10.勇者のくせに性悪だ
*
あれは悪い夢だったんじゃないか。
一晩経って微かに望んだ希望はあっけなく砕けた。
宿を取った俺は夜明けに町を出、短時間しか使えない飛行魔法を繰り返し駆使し空からブレイブたちを探した。勇者パーティの出発は早い。移動する前に見つかればと思ったが、探知魔法により想定より早く達成された。だけど、俺の知る彼らじゃなかった。言動といい振る舞いが昨日と一緒だった。
透過魔法を発動し、降り立っては彼らの様子を観察する。様々な花を咲かせる大樹の根元にぽつんとひとつの張った拠点から、半裸の男女が出てきた。さぞかし昨夜はお楽しみだったか。
ていうか装備とか随分ボロボロじゃねーか。感知した魔力もいつもより消耗しているし、あいつらも疲労が取れていないように見える。そりゃあ盛っていたら取れる疲れも取れない、だけではなさそうだ。
俺の魔法だけでああなったとも考えにくいし、プリエラがいるから回復は問題ないはずだけど。
それは会話を盗み聞きして理由を知った。昨日は大変な目に遭っていたようだ。
あの廃墟の北北西は"ノームの沼地"だったな。そこにあるダンジョンに魔王の痕跡となる情報があったから、それを手がかりに魔王の行き先や居場所を割り出せると二日前の俺たちは履んでいた。あいつらはそこを抜けた先の大樹で拠点を張っていたが、魔王の手がかりが見つからなかったどころかダンジョンにさえ辿りつけなかったらしい。
迷いの大湿原の噂は本当だったか、でもそういう類の森や洞窟はこれまでにも経験済みだ。耳を疑う話だが、彼らの口ぶりを耳にする限り、本当にうまくいかなかったようだ。
深い霧で道に迷うわ、魔物もやけに強いわ、肉体や魔法のコンディションも不調だったわと愚痴ばっかり言っていた。滅多になかった魔力切れも起き、苦戦を強いられたそうだ。
メインの支援魔法でいろいろ救われた部分はあったが、あいついないだけでここまで悪影響を及ぼしているとは思いもしなかった。ただの厄日に過ぎないだろうと思いたいが、偶然にしてはやけに重なっているな。
ここでおかしいと気づけるならよかったが、それでもメインに関しては口をそろえて「いなくなって清々した」だし、むしろ俺がいなかったから苦労したと陰口を言われる始末。悪口いうなら本人に正面から言うタイプの馬鹿だったが、親友や仲間の嫌な部分を見てしまった俺は極力感情を殺すように、拠点の布一枚越しで息をひそめ続けた。
「にしてもサブの奴がキレたのは納得いかねぇ。おまけにどっかいっちまったし」
「あんなやつ知りません。ブレイブ様を傷つけたのですから」
「おまえは本当に優しいな、プリエラ」
旅支度を済ませた頃、そんなやりとりを目にした。ブレイブは片腕を回してぎゅっとプリエラを抱きしめる。
「もう、プリエラばっかりずるいー! ブレイブぅ、あたしのことは?」
「ああ、おまえも大好きだぜ、シルディア」と言ってはキスをした。それに嫉妬したプリエラをなだめるように、唇で言葉を塞いだ。
吐き気がするな。メインの方もこうならないでほしいと願うばかりだ。……女性陣がこうなりかけているからリーチ引いているのは確かだな。
にしても、なんであんな簡単にデレデレに惚れるの? あいつら二組付き合ってはいたけど前までこんな現象無かったよな。
まさか俺の知らない間に媚薬使った? そういう類のやつ連日で使用すると胃腸が荒れたりジストニアが起きたりするからマジでやめてほしいんだけど。勇者パーティの死因が媚薬の摂取過剰なんて絶対嫌だからな。
「ま、仮にサブがいなくても俺が強くなればいいって話だ」
「さすがブレイブ! あたしの愛する男はこうでなくっちゃ」
「私たちのブレイブ様です。抜け駆けはダメですよシルディアさん」
見てられねぇ。早いところ話を済まそう。
「あら、ブレイブ様……あれって」
透過魔法を解除し、勇者パーティの往く草の道の前に立ちふさがる。一瞬の硬直の後、最初に飛んできたのは案の定怒声だった。
