8.世はまさに大追放時代
*
「いやぁ~助かりましたぁ。おなかも空いていたので本当に力が出なかったんですよぉ」
4人用のサークルテーブルに盛られた皿の数々を短い赤髪の少女は平らげ、椅子に寄りかかった。
ギルド集会所内部には酒場兼用の大きな食堂が二階にあった。夕食の時間帯に入りつつあるのか、少しずつ冒険者が入ってきてはにぎやかになってきていた。
その少女の名前はエリー・ユージュという。背丈は俺やメインより少し小さいくらいで、レネよりかは一回り大きい。旅人の服の布地を押し上げんばかりに大きな胸も目立つ。それに赤い髪も艶やかで、そこから覗く成人を迎えたと思える顔付きも端麗と表現できるほどに整っているから、チンピラが声をかけた理由もわからなくはない。
女性とはいえ、鍛えていたということは肉付きのいい体でわかるし、話す声はのんびりしてるも中性的だ。それもあって雰囲気としてどこか凛々しくも根はおっとりとしている印象を抱く。
なんでも、武器もお金もなく放浪して、空腹のままようやくこの町にたどり着いたらしい。ただ腕に自信はあるようで、獣型の魔物を何度か狩った経験のほか、ブレイブとシルディアがかつて参加した王都のコロシアムに出場していたらしい。その実力を生かして、冒険者ギルドに登録して生計を立てようとしたときにチンピラに絡まれたという。
あの後、チンピラたちは医療室に運ばれた。日ごろ迷惑行為をしている連中だったということもあり、受付や他の冒険者に感謝の言葉をメインは浴びていた。朝のいざこざから半日以上こいつと一緒にいるけど、びっくりするくらい都合良いことしか起きていない。背中に幸運の女神でもしがみついているとしか思えねぇな。
「あの、戦える経験あるならさっきチンピラに絡まれたときなんとかなってそうだと思いますけど」
我ながら失礼なことを言ってしまったことに気付く。それにレネが長い金髪と頭頂部の触覚みたいな毛を揺らし、秒でぴょんと反応することはわかっていた。揚げ足取りたいんだね君。
「サブさんわかってませんね! いくら狩人やコロシアムの剣闘士でもあんな屈強な男の人4人の相手は難しいですよ。男の人でもフルボッコですよ」
「そりゃそうだけどよ」
テーブルの対向線でじとりと見てくるも、俺は受け流した。手に取った黒麦パンにかじりつくが、妙な苦味が口の中に広がる。バターでもあればよかったが、そう簡単に入手できる代物でもないだろう。
「おなか一杯だったらなんとかなったかもしれませんね~」とのんびりとした声を出す。「でもあれはもう勝ち目ないと思いました。騎士道に倣って『くっ、殺せ!』と叫べなかったのが悔やまれます」
公共の施設でそんな物騒なこと叫ばなくてよかったと思うよ。君の尊厳は守られた。
「えっ、騎士様なんですか!?」とレネが身を乗り出して声を上げる。
「あっ」と言ったあたり、口が滑ったような感じだったな。「じ、じつはそうなんですよぉ」
「すごいすごい! まさかあの聖騎士団様ですか!?」
「いえ、そこらの領地の騎士と言いますか、雇われ兵と言いますか」としどろもどろに話す。冷や汗が目に見えて分かる。
「それでもかっこいいじゃないですか! 女性の騎士なんてそうそういないって聞きますし。ねっ、メインさん」
「ああ、その若さで国の為に戦おうとする姿勢は評価に値するだろう」
「なんでそう偉そうなんだよおまえはよ」と俺は足を組んでいるメインに返す。いや言われた当人も「にへへぇ」ってわかりやすく照れてるし。
「でも、騎士がなぜ冒険者になろうと?」
「えっ? えー……」と目を逸らしてあたふたし始める。返答に時間がかかるタイプか。
「サブさん! 困らせちゃダメですよ!」と反応が早いレネに叱られる。「それにしても、エリーさんも災難でしたね」
「あ、ごめんなさい」と遠慮気味に彼女はレネに口を割く。「そっちでなくてですね、ユージュって呼んでくれた方がなんというか、うれしいかもです」
「そうなんですね! わかりましたユージュさん」
そうレネは笑って柔軟に受け止める。なんというか、変なところにこだわるのも含めて、彼女は少しだけ変わってるな。
「いやぁそれにしても、あの4人をあっという間に倒したのはびっくりでしたぁ。満腹の私でもあんな速い動きもパワーもでませんよ~。メインさんたちっていったい何者なんですか?」と訊いて返す間もなく「あ!」と声を出す。
