4.ステータスオープンって何。

※ステータス表記は出ません。

―――――――――――――――――――――


 なんとかブレイブたちに見つかることなく事なきを得た。町に向かう道中で会話を重ね、だいぶ打ち解けてきた頃。ニーアの町は山をひとつ越えた先にあった。

 魔物の侵入を阻む高い壁に囲まれた広大な城郭都市として機能しており、煉瓦レンガ造りの町並みや畑が混在して広がっている。人も多く、奥手には標高の高い丘と要塞、そして頂上には神殿がそびえ立っていた。


 冒険者のレネが言うには、そこは特別な血を継いだ高位の貴族や王族がある年齢に達した際、神の儀式により"ギフト"という神秘かつ超常的な能力を継承する場らしい。そのため、王族も稀にこの都市に来ることがあるという。


 上位階級の実情は知らねぇけど、一般市民でさえ知っているというのにも関わらず、そんな取ってつけられたような話聞いたことがなかった。

 そもそもギフトって言葉が初耳だし。創造と豊穣、祝福の神ギフタスにちなんでつけられた用語っぽいが、神の存在自体は知ってはいるもそんな神話もあったかと学んだことを思い返しても出てこない。定期的に世の中の流れに目を向けているつもりだったけど、俺が世情に疎いのか?

 そういや王女様は俺たちと齢が近かったな。そういった儀式をしたのだろうか。

 

 約束通り、そこらの食事処で飯を二人に奢ったが、細い見かけによらずレネはよく食べた。きっと満足に食べることも日ごろ叶わなかったのだろう。肉の中では比較的安価な鳥翼類アリサベスの肉も、食べたのはいつぶりかと目を潤ませたほどだし。見ているだけでこっちまで嬉しくなったほど、おいしそうに頬一杯にものを食べていた。

 メインに至っては相変わらずの小食で、赤蕪ビーツ酢漬玉菜ザワークラウトとかの野菜の盛り付けに煮たマメとイモを添えた一皿ぐらいしか食わなかった。それにアルコールでなく不人気な水を飲むし。まぁ酔いやすくてすぐに寝てしまうのは知っているから今更どうこう言うつもりも皆無になったけど。

 店を出ては、彼女に質屋と冒険者ギルドまでの道を案内してもらうようメインはお願いする。


「結局おまえ冒険者ギルドってやつに入るのかよ」

 目的地へ向かう最中、何度も説得してはいるが、メインも相当ショックだったのだろう、強情に首を縦に振ろうとはしなかった。なんならもう切り替えて新しい人生を送ろうとしている。

 リーダーの命令で追い出されようが、多数決で追い出されようが、一応俺たちは王の勅命で責務を果たさなければいけないのこいつわかってんのか?


「無職じゃ生活もままならないからね」

「いやドラゴンの素材を売る話はどうなったよ」

「僕が簡単に倒せたくらいだから、大した額にならないよ」

 そう謙虚に返すが俺には嫌味にしか聞こえない。あの巨体さで少額になると思う神経を疑う。これまでの旅で何を見てきたんだよこいつは。


「レネさん、今の発言どう思う?」

 そう訊くと、黄金こがねの長髪を結い直しながら微妙な返事を返す。


「私も竜の価格なんて遠縁で把握はしてませんけど、それなりの金額になるのかなと」と首をかしげる。

 相当な額になるに決まってんだろ。サイズや質がどんなに低くったって馬車2台と馬4頭買っても釣りが出るくらいだ。それに大型竜と戦う経験なんざ二度としたくねぇぐらい恐ろしく強いんだぞ。その危険度や有用性、希少性も考慮して鱗や牙といった素材の価値がべらぼうに高いんだよ。

 馬車が大通りを横切り、土埃がくるぶしを汚す。頭をがしがしとかき、メインを見た。


「というかどうやってドラゴン倒したんだよ。支援魔法しか使えなかったんじゃないのかよ」

「それはたぶんこれだと思う。――"ステータスオープン"」


 ステータス、えっ、何? ステータスオープンって何? いきなり何言ってんの? 

 ってマジかよ、なんか半透明のパネルみたいなのこいつの目の前に数枚浮き出てきたんだけど。なにその技術。いくらで買えるのそれ。


「名前に年齢に性別に種族に生年月日……」

「いや、こっちのスキル一覧だが」


 うるせぇな、初めて見るんだからじっくり見させろ。幸い学んできた言語で表示されてるから読めるな。

 魔法に関する教養はもちろん魔法理論学や魔法工学に多少明るいつもりだったが、こんな技術は聞いたことねぇな。どういう演算で割り出されてんだこれ。

 レネが興味深そうに横入りしてじっくりとパネルを見つめているのを横目に、メインに尋ねる。


「なぁ、これって何かの魔道具だったりする?」

「……? 何を言ってるんだ、最初から全員もっているぞ」


 頭痛ものだぜこりゃ。カルチャーショックでもこうはならねぇ。え、先天性なのこれ。いつからそんな人体に魔法を埋め込まれるような先端魔法社会になったの。てことは俺もステータスってやつを持っていることになる……のか?