「サブ! 探したんだぞテメェ!」
「昨日はよくもやってくれたわね!」
「そのことについては謝る。俺も冷静じゃなかった」
と、深く頭を下げる。咄嗟のことだと捉えたのか、ブレイブとシルディアは口をつぐんだ。
「意外と素直に謝るのですね」とプリエラ。
「どうするブレイブ?」
「許してやれよ。嫉妬で怒りたくなる気持ちはわかるからな」
癪に障る言い方しやがって。だが驚くほどすんなり許したな。このあと靴を舐めろとか言ってこねぇよな。変な気を起こす前に、顔を上げてこちらから話題を繰り出す。
「その詫びと言っちゃなんだけど、昨日の間に良い情報を仕入れてきた」
「へぇ、どんな?」
「聖剣の在処に関する情報だ。知ってるだろ、一期のアーサー・クラウンが魔王討伐に使った聖剣。あれがミフェン山脈の神殿にあると分かったそうだ。飛空艇や馬車も、近くにあるニーアの町の冒険者ギルドから貸し出せる」
「その場所は?」とシルディア。
「ここを南にいけばその町にたどり着く」
「やるじゃねぇか! そりゃいい情報だ」とブレイブは顔を明るくする。
「ただ、そのためには勇者の申請が要るんだ。それと、5人の人員がいないと許可が下りない。そこで……ブレイブ、俺からの頼みを聴いてくれるか」
「おう、なんだよ改まって。条件付きとはおまえらしくねぇな。あ、やっぱり女がほしくなっ――」
「メイン・マズローをもう一度パーティに入れてくれ。お願いだ」
静寂。気のいいブレイブの笑顔が固まったかと思いきや、一気に醜く歪んだ。
「……はぁ?」
その豹変ぶりに悪寒が走る。まるで憑りつかれたかのような。そして侮蔑の笑みが漏れる。
「おいおいおいおいおぉい。ちょーっと俺も耳が悪くなったみたいだなぁ。なんていったんだ今」
「メインの奴を勇者パーティに加入させ――」
「あんた馬鹿ぁ?」とシルディアが口を挟む。「あんな役立たずをなんでまた仲間にすんのよ。やっぱりあの場にいなかったから理由分かってないの?」
「いや、一部始終聞かせてもらった。だけどおまえらの勘違いだ。あいつの支援魔法のおかげで、難なく魔物を倒し続け、効率的に強くなれた。俺たちが思っている以上にあいつの恩恵にあずかっている。それにメインはちゃんと攻撃魔法が使える。支援魔法使っていると発動できないみたいだが、攻撃に回ったらドラゴンを倒せるレベルだ。俺もこの目でちゃんと見た。今までそういうことを報告しなかったあいつにも問題はあるけどよ、もう一度考え直してもいいんじゃ――」
ズズゥン、と地鳴り。
それを引き起こしたのは紛れもない、ブレイブが地面へ振るった剣だ。俺の左側に刻まれた大地の切れ込みは、おそらく背後の沼地一帯を横断していることだろう。
一振りで地面を割ったか。
「これでも、あいつの魔法のおかげだと?」
「あいつがいればこれ以上の強さになれる」
驚異的な膂力。だが、それだけだ。おまえの自慢の腕力だけじゃ魔王には通用しない。
魔王は俺たちの想像を凌駕する。これまで第一期除く4つの勇者パーティが出陣してすべて討伐失敗に終わっているんだ。だけど着実に追い詰めている。俺たちがその先人たちの想いを叶えなきゃ、弔えねぇだろうがよ。
「バカバカしいわ。強くなれたのはブレイブ自身のおかげでしょ」とシルディア。プリエラもそれに続いて口を開く。
「サブ、あなた寝ぼけているのですか? それにドラゴンがここらにいる話だなんて聞いたこともありませんし、ましてや魔術師だけで狩れるはずがありません」
「あぁ、にわかには信じられねぇだろうな、俺もそう思ってたよ。最悪それ信じなくても結構だけどよ、あいつがいなくなってからたった一日だけでもいろいろ不便あっただろ。それに戦いにくかったはずだ。現におまえらひどい目に遭ってるじゃねーか」
「それはこのフィールドの魔物が強くなっているだけよ」
「違う。支援魔法がなかったからだ。お得意の戦闘分析はどうしたんだよシルディア。なんでもかんでもその馬鹿力だけで切り拓けるほど戦いは甘くないって、おまえブレイブに説いてたじゃねーか」
