5.謙遜も過ぎれば無礼に当たる

 話を切るようにレネが指さした先、他の民家よりもひときわ大きい建造物があった。攻城の跡地を改築したような施設だ。レネもそうだが、そこに多く出入りする人の姿がなんとも珍妙だ。騎士の甲冑鎧とも違う、軽装の鎧。狩猟と調査に適した装備だ。あまり見かけない姿にまじまじと視線を追って見てしまう。


 レネが言うには跋扈ばっこする魔物を駆除し、素材を回収する生業らしい。そういうのは騎士団か自治体が編成する猟団で対応していたはずだが、いつの間にこんな組織が生まれていたなんて。


 かつては流れ者や金のない者のために設立されたとかなんとか言っていたが、当然魔物と対峙するわけだから死亡率も低くはない。それで人口調整していたかと思うとこの王国の闇が垣間見えた気がした。


 施設内に魔物や採収物を鑑定し、換金してくれる質屋があるという。レネについていき、建物内の奥のブースへと足を運んだ。エントランスホールは無駄に大理石の床だったが、ここは石畳みだ。

 いろんな魔物の素材が瓶詰めで並び、天井には薬草が干されている広い場所。石のカウンター越しに座る職人らしき中年男性にレネが話を進める。


 そこまでは良かったが、メインが収納魔法の魔法陣を展開したときはゾッとした。

「待て待て待て! そのまま出すんじゃねぇぞ」

「なんで?」

「あんなデケェもんいきなり出されても相手が困るだろ」

「それもそうか、じゃあ少しずつ出して切るよ」


 そんなやり取りもあって本当に油断ならない。斬撃魔法で竜の部位をぶつ切りにしたり、ここにある専用の器具を拝借し血や内臓の処理を手伝ってもらったりして素材を少しずつ提供した。魔法技術の恩恵があるも、あの量を捌けたのは素直に感心する。


 それにしても、あんな平地に大型竜が出現した理由は未だにわかっていない。俺も専門的な部分は詳しくはないが、あの形体は外骨格型の六脚類、それに摘出した肺と翼膜、鱗の質からたぶん山脈か渓谷に住んでいるやつだろう。しかしそれらが近くに位置していたかいまいち記憶にない。比較的標高の低い平原に降り立つなんて聞いたこともなかった。


「このルビーのような鱗に甲殻……なかなかお目にかかれない素材をたくさん採ってきましたね。これはなんですか」と聞いてきた質屋に「ルべウスドラゴンだが」とメインが一言添えた。


「ルべウスドラゴン!? 一万の兵を率いても勝てないあの凶暴なドラゴンを倒したのですか!? ちょ、ちょっと待ってください!」


 えらくご親切に説明しながら驚き転がる店主。ずれた眼鏡をかけ直し、棚に詰め込まれていた本や資料を掘り起こし、パラパラと開く。虫眼鏡も用意し、刃物のように鋭利で堅固な鱗や刺を凝視する。本の文やスケッチを見比べながら、

