12.さも当然の如く存在する奴隷市場

   *


 目を覚ませば壁に背もたれたまま一刻ほど眠っていたことに気付く。まだ痛むところは多いし気分も最悪だが、なんとか立てる。もう一本、ポーションを飲んでは魔力を取り込んだ。衣服も魔法で修繕し、血の汚れを落とす。

 魔笛の反応で起こされることもなかったから、ブレイブらは難なく突破したか、それとも……いや、それはないか。

 いまは水を飲みたい気分だ。朝食は町のどっかでパンや果物を買えばいい。


 メインたちは食材や装備を整えるために町を散策していることだろう。俺も探すついでに目についたものがあれば寄って買っていく。自然の力が溢れる大地も変わり映えのない景色ばかりだったが、発展した木組みと煉瓦の町も同じようなものだと、栄える町や人を見て思う。


 魔力を感知できる目を修得していることもあり、すぐに見つかった。あいつの潜在してる魔力多すぎだろ。町中に温泉でも湧き出ているのかと思ったほどだ。


 何食わぬ顔で合流する。いつも通りに接し、幸い怪我や疲労に気付かれることはなかった。竜の素材を売却して得られた資金でいろいろ買っては収納魔法に収めていた模様。そろそろ帰ろうとしていたときらしい。


 冒険者のメンバーはあとひとり欲しいところ。そんな話を彼らがしていたときに、嫌な空気が臭いから察知した。目を向けると、うっ、と息を詰まらせる。

 路地裏に似る薄暗い通路に張るテントの数々、そして鉄格子の檻。ここからでは布がかかっていて見えないが、立て看板にはひっそりとこう書いてあった。


「"奴隷市場"か」


 いやそんな商店街だなって言いぶりでとんでもないこと口にしないでメイン君。売ってるもの野菜や魚の類とはわけがちがうから。

 ここに住んでるレネはともかく、なんでこいつも当然のように受け入れてんの。というか今どき奴隷ビジネスやってるとこまだあったんだ。世界は広いなぁ、じゃねぇよこの国どうなってんだ。

 っていつもみたいにひねくれた屁理屈言へりくつごとを言えたらよかったけど、これに限っては俺も心当たりがある。


「おい、まさか買うわけじゃねぇよな」

 そんな俺の声は引きつっていた。

「冒険者として生計を立てるには人数が必要だからね、それになんだかかわいそうだろう」


 ダメだ、相変わらずこいつの思考回路についていけねぇ。いま会話のキャッチボールできてた?

 奴隷っていわば訳ありの人間を雇用しつづけるようなもんだから生計立てるどころか破産するだろ資産家でもない限り。つーかそこで需要と供給成り立たせたら奴隷業界の経済潤っちまうだろうが。


「わたしも一歩道を違えばここにたどり着いたかもしれませんね」

「ユージュさん、それは笑えません」と返す。明るい声で何ブラックジョーク挟んでるの。ジョークにすらなってねぇぞ。


「そもそも冒険者ギルドでメンバー募集の方がはるかにいいだろ」

「追い出されるリスクは減らしたいし、それなら契約して裏切らない奴隷が良いかと思うが」

「マジで言ってる?」

 平然と口にしたけど君本当に人間? 傷心してる気持ちは分かるけどそれを埋めるものを間違えてるぞ。奴隷に信頼性を求めないでくれ。


「レネはやめた方がいいって思うだろ」

 そう言い、レネを見る。期待は薄いがこの人だけでもまともな感性であってくれ。


「まぁメインさんの境遇を考えたら仕方ありませんよ。それに意外とメンバー募集かけても人って集まらないんですよね」

 それはPRの問題だろ。あぁこいつも追放された側だしメインに恩があるしドラゴン倒したっつー功績もあるからすっかり慕っちゃってるよ。


 というかいつの間にかメインは布をかいくぐって中に入ってるし。それについていかんとふたりも入る。しぶしぶ俺も周囲を確認しながらこっそり顔を覗かせ、そろりと踏み入れた。


「勘弁してくれよ……」

 この市場のエリアに入るだけで空気感がズンと重くなった。それに糞尿や獣の臭いがするし。メインはどんどん進んで物色しちゃってるし。仲間に裏切られた上に恋人取られると人ってここまで変わってしまうものなのか。口数少なかったけど気優しくて大人しい奴だったのにな。


 罪悪感が胸を押しつぶしてくる。檻の奥から覗く視線と合わせようものならこの身が固まってしまいそうだ。湿った土と雑草が混ざる石畳みだけを見つめて歩みを進める。ようやく腕を組むメインに追いついた。


「サブ、どういう人が良いと思う?」

「あぁ、100歩譲って買うとしても戦いに秀でた熟練者がいいだろうから……じゃねぇ! メイン、おまえの役目は冒険者としてのんびり過ごす……ってのもわけわかんねぇけどそうじゃなくて魔王を倒すことだろうが」


