2.追放した仲間たちが小物臭い悪者になりました

「ようサブ、随分長い用を足してたな」

 開きっぱなしのドア越しで、ブレイブが声をかけた。ハッとした俺は、椅子に偉そうに座る彼と、使用人みたいに傍で立っているシルディアとプリエラに向け口を開ける。


「ブレイブ、おまえ本気で言ってんのか、メインを追い出すって。それにおまえらも一体どうしちまったんだよ。何かしら理由があるにしたって、もう少し言い方ってものがあるだろ」

「あーなんだ、話聞いてたなら部屋に入ってくりゃよかったのに。あいつの顔傑作だったぜ? 特にプリエラの一言を聞いたときの顔と来たら、なぁ!」

 歪み、醜く哄笑した男に合わせ、女二人の嘲笑が耳に障る。


「――ッ」

 気が付いたときには体が動いていた。

 振るった拳でブレイブを椅子から崩れ落とす。木と骨が打ち付け合う鈍い音が響く。

 大人げなく怒りをぶつけた。だが後悔もない。躊躇いもない。俺はこいつのこんな歪んだ笑顔なんて見たくない。

 これで目が覚めるならどれほどよかったか。咄嗟に起き上がったブレイブは垂れた金の髪を揺らし、怒号を室内に轟かせる。


「テメェなにしやがる!」

 ヒートアップした顔色だが、反撃の様子はない。対して俺の表情は凍てついていたことだろう。

「幻滅したぜおい。ガキの頃からダチだと思ってた未来の英雄様がこんなクズに成り下がったのはよぉ」


 途端、ふたつの衝撃が全身に走る。刹那の浮遊感の後、背中から壁に激突する感覚を痛む骨と肉で認識する。崩れる木片と木粉越し、刺してくるふたりの眼光は仲間に向けるそれではなかった。

 あぶねぇ、間一髪か。この二人も随分強くなったもんだな。皮膚上に防護魔法を展開してなかったらひとたまりもなかったろう。


「ブレイブ様になにをするのですか! 無礼ですよ!」

「ブレイブを傷つけるならあんたといえど容赦しないよ!」

「おまえらは手ェ出すんじゃねぇ!」

 排除せんばかりのふたりの威圧を緩めたのは親友の一言だった。すんなりと聞き入れ、一歩下がる彼女らの様はまるで王に慕える兵士のようだ。反吐が出る。


「すっかりこいつの言いなりだな」

 立ち上がり、そう皮肉を言ってやるも、同様に立ったこいつは先ほどのメインに向けた感情を出すことはなかった。むしろけらけら笑い出した。なんだこいつは。本当に俺の知っている仲間なのか?

「だろ? そんだけ、こいつら俺のことが好きなんだよ」

「……あぁそうかよ。仲間追い出した理由もそういうわけってか」


 もう俺にはこいつが同じ人間には見えねぇよ。なにかに操られている様子もないことに疑問しか湧かない。それとも日々の鬱憤が腐食し、肚の底から煮えたどす黒いものがようやく顔を出したのか。


「そうかっかすんなよ、無能がひとり消えたくらいで。それともあれか、俺が美女ふたり抱えてるの嫉妬してんのか?」

「……は?」


 何の話をしてるんだよ。

 両腕を広げ、ふたりの露出した肩へと回す。這う指は次第に脇へ、そしてふたりの豊かな乳ぶさへと渡り、揉みしだき始めた。

「ちょっと」といいつつ拒絶することもなく顔を赤らめるシルディアと、男の手に優しく触れ、まんざらでもないプリエラ。その様が凄まじい吐き気を覚えさせる。

 右手の甲に浮かぶ、逆三前趾足の印。勇者の証であるはずのその刻印は魔を討つ剣を握るためにあるはずだろう。


「おまえとの仲だ、ひとりくらい貸してやるよ」


 頭の中で何かがちぎれた。

 距離を一瞬で消失させ、俺の放電まとう左手はクズ野郎の顔面を掴んでいた。そのまま女を引きはがさんばかりの勢いで押し倒し、後頭部を床へ叩き付ける。カビ臭い木材の床を抉り、簡単に男の金髪頭はめり込んだ。


