3.魔物は女の子襲いがち

 水辺から森へと至る草木が青々と生い茂る。二足で歩く小鳥や猛毒をもつ大トカゲが急く足音に反応して離れていく。かつて見た灯台の如く堅固で巨大な木々を見上げつつ、飛行する魔物らの警戒も怠らない。

 巨大な倒木からは新芽が吹き出し、幹には蔦が巻き付いている。空洞化した倒木のトンネルを潜り抜け、ぬかるんだ獣道を駆け抜けた。


「っ、なんだ?」

 絹を裂いたような悲鳴が聞こえてきた。距離はあるけど方角はたぶんメインが向かった方だ。森の奥……いかにも若い女性の声だが、こんな町もなさそうな場所にいること自体が疑わしい。事実、人の声を真似て駆けつけてきた人間を襲う魔物だっているんだ。ただそういう類は穴とか隠れられるところにいる。


 苔むした岩の数々を飛び移り、深い森を抜ける。小森を挟んだ先、光が差し込んこんだ。ひそめた目を再び開けると、緑燃えるなだらかな丘陵と青い水平線が見えた。木々や長丈の草、そして奇岩の点在以外は特筆すべきところがない。

 探知魔法の通りなら、あいつはここに来たってことだよな。これだけ見通しのいい場所ならすぐに――。


「いた! ……って」

 軽装鎧の上に纏う黒い術衣姿の黒髪が目に入る。同時に、その傍に赤い小山が――いや、赤鱗の飛竜が焔まとう大口を開け、巨大な翼を広げていた。咄嗟に岩陰に身を隠した。


「おいおいおいおい」

 汗が噴き出る。なのに悪寒が走り、鳥肌が止まらねぇ。

 なんでこんなところに災厄の権化がいるんだよ。パッと見じゃ種はわからなかったが、あのくらいの巨体となればそうそう出くわすこともねぇ。小型はともかく、大型の竜は慎重でそう簡単に見つかる場所に現れないはずだ。


 というか思いっきりメインのやつ狙われてなかったか? 俺とブレイブの二人で力を合わせても討伐に死ぬほど苦労した覚えがあるのに、サポーターひとりじゃ明らか死ぬぞ。

「くそっ」

 ためらっている暇はねぇ、すぐに助け――。


 竜の首が吹き飛んでいた。

「……は?」

 空を舞うそれはやがてドズン! と地面に落ち、振動を足の裏に伝える。何が起きたかわからないといわんばかりに立ち尽くしている首なし竜の巨躯は、そのままゆっくりと倒れ、大きな音を響かせた。


 この一瞬の躊躇いの間に決着ついたってこと?

 竜の前で黒い大楊杖を掲げていたあいつはメインで間違いない。杖の先端――白魔晶の球体も光っていることだし、魔法を発動したってことだよな。


 もしかしてあいつが倒したの? いやこの目で倒したところ見たけど、何かの間違いじゃないよな。あの首の断面を見るに斬撃魔法で仕留めたと思うが、竜のクソ堅い甲殻や筋肉、骨をあんな簡単に斬れる魔法なんて少なくとも俺は知らない。

 というか倒すも何も、攻撃魔法使えないんじゃなかったっけ。


「ケガはないか?」

「は、はい何とも……あ、えっと、助けていただきありがとうございます。その、なんてお礼を申し上げればよいか」

 しかもちゃっかり女の子救っちゃってるし。さっきの悲鳴あの金髪の子だろうな。ちゃんとした人間だったか、珍しいケースだ。


 俺もいろいろ魔物討伐してた時期あったけど今までそんなことなかったよ、女の子を魔物から助けるシチュエーションなんて。良くて骨よ? 大体手遅れだったよこっち。竜に少女って、ちょっと見ない間に2回も奇跡の遭遇果たしてるとかあいつなんなの。


「"凝振感接シャープ・コネクト"」

 集音・指向魔法を展開し、岩陰から覗きつつ会話の音をこの耳に鮮明に届ける。これでどういう状況になっていたのかがわかればいいけど。


「礼なんていいよ。そんなに強くないやつだったし」

 えっ、やだぁ、人前でもちゃんと話せると思ったら鼻につく返しをするじゃんメイン君。余裕でドラゴン倒せることないからねどんな英雄でも。強がりだとしてももうちょっと言い方ってものがあるよ。


 にしても、相手はレザーと甲殻、金属を組み合わせた軽装鎧。懐には短剣、右腕には装着式のクロスボウと、背にはロングボウ。武器を携えていることだし、猟団のひとりか。

 にしては若いし貴族のお嬢様みたいに綺麗な人だ。歳は俺よりかは若いな、たぶんプリエラくらいか。健全さと活気さをまとってはいるも、金に帯びる結われた長髪と青い瞳が高貴さを醸し出している。そんな人物がなんでこんな自然のど真ん中にいるのかが気になるけど。