「だからぁ、支援魔法に頼るほどあたしらは落ちぶれてないってーの!」
話の分からねぇやつだな。なにをそこまで我を通そうとしているのかが理解できねぇ。プライド高くなるとこうも人は盲目になるのか。
「そもそもよ、こんな目に遭っているのはおまえがいなかったからだろ、サブ」
「……かもな。けどそれだけじゃねぇよ」
「これでも俺はお前のこと仲間だと見てんだぜ? 俺の仲間ならさぁ、それ以上仲間じゃねぇやつのこと口出すなよ」
埒が明かねぇ。話すほど話が通じない現実ばかりが押しかかってくる。俺にもっと説得できるだけの交渉力があれば、なんてどうにもならない後悔を覚える。
俺は潔く腰を折り、頭を下げた。
「……この通りだ」
話を切るかのように静かになる。最初に返ってきたのは鼻で笑う声だった。
「そこまでお願いするんだったらよぉ、あいつを連れてきて謝らせろよ」
「そうね、私たちの足を引っ張ってきたんだから当然ね」
「確かにあのとき謝罪の一言もありませんでしたね」
冗談じゃねぇよ。こいつら底抜けの馬鹿じゃねぇか。
知能を著しく下げる何かが働いてんのか? あの拠点で食べたものに問題があったか? あの森の中でそういった類の魔法にかかったか? いや、思いつかねぇ。そもそもこういう魔法の類は俺が既に察知しているはずだ。見逃していてもメインやプリエラが気付くはずだろう。
じゃあ目の前のこいつらをどう説明する。こんなスイッチが切り替わるように人って替わるのかよ。
「っ、なんでそこまであいつを嫌うんだよ! いやムカつくところはめちゃくちゃ多いけど、そういう感情論で追い出すほどの話か!? 俺たちはこの国や王に魔王討伐を任命された――」
「だからそれの役に立たねぇ邪魔者を捨てたんだろ」
ふと、こいつの左手がきらりと光った。左手の薬指。指輪だ。
「……」
あぁ、そうだったな。俺はわかっていたつもりだったが、無意識に目の前の事実を否定していたようだ。
メインが無能でも有能でも、こいつらにとっては邪魔者であることに変わりねぇんだ。色恋沙汰ひとつで組織や国が転覆する話なんざ歴史を顧みればいくらでもある。正当化して、それがすべてだと思い込んで、結果に表れる。こんなちっぽけなチームの中でも発生するのも当然と言えば当然か。
こっちはそういうの押し殺して使命を果たそうとしてんのに、こいつらは盛り合うだけじゃ飽きたりず独占せんと仲間を追い出した。
「随分あのゴミのことを肩に持つのですね」
「……ゴミっつったか、プリエラ」
「ええ。間違いではないでしょう。大したことない戦闘のサポートだけで勇者パーティを名乗るのもおこがましい話です。私でさえ、戦線に立って皆様と共に戦っているのですよ。その上、士気も下げるような人間は害になると思いませんか?」
淡々と口を動かす彼女の目は人を見るそれではなかった。そもそも、こいつがブレイブに
草花が揺蕩う優しい風が肌を撫でる。まるでなだめられているようで、それがさらに腹を立たせる。
「元恋人なのに容赦ねぇな。女ってのはつくづく怖い生き物だぜ」
「関係ありませんでしょう。今でもあんなゴミと関わりがあったかと思うと気分を害しますので、それ以上言及しないでください。そういうデリカシーのなさがあるから、ろくにあなたを慰める恋人もいないのではありませんか?」
ふー……、と息を吐く。安い挑発だ。乗るな。
だが、大人げない俺は嫌味までは抑えられない。
「婚約相手をフッて別の男に乗り換える尻の軽い女がよく言うぜ、それでよく神官が務まったもんだ。あいつの宗教は俺たちと同じだったはずだろ。それともあれか、さぞかし勇者様の逞しい体が魅力的だったか。その清楚ぶっている服の下にどれだけのキスマークがついてるかと思うと反吐が出そうだ」
すると彼女の前にブレイブが出てくる。その瞳には微かに怒りが含まれていた。
