7.ギルドにチンピラはつきもの


 いや、でも天涯孤独な少女のあんな救われたような笑顔を潰すのも気が引ける。ここでこの二人引き裂いたらどっちが魔王って話だ。


 どうにかして傷つかない形でメインに戻ってきてもらわねぇと。例えばレネも剣士として勇者パーティに同行する……絶対ダメだ。能力云々以前に、性の悦びを知ってしまったブレイブに汚されてしまう。生意気だけどよく見りゃ意外と結構可愛いしスタイルも悪くねぇから、絶対手を出すあいつ。それ以前にレネ自身の意思確認が必須だが。


「サブ、そういうことだから、僕のことは諦めてくれ」

「って勝手に結論付けんなよ!」


 けろっとした様子で立ち去ろうとする。というかさっきの発言、意訳すればプロポーズに近いからな。いやこの場合はどうなんだ。

 あいつは本当にレネをメンバーの一人にしか思ってない可能性も……それもそれで彼女側の気持ちを尊重してないことになるし、少なくともこんな余計なこと考えてる場合じゃねぇ。


「サブのこともいろいろ言ってしまったことは謝るが、僕は冒険者としてやっていくよ。僕に大義名分は向いてないし、荷が重かったんだ。だから今は穏便に暮らしたい」


 ちょっとこっちが反省してりゃ好き勝手言いやがって。穏便に暮らしたきゃ村で百姓やれよ! なんでちょっとの刺激欲しさに冒険者やるんだよ。

 いや、堪えろ。まだ攻撃的な性格でないだけマシだ。ねっちょりとした反撃喰らったときはかなり精神に来たけど。


「いや、テメっ、話は終わってねーぞ!」

「サブさんしつこいですよー。早く登録しにいこっ、メインさん」


 レネがメインの右腕にぴったりくっついて受付へと引っ張ろうとする。飼い主に懐くペットかよ、完全に惚れてるじゃねーか。なんかデジャヴ感じるぞこの光景。


「……メインさん?」

 様子がおかしいことに気が付くレネ。それもそのはず、メインの視線が俺たちに向けられていない。どこか遠くを見ているような。


「おい、聞いてるのか?」

 すると、レネから離れ、受付とは反対方向の通路へと駆けだした。


「っ、サブ、悪いがその話は後にしてくれ」

「ちょ、おいどこいくんだ!」

「ちょっとメインさん、待ってください!」


 レネに続き、俺も床を蹴る。

 幾人かの人の流れに逆らい、見失わないように追いかけた。


「"拡張認識エクス・センス"」

 立てた二本指に詠唱の振動を与え感知魔法を発動し、遠方の情報を五感で拾う。勇者パーティに属している以上、それ相応の高い能力は兼ね備えている。あいつなりになにか気配を察知したのなら、俺も何かしら気付くはずだが。

 ふと、視界の奥で壁の柱に集っている4人の屈強そうな男性冒険者を認識した。


「"展開設置ディーロック介視ジャックイン"」

 発動場所はメインの視覚。あいつの得た感覚の情報を不可逆的にこちらの視覚に共有する。効果は一秒も続かないが、あいつがどこを目的に走っているかが分かればいい。

 確認したところ、ピントが合ったのはやはりあの冒険者集団だ。そしてそいつらに追い詰められている20歳前後の少女が見えた。旅人の容姿だが赤い髪が目立っていたな。

「メインおまえ……」

 とんでもねぇ女好きじゃねぇか。どんだけマニアックな嗅覚を持ってるんだよ普通気づかねぇぞ。


「――おいおいこんだけ頼んでるのに断るのかよ。ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃねぇのか?」

「ひっ、やめてくださいっ」

「行く当てもないなら俺たちで可愛がってやるって話なんだぜ? 悪い話じゃねぇだろ」

「それでもあなたたちとは行きたくないんです」

「おーおー、嫌そうな顔も可愛いなおい。興奮しちゃったよ」


 おーおー、ちょっとした一大事が起きてるじゃねぇか。

 つーかあんなコッテコテのチンピラ存在してたの? あんなコッテコテのナンパの仕方存在してたの? 嘘でしょ? あそこの空間だけ時代が遅れてない? 誰か時空魔法かけた?

 いや、そんなふざけたこと言っている場合じゃない。放置すればあの少女にろくな未来はないだろう。俺は詳しいんだ。


「なぁいいだろちょっとくらい。俺たちといいことしようや」

「やっ、んんっ、放してくださいっ」

「へへっ、いい声で鳴くじゃねぇか。こりゃあ遊び甲斐がありそげぶゥ!?」


 案の定、先行していたメインが止めに入ったが、止め方よ。確認もなしに一人の男の頭部へ飛び蹴りしたぞ。おまえ魔術師だよな?