「もしかして勇者パーティの方々ですか!?」
「いや、違うが」
「俺を省くんじゃねぇ馬鹿。自分事で済ませるな」
ガン、とメインの頭頂部を杖で叩く。
「俺とこいつが勇者パーティの一員です」と親指で右隣に座るメインを指す。
当然、驚愕の反応をされる。今まではこの対応されるのが嬉しかったけど、今日の出来事を振り返ると複雑な気持ちになる。
「ええっ!? うっそ、本物ですかぁ!? 冗談のつもりだったのに」
適当な気持ちで初対面の人と話さないでください。
「いや、僕はそのパーティから追い出されて、これから冒険者になろうとしているところなんだ」
「メインさんも追放された……てことはあなたは悪い人――」
「じゃないですから! 連れ戻しに来たんですよ!」
同罪だとは思うけど。ふと気になったのか、レネが話す。
「あれ? ユージュさん、『メインさん
「あっ」と一言。再び冷や汗を流し、ユージュは目を泳がせる。そのまま骨付き肉へと手を伸ばしてはむはむと食べ始めた。いや話せよ。
「なにか事情でもあるのか?」とメイン。恩人の言葉には逆らえないのか、咀嚼し飲み込んだのち、気まずそうに苦笑する。
「……いやぁお恥ずかしい話、わたし騎士団から追放されちゃいまして」
「ええ!?」とレネが大きく驚く。いや、これには俺もびっくりして口をぽかんと開けちゃった。
何? 最近は追放がブームなの? シンプルに怖いわそれが流行してるって。この国不景気じゃん。
「そ……その理由をお聞きしても」と俺は言う。
「単純に戦力にならなかったからです」と頭をかいてあっさり返答。「そのうえ人よりよく食べましたから」
「お国の軍事機関でもそういうことはあるんですねぇ」とレネが椅子に背もたれ呟く。
「まぁわたしが悪いことはわかってますから。あっ、そこまで気にしてませんのでお気遣いなくー」
いやお気遣いなくと言われましても、過ちを理解してるならこの注文量も遠慮してほしかったです。人の金で容赦なく食べるじゃん。その胃袋に収納魔法でもかかってんの?
「でもさっきも言ったようにパワーにはほんとうに自信があるんですよー」
むん! と誇らしげに挙げた上腕二頭筋をパンパンと左手で叩く。話が本当なら戦える人間なのはわかるけど、力に自信あるのに戦力にならないって、個人と組織の認識のずれが大きいな。
「ただ勢い余ってよく物とか武器とか壊しちゃうんですよねー。それで一時期手甲で戦っていたくらい」
「す、素手ですか」と俺以外全肯定気質のレネもさすがに引き気味。
思ったよりとんでもない人だった。戦力外通告されたとにわかに信じがたいくらいだ。そんな人がチンピラ四人でひよっていたということは、相当空腹だったのだろう。知らんけど。
「だから戦いには自信があったんですけど、やっぱり男の騎士には敵わないです。まぁその、頭も悪いですし、ドジばっかりだったので。あと経費削減のために追い出されましたし……」と斜めへ目を逸らし、道中を思い出しているようだ。
「貯めてたお金もあっという間に食べ物になりまして、それでそこらの野草やキノコや魔物で食いつないでましたけど、やっぱり人が作る料理が一番ですね~」
野獣に片足突っ込んでないかこの人。レネの過去も相当ショックだったけど、この人の事情も聞いて別のベクトルでショックを受けたよ。
「それなら、僕たちのパーティに入らないか? こっちも人数がほしかったところなんだ」
「なんで入ってもねぇテメェが言うんだよ」スパァン、とメインの頭を叩く。
「ほんとですか!? よかったぁ~」と握った両手を、旅衣服を押し上げんばかりの豊満な胸の前に当て、ホッとする。「故郷も遠いし、闘うこと以外だと畑作しかやったことないから、このまま途方に暮れて餓死するんじゃないかって思っていたところなんですよ」
いや食い
「農婦の道もあったかと思いますけど」とユージュに訊いてみる。
「
合わなかったから追放されたのでは。いやそんなしっとりと誇らしい顔されても。一度自己分析と他者分析してもらった方が良いよ。
「さて、これで4人そろったな」とメインは頷く。
「勝手に俺を入れるんじゃねぇ。あとお前も冒険者になるんじゃねぇ」
「サブさんもしつこいですねー」
「そりゃお互い様だよ」と眉をひそめたレネに対し軽口をたたく。