 両肩に手を置いて説得を試みる。まぁ薬も飲まねば身に響かずだが。

「サブの気持ちも嬉しいよ。でも、何度も言うようにあそこに僕の居場所はない。それにただの雑用係だったのはわかってるから」


 ああくっそ、こういうときだけ自己肯定感無駄に低いぞこいつ。ステータスの数字信じてるなら自信もつだろ普通。ドラゴン倒したときのあの鼻につく態度はどこいった。人格いくつ抱えてんだよ。

 体調がすぐれないのもあって、苛立ちが頭痛に変わっていく。


「おまえなぁ……」

「まぁまぁ、こんなところで話すことでもないですよ。人目もありますし……ねっ」

 レネが仲裁に入ってくる。また喧嘩でもしかねないと思ったのだろう。彼女の気遣いに免じて、わかったよと一言告げてはメインから離れた。ホッとした彼女の声を耳にする。


「人だけじゃなくて獣人とかも捕まっているんですね」とユージュはまじまじと見る。この人もどこかネジ一本ぶっこ抜けてるんだよな。


「つーか、こうして直接奴隷をみる日が来るなんてな。……早いとこ魔王を討伐しねぇと」

「やっぱり魔王と関係があるんですね」とレネ。まぁ、と俺は濁った空気を吸う。

 奴隷制度があるのも、魔王による影響だと思うと心が痛くなる。


「魔物は主に二種類存在しているのは知ってると思うけどよ、ひとつは生物として自然界に暮らしている天然種と、もうひとつは魔王から発生した危険度の高い合成種に分かれる」

「その合成型の魔物がいろんな場所で暴れてるんですよね」

「ああ、それによって住処を奪われて難民が出てきたり、食糧を求めて争いが増えたりしてるな。資源や資産が限られてる中で王国も最大限の対応はしているみたいだけどよ、それでも抜け漏れは発生するし、きたねぇビジネスを築く輩はどの時代にも湧き出てくる」


「それが奴隷市場……」

「国によっては奴隷制度が厳正に禁じられているとこもあるみたいだが、ここだとそれを取り締まる法はあってないようなものだ。暗黙の了解で一部の領主や貴族が許容しているのも胸糞悪い話でよ、罰するべきだろうが、王政が見てみぬふりをしているという話もちらほら聞くぜ」

「なんかそれを聞くとむかむかしてきますね」

「そうだな。事実、それを俺たちは恩恵と見て、物として今買おうとしているがな」

「うっ」と胸に刺さったような声をレネは漏らす。ため息交じりに話を続けた。


「最も、俺たち凡人はそういった情勢に一喜一憂して、正義感や不平不満を垂れたところでなにも変えられねぇよ。こちらの手が届く範囲でできることを考えるだけだな」

 そう、幸いにもこの手は元凶である魔王に届く。魔王討伐の任務が完了すれば、こういった泥沼も長い時を経て自然と消えていくだろう。


 なのに目も前のこいつときたら。

「ふむ。安いし能力もある。それに獣人族なら戦闘力にも特化しているな」


 お偉いさんのような顔しながらちゃっかり物として檻の中を見てるよこいつ。いや仮に討伐系のパーティに適しているとしてもその子まだ10代か20代かの女性だぜ? 価値観の違いだって種族と境遇とで大きく異なってくるだろ。まさかこいつの趣味じゃねぇよな?


 生傷絶えない柔そうな素肌を布きれ一枚を纏い、細い手足と首は鎖と枷で繋がれている。そのホライゾンブルーの髪を帯びる獣人族の少女は獣の耳と尾のみを生やす人獣型だ。せめて獣人型なら戦力にもなったろうが、こんな15歳程度の華奢な体躯では趣味の悪い人間でもない限り目を向けないだろう。目の前に趣味の悪い人間いるじゃねぇか。


「おまえ、名前は?」

 声はやさしいけどせめて腰落として目線合わせるとかあっただろ。奴隷相手でもおまえ呼ばわりはよくないって感覚をもつ俺がおかしいのか?


「おい、お客様の前だ、さっさと答えろ!」と奴隷商人のひとりが鉄の杖で檻をガンガン叩き、怒鳴りつける。まぁまぁと俺は思わず商人をなだめた。


「ひっ、り、リリス、です。リリス・フライリティ……と申します」

 琥珀色の瞳をにじませ、体をびくりと震わせる。その痛々しさに目も当てられず、ひどい頭痛と吐き気を覚える。これが世の現実の一片であるはずなのに、臆病で偽善的な俺は向かい合うことすら叶わない。


「こちらの商品は年齢15の獣人族猫獣系マオリー、今は弱っていますがデビルスマウンテン出身なので、過酷な地に対する適応力があるといわれています」

「それでもここまで安いのは? 10万程度の価格も変だと思うが」

 対応が常連のそれなんだけど。もしかして実家で何人か飼ってます?