「一撃で倒すなんて……と、とても強いんですね。あっ、私はレネと言います。レネ・プロパネス。ニーアの町の"冒険者ギルド"に一応、務めています」


 信じられない光景を前にぎこちなく自己紹介をしてくれたのはいいとして。

 冒険者ギルド? 冒険するギルドがあるの? 名前聞いただけじゃとても利益出るような仕事でもなさそうだな。


「メイン・マズロー。通りすがりのただの魔術師だ。宿を探してるんだが、その町まで案内してくれると助かる」

 図太い人だなぁ。つーか通りすがりも何もちょっと前まで勇者パーティに所属していたんだぞ。世を流浪して10年ですみたいな声色をよく出せたな。


「わかりました! でも、魔術師なのに旅をされているんですか?」

「ああ、魔王討伐の旅に出ていたんだ。役立たずだと追い出されてしまったが」

 そう肩をすくめるメイン。おまえ拠点から飛び出だしたときに涙流してなかったっけ。人前だからかもしれねぇけど、切り替え速すぎてやれやれと言わんばかりの口調になってるぞ。


「ええ!? 魔王討伐ってことは、あの勇者パーティに選ばれたすごい人たちじゃないですか! まさかこんなところでお会いできるなんて! でも追放されたんですか? こんなに強いのに」

「うん、僕は皆にとってお荷物だったらしい。役立たずの無能だからクビだって、荷物もお金も取られちゃって」

「ひどい……」

「でもまぁ仕方ないよ。みんながそう言ってたから」

 俺の存在は!? 俺の意見まだ聞いてないよね君! その2,3人同じこと言ってたから「みんな言ってたし」的な解釈の仕方はどうかと思うよ。


「そうでしたか……」

「君はひとりか?」

 辺りを見回しながら尋ねる。彼女は口ごもったが、沈黙を続けなかった。


「そうですね、ひとりで冒険者やってます」

「冒険者ギルドは誰でも入れるのか?」

「はい、適性試験に合格さえすればですけど。もしかして冒険者になるのですか?」


「そうだな」と思慮に耽る。「このまま放浪してもなにもないし、だからといってできることも少ない。活動できる場があるなら、そこに行くしかないだろうな」

 なんか流れが良くない方にきている気がする。あいつもしかして。


「役目もなくなったし、のんびり生きたいから冒険者ギルドに入るよ」

 ワンセンテンスで矛盾を言うのやめて。


「君さえ良ければ、パーティに入れてくれないか。支援魔法が得意だから、きっと役には立つと思う」

「えっ!? そ、そんないきなり……私、心の準備もできてないのに」

「……駄目か?」

「いっ、いえ! こんなに強い方と、それも魔術師の方とパーティを組めるだなんて夢にも思わなくて。その、どうしたらいいか戸惑っちゃって」


 いやなんで顔赤くなっとんねん。なに思わせぶりな発言しとんのや。

 というか白昼堂々大自然のど真ん中、ドラゴンの死骸の前でよくお話しできるな。他の魔物が襲ってきても知らねぇぞ。


「わ、私でよければ……足手まといかもしれませんが、よろしくお願いします」

「僕も足手まといになるかもしれないけど、よろしく」

 こんなネガティブなチームの組み方ある? いやなんかお互い微笑んでほんわかした空気になってるし。こっちは寒気してんだぞ。


 もどかしさが勝り、俺の体は岩陰から飛び出す。自然と彼らの方へと動いていた。


「お、おい!」

 草むらの坂を降り、声をかける。メインは黒髪を揺らし振り返るも、意外そうな顔だった。


「……サブ?」

「おまえマジで冒険者っていうのになるのかよ! 魔王の討伐はどうするんだ!」

「……あなたがその勇者パーティのひとり?」

 なんでこの人敵意向けてるの。さっきの謙遜どこいった。俺も追い出した側に数えられているのはわかってるけどもメインの話を信用しすぎでしょ。


「ええ、ですが連れ戻しに来ただけです。俺自身、こいつが追い出されたってことに驚いてここまで追ってきたんですから」と彼女に対し補足。


「でも、ブレイブたちは僕みたいなお荷物は要らないって言ってたし、プリエラはもう……」

「……それはそれだ。俺たちには優先するべきことがあるだろ」


 俯いた顔に浮かぶまだ納得のない、いや、拒絶するような表情。

 無理もねぇのはわかってる。俺だってあんなやつらと一緒に行きたくはねぇよ。何度もくだらねぇ喧嘩してきたが、あの様子じゃ同じような旅はもうできないだろう。


「ドラゴン倒せたのはさすがにビビったけどよ、今ならまだ間に合うって。俺から説得して……あぁそっか、俺も怒りに任せてぶん殴っちまったけど」


 とどめに魔法で全体攻撃したし。感情で動いているのはどっちだって話だな。

 あきらめたような目つきでフッと笑みを浮かべ、メインは俯く。


「ありがとう。でも、あそこに僕の居場所はないよ。サブたちだけでも十分に魔王と戦えるし、必ず勝てる」

 心が折れてるな。あんな言われ方もすりゃ繊細な奴はひとたまりもねぇ。だが俺は目の前の青年のすぼんだ肩を強く叩いた。


「そんでもおまえが要るんだよ。あいつらが気付かねぇだけで、おまえは十分に役立ってる。他の誰一人欠けちゃならねぇんだ。おまえも俺もあいつらも、全員そろってないと魔王と張り合うことすら――」