「そういえばここに入った道中耳にしましたが、冒険者が受注するクエストって人数制限あるんですね。報酬が多いところは人数もそれなりに必要になるみたいですよ」
「それなら、もうひとりはほしいところだな」
「そうですね! 私の『冒険者こそこそ話メモ』によれば、一番稼げる人数は単独除いて4人らしいんですよね。もちろんランクが高ければそれに越したことはないのですが、受注できるクエストの平均報酬額と一人当たりに配当される分を平等に分けると、4人パーティが最も手当が多いです」
眼鏡をかけ、ポーチから手記を取り出してはテキパキと説明するレネ。そういう一面もあったのか。
「そうなんですか!」といいリアクションをし、目を輝かせて耳を傾けるユージュと、「ふむ」となぜか知的そうに振る舞って頷くメイン。
「ただ、同時に4は忌避される数字ですのでリスクは高いですし、そのため受注可能なクエストも多くはありませんけど、今年はなんと増加傾向にあると――」
ふと、こうして飯を囲んでがやがや話している様に仲間の姿を重ね合わせてしまう。一日も経ってすらいないのに、なぜか遠い記憶のように感じてしまう。それだけ、あいつらが遠い何かとして見てしまった自分にあるのだろう。
今日が悪い夢であってくれ。そう思うのは俺だけじゃないはず。メインの奴も、本当は望んでいなかった未来だ。だが、こうして賑やかで、互いの境遇を理解し合える仲間ができたら、戻ろうとなんて思うはずがない。
なぜ俺はここまでしてメインを連れ戻そうとしている。正直この半日で、思ったより変な奴だってのもわかったし、思ったより嫌な奴だということもわかった。加えて、ステータスというよくわからないパネルの情報によれば規格外の実力者らしく、それをドラゴンの単独討伐で証明している。
その戦力が魔王討伐に必要だからか。それもある。
でも、俺はそれ以上に。
2年以上も苦楽の旅を共にした仲間と、ずっと一緒にいたいだけかもしれねぇな。
「――ってサブさん! サーブーさんっ! 私の話聞いてます?」
テーブル越しで詰め寄ってくるレネにようやく気付く。ぼーっとしてた俺は笑みを向け、適当なことを返した。
「……あぁ、悪ぃ、賢い話だったもんで頭に入ってなかったわ」
「もー! 仮にも大魔導士ともあろう御方がなに言っちゃってんですか!」
「仮とは何だよ。こう見えていろいろすごいんだぜ俺は」
「そんなのメインさんに比べたら全然ですー!」
「僕を引き合いに出すなよ」
「あ、みなさんのステータスってどうなってますか? わたしはレベル48なんですけど」
「えっ、ユージュさん高い! 私35……」
「元気出せよ」
「だったらサブさんのステータス見せて下さい。それで元気出します」
「なんで俺の方が低い前提で言われるんだよ! つーかぜってぇ言わねぇからなあんな変な呪文!」
「べつに"ステータスオープン"って言うだけの話じゃないですか! あっ、ステータス出てきちゃった」
「それ音声認識かよ!」
「あっはは、にぎやかですね」
「やれやれ」
「いや『やれやれ』じゃないが。無駄にかっこつけた顔しやがって、レベル999だからって余裕醸してんじゃねぇぞ」
「いや、そういうつもりはなかったのだが」
「でぇぇっ!? 999!? それマジですかぁ!?」
「いやだからなんでみんなしてそのステータスやレベルに絶大な信頼を置いてるんだよ」
「やっぱりサブさんのレベル低いんだぁ」
「へっ、その挑発には乗らねぇぜ。弱みのひとつも知らねぇで揺さぶろうなんざ100年はえーよ」
「サブはゴーストや驚かされる類のものが苦手だぞ」
「のぁがッ!?」
「あ、わたしもですー」
「へぇ~、サブさんいい齢してかわいいとこあるじゃないですかぁ」
「メインテメェーっ!」
まるで今朝の出来事が嘘みたいに、その時間は楽しく、そしてあっという間だった。そして、メインがわずかに笑みを浮かべていたことに気付き、どこか安心する自分がいた。
もしかしたら、俺たちは一緒にいすぎたのかもしれない。そう思えば、この時間も楽になれるだろう。
少しの間だけでいい。時間が要るんだ、こいつも、俺も、そしてあいつらも。
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