1.仲間が追放されました
「メイン、今日を以てお前をパーティから外す」
あまりにも突然のことだった。
森の中で見つけた廃墟の一室。休憩がてらそこで一晩拠点を張り、朝の陽ざしも登り切った頃。今しがた出発の準備を終えようとしていた時、一切の迷いなくそう言い放ったのはブレイブ・ロイドという好青年。魔王討伐隊第六期生のリーダー、いわば勇者としてこの小規模なパーティをまとめる齢20の男だ。
「……え、どういうことだ? もしかしてなにかのドッキリとか」
「バカ言ってんじゃねぇよ!」と怒鳴る。「クビだよクビ、物分かりが悪いにもほどがあんだろ」
苛立つ声。対して戸惑う齢18の青年の声は弱弱しかった。
「な、なんで。どうしてなんだ」
「はぁ、自覚ねーのかよ」とわざとらしくも深いため息。どっかりと古びた椅子に座る音がした。
「おまえはこの魔王討伐の遠征でなにかひとつでも役に立つことはしたのかって聞きてぇんだ」
「そんな、確かにみんなよりはできることは少ないが、それでも"レベル"は上がってるし、魔王討伐だってこれからが正念場となるところじゃないか」
この訴える声は魔術師メイン・マズローのものだ。おそらく、全員が一室に集っているんだろう。いや、それはそうと。
「……追い出すってマジ?」
なんか俺が用を足していた間に深刻な話してるんですけど!?
というかドアの隙間から漏れ出てくる空気が重すぎるよ。寒冷地帯の小屋のすきま風の方がまだ温かく感じるほどだよ。俺あの中にいたら胃がつぶれるどころの騒ぎじゃない。ちょっと外に行ってた間になにが起きたの一体。
それより、メインの奴をパーティから外すの? まぁ確かによくわからん奴だし全力出してない感があるしパッとしないやつだったけどすげぇ貢献してくれてるぜ? 裏方支えるってめっちゃ大事だからな。
いや、それでもあのブレイブが嫌悪感を最大にして人をクビにさせるくらいなんだから相当の理由があるはず。耳を立てて聞き逃さないようにする。
「俺たちも魔王討伐に向け冒険しながら強くなっていった。だがおまえはどうだ。魔物の討伐でなにか役立つことをしたか? 支援魔法ばっかりで戦線に立たねぇし、術をかけたらあとは俺たちに守ってもらうだけ。いつになったら攻撃系の魔法を覚えるんだよ。お荷物としか言いようがねぇ」
……マジで言ってる?
待て待て待て待て。今のってブレイブが言ったんだよな。ブレイブ似の声をした俺の知らない面子がいるわけじゃないよな。攻撃系の魔法もなにも、あいつサポート主体の魔法に特化してるからお門違いにも程があるってのあいつ自身分かってなかったっけ。いつから脳筋特攻野郎になっちまったんだよ。
「そんな、僕たちは仲間だろ? どうして……」
俺もどうしてって聞きたい。逆によく昨日の今日まで言わなかったな。不満の隠し方上手すぎんだろ。
さすがにあんなわけわかんねぇ理由じゃ他のメンバーも反論はするでしょ。情に厚い格闘家のシルディアなら絶対反対するはず――。
「そうよ、あんたは足手まといなの」
シルディアさん!? ええなんでぇ!?
あんた一番お世話になってるよ!? あいつの支援魔法の効果お忘れでありませんこと?
いや、まぁ、ブレイブのガールフレンドということもあるし、ブレイブ側につくのもわからないわけないけどやっぱりわからねぇな。彼氏が間違っていることしてたらそれを正すのが彼女ってもんでしょうよ。反対も然りだ。
こうなればプリエラしかいない。元神官故の心優しさがあるし、それにメインとは両想いで婚約関係にある。だから2対2で議論が起きるはず。
「確かにメインさんのおかげでこれまでの冒険が順当でしたし、あなたの支援魔法には何度も助けていただきました」
そうそう、そうこなくっちゃ。
「ですが、私たちも"レベル"が上がり、使える魔法も増えました。あなたの使える"スキル"も支援魔法もこちらで大方網羅しております」
うんうん……おやぁ?
流れが不穏になったな。
「この先はさらに危険な旅が待ち構えていることでしょう。貴方の身を案じて、ここで別れた方があなたのためになるかと――」
「そんな回りくどいこといわずに、色目使う気持ち悪い無能だから早く出てけって言っちまえばいいだろ」
「は?」
ブレイブ……? 今のなにかの冗談か?