「ま、紛れもなくルべウスドラゴンだ……あ、あなたは一体」


「そこらにいるただの魔術師だ。それで、金にできるのか?」

 ただの魔術師にしては鼻につくセリフだな。冷静に対応しているんだろうけど、なんか偉そうだぞおまえ。ていうか敬語使えよ。


 そんなやり取りをただ見届け数十分後。相当額の資金に換えることができ、小切手を受け取る。名義は市民権をもつレネに託したとき、彼女は卒倒しそうだったが。


「思ったよりたくさん貰ったな」

「これでしばらくは生活に困らなさそうですね! 寄付もできますし、良い装備も買えそうです」

「よし、ギルドに行こう」とエントランスホールへとふたりはカツカツと向かうもんだから、俺はわざとらしい咳き込みをし呼び止める。幸いふたりは踵を返してくれた。


「どうかしたのか?」

「忘れ物ですか?」と首をかしげるレネ。頭頂部の触覚の様にはねた金の毛が揺れる。早くいきましょうよ、と催促されても俺は一歩も前に進まなかった。


「いや、しばらくお金に困らなくなったんだろ? じゃあ冒険者登録する必要なくなったってことじゃねぇか」

「なに言ってるんですか、生活すればお金減るんですからクエストこなさないと収入得られないんですよ?」

 至極真っ当なこと言われて面喰らっちまったよ。ずいっと近づいてきた青い目に一歩引きさがる。睫毛長いなというしょうもない感想をふと浮かべた。


「それはレネさんの問題だろ。俺たちは魔王討伐の使命があるんだ」

 彼女の両肩を掴んではずいっと横にずらし、メインの前へ俺は立つ。


「でも……僕じゃ力不足だろ」

「そんなわけあるかよ」と食い気味に返す。「あのステータスってやつを信じてるならおまえはめちゃくちゃ強い。ドラゴン倒したのがその証拠だ。俺たちパーティ揃ってでも大型竜の討伐なんて一苦労だったろ」


「あのときはルべウスドラゴンより強い種類だったから」

「大して変わんねーよ大型竜の強さなんざ。要はおまえひとりだけで仕留めたのがすげぇって話なんだよ。ヘタすりゃ英雄だぜおまえ。だから無能なんかじゃねぇよ」

「そういってくれて嬉しいけど……正直に言う。僕は戻りたくない。あそこに居場所なんてないだろうから」


 ふつ、と俺の低い沸点が達する。いじけているようにも見えるこいつに腹が立ってきた。その力を持て余しておいて自信ないことを理由に、ただ逃げたいんじゃないのか。

 歯を食いしばった俺は、意気地なしの胸ぐらをつかみ、壁際に追いやる。


「それでも選ばれた戦士だ! 魔王を討たなきゃこの町も、今まで冒険してきた場所も、俺たちの故郷も滅んで安寧と繁栄はやってこねぇ! 人類の未来背負ってる責任と覚悟は王の前だけのお飾りだったってのか!?」

「ちょ、ちょっとサブさん」


「力不足だから何だ、だったら鍛えりゃいいじゃねーか。今までそうして頑張ってきたんだろ? ボロクソ言われたくらいでへこたれるお前じゃねーだろうが! あいつらがまたなんかクソガキみてぇに馬鹿にしてくるんだったら、俺がもっとクソガキになって言い返してやる。恋人寝取られて悔しいならもっとプリエラのこと理解してあんな屑野郎以上に漢見せて惚れ直させてみろ! おまえの鼻につく性格は好きじゃねぇけどよ、おまえが思ってる以上におまえは実力があるってことを同じパーティの俺が証明してやるって話だ! いい加減自覚しろ大馬鹿無自覚イキり野郎が!」


 しん、とした空気にようやく我に返る。振り返るまでもない、いくつかの視線と微かなざわつきが背中に刺さっていた。だがこんな喧嘩にすらなってねぇ口論なんてそこらじゅうで起きてる。俺をメインから引きはがそうとするレネに気が付いた。


「サブさん、いくらなんでもいいすぎですよ……っ」

 胸ぐらを放す。ブレイブに続き、こいつにまで大人げないことをしてしまった。俺の悪い癖だ。どうして怒りを抑えられない。


「……そうだな。悪い、つい熱くなっちまった」

 唖然としたメインの目から視線を外さない。そのまま俺は一歩下がる。


「つらいのはわかってる。でも頼むから戻ってきてくれ。ブレイブたちの暴言や行為は擁護できねぇけどよ、許してやってくれねぇか。この通りだ」

 深く頭を下げる。こいつすら引き留められなかったらブレイブたちの説得もできねぇ。

 長く感じた沈黙。頭上に言葉が降るのをひたすらに待った。


「だったら、なんで僕が出ていく前にサブは止めなかったんだ」

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