 ふと、言葉が止まる。体も強張るようにぴたりと固まった。唐突に迎えた静寂にふたりも眉をひそめた。


「……サブ?」

「――"イオドのとばり"」


 肘を水平に、人差し指と中指を眼前に立て、その先を発光させては青の魔弾を発射する。天へと昇ったそれは八方へと弾け、そのままサファイア色のカーテンのように周囲を包んだ。


「な、なにを」

「魔法的な感知を阻害して、認識させにくくする結界魔法だ。それより、近くにブレイブたちがいる。きっと俺を探してるんだろうな」

「それじゃあ帰った方が良いんじゃないのか?」

 

「おまえを連れてな。あいつも昔は素行の悪いクソガキだったがあんなクズ野郎じゃなかった。シルディアも同じだ。プリエラのことも、お前にとっては信じられねぇって思っただろ」

 それにうなずくメイン。それを一瞥し、

「今のあいつらに話が通じるのかわからねぇが、やってみなきゃわからねぇのも――」

 刹那、激しい揺れを覚える。紛れもない地震、そして距離を挟んだ先で小さく見えた地割れと隆起する断層。だがあれは自然発生じゃない。


「――サブ・ライトォォォっ!!! どォこだァァアァァッ!!!」

 ブレイブらしき怒号が遠くから聞こえる。いや、果たして本人なのかも信じがたい。

 同時、再び大地が大きく揺れては悲鳴を上げる。噴煙の如く吹きあがり、爆炎の如く舞う砂埃は割れた地面から生じたものだろう。俺たちのいる地面がわずかに傾いた。

 直感を信じて正解だった。いや、直感も何も、ちょっと考えりゃあれだけの攻撃をすれば怒りの一つや二つ、湧き出なきゃおかしいって話だ。にしたってキレすぎだバカ。地図書き替える気かよ。


「……ただ、今は逃げた方がよさそうだな」

 このまま目でも合わせようものなら殺されかねない。対峙してもねぇのに殺気だけでここまで鳥肌立つなんてな。


「サブ、改めて訊くが……僕がいない間、ブレイブに何をしたんだ」

「……目を覚ます魔法をぶちかました。洗脳も呪いも一気に吹き飛ぶようなスカッとするやつ」

「スカッとしたのはサブの方だろう。いつも思うが、大魔導士なのに喧嘩っ早いのは君のよくない癖だな」

「うぐっ」と心のどこかが刺さる音が口から洩れる。「大魔導士は関係ねーだろ」

「あ、あのー、そちらの厄介事に私たちを巻き込まないでくれますか」

「その点は本当にすいません」とレネという少女に返す。「この場を乗り切ったらお詫びに飯奢りますよ」とフォローにすらならないしょうもないことしか言えなかった。


「じゃあ、町までの案内頼めるか」とメイン。レネはこくこくと頷いて承諾してくれた。誰しもが今すぐこの場を離れた方が良いと悟っていただろう。

「この竜も結界の中に入ってるんですね」と彼女は竜の死骸へと見上げる。

「ああ、一番目立ちますからね。近くにいるってことがバレてしまいますから」

「それなら、この竜の亡骸を持っていこう。素材にして町で売れば多少の資金になるだろう」


 唐突にそう言ったメインは杖を光らせ、その先端を地面にトンと当てる。竜の亡骸を埋めた地面に魔法陣が生じ、瞬く間にその陣の中に飲みこまれていった。

 唖然とした顔を俺とレネは浮かべる。そりゃそうだ、その理由はこのあと語られるだろうが。


「い、今……」とレネは声を震わせた。

「ん、珍しかったか? 収納魔法というんだが」

「それでも容量が大きすぎますよ!」


 レネの言う通り、大型の竜一頭が入るほどの拡張型収納魔法は一般に存在しない。知る限り、研究開発の域をまだ出ていなかったはずだ。俺でも鍛えてようやく荷馬車くらいの体積が限界だ。


「……収納の類も使えることは知ってたけどよ、せめてこういうことをあいつらに言ってやれば追い出されずに済んだだろ。あとドラゴン倒せることも立派なPRだぜ?」

「……?」とメインは怪訝な顔で首をかしげる。「訊かれなかったし、みんな知ってるんだろうと思っていたんだが。ドラゴンだって今のみんなならもっと簡単に倒せるだろう」

「……」

 ブレイブ、俺は血迷ったおまえのことが大嫌いだけどよ、少しだけおまえの気持ちが分かった気がするぜ。

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