて……今でも信じられない気分です」

 この若さで親を喪う苦しみは一体どれほどなのか。俺は、わからない。喪うも何も、親なんていなかったからな。


「それでもう、何も考えられなくなっちゃって。クエストをこなしていけば気でも紛れるかなとランクが低いものからがむしゃらにこなしていきました。でも一人だったから、指定された植物や鉱石の採集、あとは小さな魔物を狩ることくらいしかできなかったし、指定された土地以外にはいけないし、不便も多くて報酬も少なかったです」


 少女の涙は止まらない。俺自身、内心の動揺が眼球の動きに現れていた。関係ないと冷たく当たった自分を強く恥じた。

 こういうときはなんて声をかければいいのか。ただ、メインはじっとその子の話を聞いている。


「そんなときにドラゴンなんて来るもんだから、最初は必死に逃げてたけど、家族も仲間もいないなら、もういいかなって……。ぜんぶ、諦めました」


「……つらかったな」そうメインが呟く。


「でも、そんなときにメインさんが来てくれたんです。それでメインさんも自分と似た境遇にあることを知って、でも前を向いて生きている。それが、私にとって力になったんです。こんなところで死んでたまるものかって」


 メインも漠然とした気持ちで宛てなくふらついていただけだと思うけど、そんな野暮なことを口にする方がどうかしている。そりゃあこいつのこと希望に輝いて見えたことだろうし、事実恩人にもなった。


「何はともあれ、無事でよかったよ。家族だって、レネには死んでほしくないって願っているはずだから。それにこんな僕でも、誰かのためになっていたことに嬉しく思う。そうだな……それなら、そいつらを見返すくらい強くなっていかなきゃな」

「はい……!」


 涙をぬぐい、にこっと笑みをメインに向ける。第三者であるにもかかわらずそれにドキッとした俺は目を逸らす。こういうときのメインは強いと感心せざるを得ない。だからプリエラとも恋人になれたんだろう。

 それはそうと、君もブレイブたちを見返すくらい強くなってほしいんですが。自分を棚に上げないでください。


「それなら、ドラゴンで得た資金はその村に寄付しないとな。もちろん、君の生活も楽にできるように、僕も手伝うよ」

「っ、ほんと……ですか?」

「ああ。こんなときに嘘なんて言わない。僕たちはパーティになるんだから」

「あ……ありがとうございますっ!」

「一緒に頑張ろうな」

「はい! がんばります!」


 緩和した空気に、ホッと内心胸をなでおろす。

 人間、いろんなもの抱えているんだな。それは見た目じゃわからないってことを痛感したよ。

 にしてもありゃあホの字ですな。顔赤らめちゃってまぁ、微笑ましいこと。


 ってちょっと待て! 良い話にまとまった感じだけどこっちが良くねぇよ! 何にも話解決してねぇ! どっちにしろメインが冒険者になっちゃ俺たちが困るんだよ!

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