「ちょ、ちょっとブレイブ様」
嫌がっているもまんざらでもない声色だというのはドア越しでもわかった。おいこれ……もしかしなくともやっちまってないかあのふたり。プリエラのやつ、神に懺悔するだけじゃすまされなさそうだぞ。
「プリエラ……それは本当なのか」
ようやくメインの声が聞こえた。聞いたこともないような戸惑いの声に血の気が引く思いをする。
俺の予想が当たってりゃ、このパーティどろどろしすぎだろ。逆に言えば俺だけはぶられてる感じもするぞこれ。
「魔王討伐が終わったら結婚するって話も……嘘だったのか」
「あの件は……破棄させてください」
同時、バカみたいな男の哄笑が向こうの部屋で響き渡った。
嘘だろおい。嘘だと言ってくれ。俺が外で用を足してる間にパラレルワールドに転移したって言われても信じきれるくらいの事態だぞこれ。むしろどうして俺は今まで気付けなかった。
ていうか追い出す理由よ。なに支援系の魔術師じゃ役に立たないって。レベル低いとかスキルこちらで体得したからとか。いかにも今考えました感が満載なんですけど。それ建前にして気に食わないやつ無理矢理追い出したいだけとしか思えない。仮に支援魔法の修得が本当だとしても、わざわざ追い出す理由にはならねぇんじゃねぇのか。外れてほしい予想だが、異性関係が深く根付いているかもしれない。
思えばブレイブは酒飲むと女癖悪くなるし、そんでメインの奴は無駄にイケメンでミステリアスな雰囲気あるし優しい一面も何度か見たことあるからそりゃモテなくもない。嫉妬という理由もあるだろう。
シルディアもそうだが、プリエラもひときわ立つほどの美貌を兼ね備え、墜ちた男も後を絶たないエピソードがある。ブレイブが手を出すのも無理は……いやダメだろ人の女に手を出したら。
そもそも"レベル"とか"スキル"って何さ。何の水準? 何の技術? 俺の知らない単語がさも当然とあいつらの口から放たれていたんだけど。俺たちまだ若いんだしスキルやキャリアとかを論じられる立場にいないだろ。
「――とにかく、おまえみたいな役立たずはこのパーティにいらねーんだよ」
強い、というより偉そうな口調。ただただ辛辣以外の言葉が出てこない。
ギィ、と軋む音。メインがそのまま立ち去ろうとしたのだろう。しかしそれに不満があったのか、ブレイブが呼び止める。
「おい、そのまま出ていくつもりか。その荷物も有り金も全部置いていけ」
それは鬼。いや鬼でもまだ仁義を通すよ。
「……っ、わかったよ」
いや君も承諾しないで。
消沈してるだろうし、いろいろ葛藤した上でそういう一言しか出なかったんだろうし、悔しいのは分かるけどそこは反抗しなきゃダメだろ。勝ち目ないかもしれないけどここは怒ってもいいところだから。それでついた傷は決して恥なんかじゃないぞ。
「まぁさすがの俺も悪魔じゃねぇから、その魔法杖だけは持っていくことを許可してやる」
十分悪魔だよ。
「さっすがブレイブね、あたしだったら丸裸にして追い出すところだったわ」
「優しくて素敵です」
頭が痛い。胸糞が悪い。なんだこれ。頼むから茶番であってくれ。
俺が止めるべきなのはわかっている。こんなところでウジウジしてねぇで事情を聴けばいい。だけど、俺一人が出たところで状況が変わらない気がしてきた。そもそも、なんであの二人はブレイブの言う事を全肯定してるんだ?
洗脳? だとするならそういった類の魔法は俺が感知してるはずだ。それにそういったことをあいつができるなら、味方を多くするために俺にもかけるはず……まさか俺も追放されるわけじゃないよな。
「ひとつ言いたい。僕がいなくなったら、支援魔法の効果や物資の管理が――」
「うるっさいわね、そういったことも全部こっちでできるからもう用済みなの!」
「まぁそう言ってやるなシルディア」
「でもぉ」と甘ったれた声。
「こいつなりの親切心だろ。ま、無駄に過ぎねぇけどな。ほらさっさと出てけよ、俺は忙しいんだ」
少しの間の後、バンと勢いよく扉が開く。咄嗟にそこから離れた俺が目にしたのは、駆け出すメインの姿だった。俺の姿も目に入らなかったのか、黒い髪を揺らしては廊下を駆け抜け、外へと飛び出していった。
「お、おい!」
一瞬だけ見えた涙に、思わず口をつぐんでしまった。足元に沁みついた水滴が、この胸の内にどろりとした何かをへばりつかせた。
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※注意
ここまで読んでいただきありがとうございます。
拙作を読み、痛々しく感じたり体調や気分の不具合が生じましたら読むのをおやめになることを推奨いたします。その上で、拙作を楽しんでいただければ幸いです。
【人物】
・メイン・マズロー 物語の"主人公"。勇者パーティこと魔王討伐隊に推薦・選抜された魔術師。能力値を上げる付与・支援系魔法を得意とするが攻撃の類はできないらしい。パーティ編成後、プリエラとは両想いになって婚約を交わしたはずだった。黒髪青目。表情も乏しく口数の少ない18歳。
・ブレイブ・ロイド 第六期魔王討伐隊隊長(通称勇者)。剣と魔法の才に秀でる超人。勇者の証である逆三前趾足の印を右手の甲に有している。サブとは子どもの頃からの仲。王国コロシアム最年少優勝者。金髪赤目。せっかちで快活な20歳。
・プリエラ・ヒール 神官の務めを果たしていた治療師・召喚士。医術や治療系魔法以外にもゴーレムの召喚を得意とする。メインの恋人であり、治癒や回復以外の魔法を彼に教わっていた。青髪金目。心配性で世話焼きな17歳。
・シルディア・タンク 武の才に特化した女戦士(拳闘士)・調教師。総合格闘術のほか、魔導武術の達人。また二体までの魔物を使役できる。王国コロシアムの決勝でブレイブに敗北後、彼の恋人となる。褐色肌、橙髪緑目。気前が良くて好戦的な19歳。
・サブ・ライト 物語の語り手。大体の魔法に特化した大魔導士。ブレイブとは親友の仲。パーティの中でも博識と認められているが素性は粗い。メインの背中を押し、プリエラと両想いにさせた。緑髪紫目。ツッコみしがちな20歳。
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