 もう一度メインの情報が記載された浮遊パネルに目を向ける。ひとまず個人情報とその人の戦闘に関与する総合的な身体能力と魔法能力、そして汎用ポータブルおよび専門的エキスパータイズな知力が数字として表示されるようだ。何を原理とし、何を標準値としているのか全くわからねぇけど、ブレイブたちの言っていた"レベル"や"スキル"ってのもこれと関係していそうだ。


 てことは何、俺はこいつらにとっての常識をなにひとつ知らないまま冒険してたの? でも今までそんな話一度もしてこなかったよな。


「って、えええっ!?」

「どうかしたのか、レネ」


 メインが気易い一言で訊く。いまにもひっくり返りそうになった彼女のこの驚きぶりは、きっと普通の数値じゃないのだろう。俺だけ置いてかれている。


「と、ととととんでもないですよこのステータス! メインさん何者なんですか!?」

「なんかやけに高い数字が並んでるけど、これ世間的にすごい扱いなんだな」


 攻撃力、防御力、魔力……戦闘において必要とされるコンディションを変数パラメータ化したようなものか。鑑定魔法の対戦闘式だったらある程度の能力傾向は分かるが、あくまであれは定性的なものだ。

 このパネルのように自分の戦闘力を数値化できる技術が存在するなら普通に大ニュースだし、大魔導士としても耳に入っていたつもりだったけど。レネも知ってるあたり、平民にも馴染み深いものなのか、それとも特定の業界に限定されてるものなのか。


 というかこいつの数値、どれも99万越えてるな。有効数字はなし。標準値スタンダートがわからねぇ分には比較もできねぇからどうも言えないけど、仮に平均値アベレージが1000だったとしてもあんまりピンとこねぇな。


「サブさん冷めすぎですよ! すごいに決まってるじゃないですか! どの数値も99万以上って見たことありませんよ!?」

「僕でこれならブレイブたちはもっと上だろうね」


 勝手に期待値を上げるのやめて。いやふたりしてこっち見るなよ、ステータスオープンなんて絶対言わねーからな。


「レベル……999?」と俺はパネルを見てそうつぶやくと、またもレネは身を反って驚く。いい反応するね君。

「999……!? か、カンストしてるじゃないですか!」

「カンストって何」

「カウンターストップのことだ。数字が上限に達してこれ以上レベルが上がらないという意味だが、知らなかったのか?」

 一言一言しゃくに障るな。大魔導士でも知らねぇもんは知らねぇんだよ。でもブレイブたちにレベルが低いって言われてたよな。999の数字が低いとは思えねぇけど、そのカンストという制限をあいつらが突破してねぇとあの発言は出てこねぇよな。


「へー」と棒読みで流す。「てかなんでこんな陳腐な数字になってるんだ?」

「ああ、さっき直接ドラゴン倒したから、"レベル"が上がったんだろう。それに支援魔法の"制約"もなくなった分、一気に"経験値"が溜まったんだ」

「……悪い、何一つついていけねぇ」

「すまない、むずかしい話をしたつもりはなかったが」

 一発殴りてぇな。申し訳なさそうにしているのが腹立つ。


「つーことはあれか、これ以上戦ってもレベルっていうものが上がらないってことか」

「サブさんはわかっていません! レベル999の人なんて前代未聞ですよ! Aランクの上級冒険者でも60や70なんです! 歴史上の大英雄でも600が最大だったのに、レベル999は規格外すぎるんです! 世界最強ですよ!」

 わかったわかった、9999うるせぇんだよ。というかなんで知り合ったばかりの君がこんな手放しに絶賛してるの。なんかこう、おかしいと思わない?


「だとしたらバグかもしれないな」とメインはあごに指を添える。バグとは。

「いえ、ステータスは絶対ですし」

 どこからくるのその断言できるほどの自信は。このうっすいパネルに対する信頼性絶大すぎない?

 