「――"だいしんさい"!!!」

 バガァン! と頭蓋が割れるような音。大気を歪ませ、蒼く発光する左手から解放した衝撃波は閃光と共に周囲の床を、地盤を、そしてくすんだ窓を粉砕する。


「きゃあぁぁぁっ!」

「っ、ブレイブ様ぁ!」

 再び魔法で空間転移し、激震でひっくり返った残るふたりとの距離を取る。バッと両腕を広げ、風を呼び起こす。歯車状の魔法陣複数を空間に投影し、三次元的に展開された瑠璃色の結界は勇者ブレイブでもない限り誰も寄せ付けない。


「"煌黎こうれいの項"・"災禍わざわい、天に竜を、地に雷洪らいごう焦冰しょうひの爪痕を"」


 口元で指を合わせ、ただ口を動かす。俯くもこのまなこは決して奴らを逃さない。

 呼び起こす魔の力は光をも曲げ、竜のいななきの如き調べをこの廃墟に響かせる。老いた木々の壁や床を這うは稲妻。隙間からあふれ出す水は対象の身動きを封じる。やがて氷結に至り、木造は火を灯し炭へと還る。紙のように千切れ、舞い上がる木片は渦を巻き、強風と共に暗雲が顔を出す。

 二本指を結び、天を掲げる。明けた空を揺るがす四の災い。雲が集い、数秒の豪雨をもたらす。共に降るは幾数もの落雷、氷塊、そして火球。

 それらをひとつに集結させ、この二本指と共に一点へと振りかざす。


「――"獄鎚エンマ"ァ!!!!!」

 鉄槌の如き渾沌の暴力はいとも容易に、拠点とした廃屋を焦土に変えた。煙吹く黒炭の地は直ちに雨によってかき消される。

 断末魔など聞きたくもない。すべてを轟音で消し飛ばし、この鼓膜に障るものは耳鳴りと雨の音だけ。


「ハァ……はぁ……目ェ覚ませクソ野郎共。死んでもおまえの口から聞きたくなかった」


 最悪だ。思わずカッとなってしまった。怖くなってしまった。まだなにもわかってないのに、感情に任せてしまった。怪我は……いや、長い付き合いだからわかる。あの黒炭に埋もれても尚、まだ息はある。


 それにあいつらは頑丈だから、俺が全力出したところでそう簡単にくたばるタマじゃねぇ。重傷にも至ってないはずだ。頭でも冷やして正気に戻ってくれれば一番だが、きっと仕返しにくるだろう。

 その際は覚悟を決めた方が良い。この3人が強くなっていったのは、俺も見てきているから。特にブレイブのやつは凄まじい成長を遂げている。


 だからあんな横柄な態度になったのかもしれない。それ以外に一体何が彼らをそうさせたのか知る由もないけど、もし密かにああいうことを普段考えていたのだとしたら、俺はとんでもない男を尊敬していたことになる。

 あんな男についていきたいとは思えなくなった。だが、ここで仲間割れしたら魔王討伐は一体どうなる。


「ああくそ」

 雨が止む。だが鈍色の空は晴れないまま。

 俺も冷静じゃなかった。

 踵を返し、森の中を駆ける。探索魔法を展開しても近くに人らしい熱量と波長の反応は――あった、南西の方角だ。

 まずはメインの奴を引き留めに行こう。仮にマジで無能だろうが性格に難があろうが関係ねぇ。俺たちが一つにならねぇと魔王を倒せねぇのはわかってんだ。


「……」

 後ろ髪を引かれるような困惑と疑念が俺の足を一瞬だけ止める。いや、考えている場合じゃねぇ。振り返り、瓦礫の山を一瞥するも、すぐに前方へ――森の奥へと身を飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る