「サブ。いくらおまえでも俺の女を馬鹿にするのはいただけねぇな」
「事実と率直な感想を言ったまでだ。夜な夜な盛っている暇があんなら武器をしっかり磨けっつー話だ。魔王討伐隊だからって自惚れが過ぎるんじゃ――」
腹部に重い衝撃。全身に電撃が走ったような激痛に、意識が明滅する。
「……ッ!?」
気が付いたときには地面に倒れていた。朝露で湿った草が肌を濡らす。
野郎……っ、マジで殴りやがった。
「俺は勇者なんだぞ。魔術師の一人や二人いないくらいで弱くなるほど落ちぶれちゃいねぇ」
腕を立て、膝を立て、起き上がる。潰れた肺を膨らまして戻すように何度も咳き込む。
あえて、俺は笑う。こいつの思い通りにならねぇと意地を張った。
「ガハッ、あ゛ぁ……効くかよそんなへなちょこパンチ。ガキの頃の方がまだ痛かったぜ」
「そうかよ」と一言を耳にしたとき。
何が起きたのかわからなかった。
俺がこの一瞬で体の何か所も殴られ、首から側頭部にかけて重い蹴りを入れられてぶっ飛んだことを、激痛と麻痺した体が教えてくれた。
一撃一撃が重い。皮膚上の防護魔法と肉体の硬化魔法を施しても尚、衝撃は臓腑と骨にまで強く伝わった。
草と土の臭いがする。でも口の中は鉄の味で一杯だ。視界も赤いしぼやけてるし、片方視えねぇし。骨折れてるなこれ。内臓も一部潰れてるかもな。痛すぎて体中が熱い。
あぁ、やべぇ。
意識、途切れそうだ。
「もーブレイブったらやりすぎだって~」とシルディアの声が少しの距離の先で聞こえる。それにプリエラが続いた。
「でも、私のために怒ってくれて嬉しいです。やっぱり私、ブレイブ様が好きです」
「んなことより、サブに案内してもらわねぇとな。聖剣があれば魔王討伐も楽になるだろ」
「そうね、これでブレイブがもっと強くなったら敵なしよ!」
「当然だ。さっさと魔王なんか倒して、早く王都に帰って王女とお会いしてぇもんだ。上手くいきゃあの女も俺のものになるだろ」
「も~ブレイブったら、あたしらがいるってのに満足してないの?」
「おまえらだけじゃ体もたねぇだろ? 昨日も先にへばってただの穴になるしよ。ふたりのためにも言ってるんだぜ俺は」
「でも、勇者様と王女様はお似合いだと思います。私は、ブレイブ様の傍にいられるだけで幸せですから」
「あー早くあの上玉を堪能してぇ」
「――今なんつった」
すべての細胞が爆ぜたような。すべての肉が、骨が、怒りを叫んでいる。
纏うは電光。全身をただ一点へと駆け、この拳に乗せる感情の全てを、クソ野郎の顔面に浴びせた。
気持ちが良いほどにそいつは感電しながら宙を舞い、壁の如き大樹の堅牢な幹に体をめり込ませてはそのままぬかるんだ土へと落ちた。
「ブレイブ様!?」
駆けつけていった二人はブレイブを介抱する。
殴りごたえはあったが、こっちの拳が痛くなるほどにあいつの顔面は硬かった。脳や神経にまで電撃が達したはずだが、焼き切れないどころか失神しないあたりさすがと言ったところか。勇者ならではの頑丈さか、のたうち回りながらすぐに起き上がった。
「がぁ、こぁ……かはぁ、あ゛ぁ! い゛っっっでェクソが! んだよこれ――あ゛あ゛ァ痛ェ畜生!」
「まさか雷魔法の付与……っ」
「待ってください、いま回復いたしますから」
「――"
唱え、神官の回復系魔法の発動を阻害する。短時間かつひとつの魔力チャネルしか麻痺できねぇが、すぐに決着つけるなら問題ない。
「おい、早く治せ。なにグズグズしてんだ」と男が苛立つほどに神官は青ざめ、焦りを覚える。
「どうして……魔法が上手く機能しない……!?」
「もういい」と神官を突き飛ばす勇者の皮を被った何かは、目から流れる血に構わず俺の前に発つ。
よくわかったぜ。
おまえは断じて勇者じゃねェ。おまえが魔王を倒すべきじゃねェ。
おまえは絶対に"王女"に会わせちゃならねェ存在だ。
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