「ちなみにレネのレベルは?」

 パネルを消しつつメインは質問する。聞いてやるな。他意がなかったとしてもこの流れは心理的なマウンティングを取るから相手傷つけるだけだって。


「えっと……35です。私なんてまだまだです」

 そう肩を落とししょんぼりとする。ほら見たことか。


「そんなことはない。まだまだ成長の余地があるってことだ」

「メインさん……っ」と目を輝かす。


 このふたり今日会ったばっかりなんだよね。親密度高くない? 俺もかつて必死こいてドラゴン倒したときこんな風に尊敬のまなざしが欲しかったよ。

 周囲を見回す。人混みも多いし、レネのようなレザーの服装をした老若男女もちらほら見かける。この人たちもステータスが存在しているのか? またまた。


「つーかおまえら……まさかこれの数値だけで信用してるのか」

「サブさん、ステータスはその人の全てなんですよ」


 思わず固まってしまった。

 やっぱり世間一般の常識らしい。人間の価値をこんな数字だけで判別されてたまるかってんだ。

 呆れ気味に仰いだ空は無駄に晴れ渡っている。あのとき使った魔法が天候に影響してしまったかもしれない。


「おまえが俺の想像してた無能でもなんでもなく、戦闘における能力が高いのはわかった。でもなんで支援魔法しか使えなかったんだ」

「スキル【レバーチェンジ】と【犠牲的献上】が発動していたからだろう」

「なにそれ」

 パネルに書いてあったけど全然意味わからなかったやつだ。というか全部わからん。


「【レバーチェンジ】はある能力を飛躍的に向上させる代わりに別の能力を著しく下げるスキルです。【犠牲的献上】は自分の得られる経験値や能力を相手に付与しつづける効果がありますね」

「なんで君が説明できるの」

 そういう辞典がそこらの書店に売ってるの?


「ただこのスキルは解除すると大半の能力値は自分に戻ってくるんですよね。自分の力の一部を対象の相手方に貸しているわけですから」

 レネの話を聞き、ちらりとメインを見る。察したのか、なんてことない顔で、

「今は解除されている。経験上から言えば、信頼関係が発動条件において最も重要な要因ファクターだろう」

「つーことは、パーティ抜けたからスキルが解除されて、制限がなくなった今のおまえはとんでもなく強くなっていると」

「ああ」


 ごめんやっぱりよくわかんねぇ。鍛えもせずに人と心理的な距離とったら強くなるって理屈がまず分かんねぇもん。反対にこいつがもともと強くて、その力を俺たちに配分していたとしてもなんでそうなるんだよ。

 そもそも"スキル"って結局なんなんだよ。都合のいい言い訳じゃねぇだろうな。

 いやわかってくれたかみたいな目を向けないでくれ。大賢者でも頭抱えるレベルだぞこれ。


 話が本当なら、支援魔法を使用している間、攻撃の類は使えない。だけど支援する対象がいなくなれば攻撃魔法が使えるようになる。その攻撃の威力は支援していた力に等しい。ただその変換された威力は大型竜をも撃墜できると。


「メイン、ちょっといいか」

「どうした?」

「それもっと早く言えば追い出されることなかっただろ」

「みんなそれを知っている上で役立たずって言っているんじゃなかったのか?」


 こいつと分かり合える日はないと確信した瞬間を今、感じた。

 頼むからもっと自分を主張してくれ。あの空気じゃ耳を貸すこともなかっただろうけどさ、そういうの旅の初めに言うもんだろ普通はよ。2年以上経って初めて知ったわ。


「少なくとも俺は初めて聞いた。ブレイブとは昔からの相棒っつーか親友の仲だったし、仲間の情報は大方共有しているはずだったけどよ、そんな話は聞いたこともねぇ」

「そうなのか?」


 はー、と勝手に息が漏れる。追い出して正解だった気が……いや堪えろ俺。個人の感情のみで判別しては何も見えなくなる。それに把握しきれていなかったこちらにも責任はある。

 そっとこいつの肩に右手を置いた。


「……やっぱり戻ってこいおまえ。そのスキルとか能力値とかの話はにわかに信じられねぇけどよ、もしそれがマジならあいつらの能力低下しているってことだよな」

「何度も言うが、それを承知した上で僕の支援がなくてもやっていけるという意味だと受け取っていたが」

 何度も同じ地雷を踏むんじゃねぇぞ殴られてぇのか。


「たぶん誰も知らん」

「ふむ、そうか」

「ふむ」じゃないのよ。「そうか」じゃないのよ。めっちゃ他人事くせぇ返答だったぞおい。

 すっとぼけた顔してこいつ内心恨んでるだろ。そりゃそうか、恋人も寝取られたしな。俺が同じ立場だったら復讐心に燃えて災害級の魔法ぶちかましてたよ。あぁぶちかましたわさっき。


「メインさんも追放されて辛かったんでしょうから、無理に引き戻そうとするのもどうかと思いますけど」

 それ君が言っちゃう? え、俺の立場わかった上で発言してる? こいつの何を知って擁護したの今。


「というかバランスよく調整できなかったのか? 攻撃と支援と半々にして臨んでみたり、瞬間瞬間で切り替えて戦ってみたり」

「前にやってみてうまくいかなかったから、できないと思う。でも時間も空いたし、今ならできるかもしれない。次からやってみるよ」

 いや放置かよ試行錯誤しろよ。だから追い出されたんだぞ。


「それができるようになったら、もうメインさんは無敵ですね」とレネ。

「はは、大袈裟だよ」

「本音ですよ! 本当にすごいんですからメインさん」

 なにこの上司をおだてて媚びる部下のような構図は。俺帰っていいですか? いや帰らねぇけど。


「あ、着きました! あれが冒険者ギルドです」

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