「ええ、この通り病弱で、また種族以外で特筆するべき能力もないためです。瞳の色も青でなくアンバーですから、一族にも見放されたのでしょうね。獣人族は異なる色や特徴をもつ者を警戒する習性をもっていると聞きますから」

「……仲間から追い出されたのか」

「わたしたちといっしょですね、メインさん」

 全く一緒じゃないにしろ、その子も似た境遇か。偶然にしてもできすぎだろ。類は友を呼ぶというが、追放される類だとなんかいたたまれない気持ちになるな。


「この子を買わせてもらう」

「お買い上げありがとうございます」

 マジかよ。速攻で決めたなおい。傷舐め合うパーティでも作る気か。


「やめとけメイン。悪いことは言わねぇ。マジでやめとけ」

「大丈夫だよサブ。君もすぐに気に入る」

「そういう問題じゃねぇ!」

 という声も届かず。言うだけ言って受付に行ったし。

 墜ちるとこまで墜ちるなぁ。いや、それをなんだかんだ見過ごしてる俺も同類か。落とす肩は鉛のように重い。あぁ、今朝の小競り合いが原因だろうな。あまり声を張るのも体に響く。

 ブレイブたちのことも一苦労するが、こいつもこいつで相当厄介だぞ。悪意がないのが怖いくらいだ。


 手が付けられないのと、体の不調に耐えられず、いち早く外に出ていた俺は彼らの帰りを待っていた。そう時間も経たずして戻ってきた。メインはリリスという少女の手を繋いで連れてきたが、その手の甲には魔力的な紋章が刻まれていた。

「契約完了だな。よろしく頼むよ、リリス」

「はい、ご主人様」

 半ば怯えていなくもない。しっかり調教されていたのか、律儀にお辞儀する。

「契約してさっそくだが、僕のことはご主人様と言わないこと。僕は仲間として受け入れたい」と笑みをふと浮かべた。

「へ? で、ですが……」

「命令だ。僕のことメインと呼ぶように」

「……は、はい、メイン、様」

「自分のことを奴隷と思わなくていい。一人の人間として生きてほしい。これも命令。わかったか?」

「は、はい」とこくり頷く。

 いや奴隷として扱いたくなかったら契約解除しろよ。良いこと言ってる感じがするけど命令してる前提があるっての自覚してるかあいつ。


「リリスちゃん! 私のことはレネって呼んでね!」

「わたしはユージュといいます」

「レネ、様。ユージュ、様」

「じゃあまずはお風呂だね!」とレネはリリスの手をつなぐ。「そのあとはごはんにお洋服に……」

「レネさんせっかちですねぇ。まずはごはんですよ」

「それユージュさんが食べたいだけじゃないですか!」


 自分たちより年下の大人しい少女に女性陣は愛でる。当然ながら奴隷は困惑しているが、おびえている空気は薄らいだ気がした。

 ポジティブに見れば、ひとりの子の人生を救ったと思えばいいか。契約結んじまったものは仕方ねぇが……勇者パーティのメンバーが奴隷と契約したなんて知られたらどうなることか。いや、勇者パーティだからこそ許されてしまうかもしれないにしろ、俺たちの行動を世間が正当化してしまうのも問題だろう。


「サブ、なにか考え事か?」

「……なんでもねぇよ」と顔を逸らす。


 どんどんこいつの周りに仲間ができていくな。いやひとり仲間というには疑問があるが。しかも全員若い女性って。嫌なデジャヴが脳裏に沁みつく。

「では帰りましょー! ほら、リリスちゃん手繋ご?」

「おなかも空きましたしね~。あ、あそこにお肉屋さんがありますよ」

「さっき昼食済ませたじゃないですか!」

「買っていいんじゃないか。リリスもおなかが空いているだろう?」

「……はい」

「じゃあ買いましょう! 私買ってきますね。リリスちゃん、いこっか」


 より一層にぎやかになった彼らを、後ろから見る。

「俺はどうしたいんだろーな」

 そんな一言を思わずこぼす。やっぱり無理して動くのもよくなかったか、満身創痍で頭もろくに働かねぇ。

 前代未聞の内部崩壊を前に、まともな判断ができていないこともわかっている。結局ブレイブもメインも説得できてねぇ。こんな様子じゃ話し合いすら応じない。

 これまで喧嘩も多かった。勇者パーティとして選ばれる前だって、よくブレイブと喧嘩した。口だけじゃわからねぇから殴り合って、そんでまた笑い合って。今回もそういうもんだと思っていた俺が馬鹿だったんだろう。


 目的は魔王討伐だ。仲間全員じゃないと魔王を倒せないという確信はあるのにその根拠が見当たらない以上、自分の思い込みとして今は済ませておくしかないだろう。

 もっと合理的に考えろ。俺の願いよりも、国の、そしてあの人の未来だ。


「なぁメイン」

 彼らを呼び止める。全員が振り返り、メインは口を開く。

「どうした」

 躊躇いはある。でも、バカな俺の頭じゃこの道以外思いつかねぇよ。

「……俺も冒険者ギルドに入るよ」

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