 見事にぶっ飛んだ男は長い通路を転がり滑って、奥の壁に激突した。身体能力上げる魔法でも付与しているのだろう。そんなことできるなら追い出される前にPRしておけよ。

 あいつ数十秒前まで穏便に暮らしたいとか言ってなかったっけ。自分から首突っ込んでるじゃん。矛盾の権化じゃん。人格いくつ入ってるの。


 まぁ目に入ってしまったもんは助けてしまうのがあいつの性なんだろうな。穏便とは正反対の性格じゃねーか。


「なんだテメェ! なにしやがる!」

「別に。邪魔だったから蹴っただけだが?」


 あっ、鼻につく人格が出てきた。素直に助けに来たとかいえないのかね。

 いやすっげぇな今のあおり攻撃、関係ない俺までイラッとしたよ。人の話遮って公共の場を走って飛び蹴り喰らわせておきながらよくそんな台詞を吐けたね。一周回って尊敬するよ。


「それよりも、いい齢した男4人で女の子を困らせるの恥ずかしくないのか?」

 逆に訊くけどいい齢した若者がおっさんらに喧嘩吹っ掛けるの恥ずかしくないのか?


「ンだとテメ――」

 先手必勝、といえば響きは良いけどあれは不意打ちだ。アッパーでひとり飛ばしては天井に激突。そのまま落下している間に殴りかかってきたチンピラBの攻撃をするりと避けつつエルボー。容赦なく20メートル近くある長い通路を吹き飛び、四回バウンドした後、壁に激突しては先ほど飛び蹴り喰らった人の横に仲良く倒れる。

 そう実況している間にいつのまにか残るチンピラCは彼の足元で倒れている。首にチョップでも喰らったのかな。魔法は何処へ。


「大丈夫か?」といわんばかりに赤髪の少女の方へと踵を返した瞬間にチンピラAが天井から落ちてきた。その間一秒足らず。あまりにも速い技の繰り出し、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。魔法で静かに片づけろや。眠らせる魔法使えただろおまえ。


「は、速すぎてわからなかった……メインさんやっぱりとても強いなぁ」

 惚れ惚れしてるレネを横目に、周囲の視線を見る。まぁ、一気にあいつに集まっているわな。このまま野次馬のふりでもしていよう。


 それにしても。何の偶然か、チンピラに絡まれる見知らぬ女の子を颯爽と助けるなんてそうそう巡ってこないだろ。俺も似た経験はなくはなかったけど、事後だったから手遅れだったな。助けようとしたけど拒絶されたし物投げつけられたし。あ、ちょっと泣きそう。


「あ、ありがとうございます」と妙齢な成人女性は腰を折って頭を下げる。

「怪我はないか?」

「は、はいぃ」

「じゃ、僕はこれで」とメインが立ち去ろうとしたとき。


「あっ、あの、お名前だけでも」

「メイン。通りすがりの魔術師さ」

 そのセリフ気に入ってるの? いや別になにも言わないけどさ。


「メインさん……」と赤髪の少女は惚けた様子。「あの、えっと、そのぉ、お時間さえ良ければこのあとお食事でも――あっ、わたしお金ないんだった」

「ちょうどよかった、これから夕飯にしようと思っていたから、一緒に食べないか。仲間もいるんだ」

「へ? そ、そんな、助けてもらった上にご馳走してもらうなんて」

「気にしなくていい。困ったときはお互い様だ」

「そ、それでは……お言葉に甘えさせていただきますぅ」


 そう言った彼女の目はメインしか映っていないように視えた。

「……えぇー」

 あれ惚れてるよな。一瞬で墜ちたやん。そうはならんやろ。


「なぁレネさん。ライバル現れたけど」

 と言っている間に彼女はメインの方へ向かって飛びついていた。さすがですとか何か言ってるけど、その一方で心なしかショックな表情を赤髪の少女は浮かべている。あいつの周りだけ催淫魔法でも展開されてるの?


 俺はすっかり伸びているチンピラ4人へとそれぞれ見やる。騒ぎに乗じてギルドの職員も駆けつけてくる。当然ながら、メインたちも声を掛けられていた。

 あいつは確かに強い。強いけど。

 追い出してよかったんじゃないかって時々思う。



―――――――――――――――――――――――――

【どうでもいい補足】

・この世界の夕食の時間帯は16~18時であり、平均的な就寝時間は遅くても20~21時とされています。

・ちなみに平均就業開始時間は9時~10時が多いですがそれよりも早い職場もあります。

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