第33話 戦闘準備
家令のセバスチャンに「三百隻以上の宇宙海賊が迫っている」と教えたら、彼は魂の抜けた顔になり、五秒ほど固まってしまった。
「こ、降伏しましょう!」
「馬鹿。イニティウム要塞には、商人たちが命を懸けて運んできた貨物が沢山あるんだぞ。七十時間で全て持ち出せるものか。降伏したら、海賊が我が物顔でそれを荒らすんだぞ」
「戦力が違いすぎます! 守り切れませんよ!」
「数の上ではな。なぁに、相手はしょせん宇宙海賊。古い軍艦の寄せ集めだろう。こっちは改造しまくったテセウス級戦艦と、イグナイトの戦艦三隻。コーネイン重工の最新型駆逐艦六隻。質は圧倒的に上だ」
「し、しかし……」
「なにより。指揮するのは、この私だぞ?」
セリカは不敵な笑いをセバスチャンに向ける。演技ではない。自然に浮かんできた笑みだ。
それを見たセバスチャンは覚悟を決めた顔になる。
「戦闘が始まったら通信障害が起きて、領民たちが混乱すると思う。セバスチャンはここに残って、その対処をしてくれ」
「承知しました。セリカ様もアリスデルさんも、お気をつけて。ご武運を!」
セリカとアリスデルは、衛星軌道で待機していた旗艦ハイパーグランパに乗り込む。そしてイニティウム要塞空域で艦隊と合流。
「ブリジット。宇宙海賊は領地の内側に直接ワープアウトするのを狙ってくると思う。お前の意見を聞きたい」
「はい。私も同意見です。セオリーと違いますが、ここまで戦力差があれば、強引にねじ込むのも手の一つです。そして海賊というのは短気と相場が決まっています」
「専門家のお墨付きをもらえて心強い。では領地全域にワープジャマー装置を展開。六十時間後に起動しろ」
空間を越えて移動できるワープだが、人間が作ったものである以上、能力に限界がある。
まず、一度に移動できる距離が限られている。ワープ装置の性能によって変わるが、いずれにせよ銀河の端から端まで一気に移動できるようになるのは、遠い未来の話だろう。
そしてワープアウトする位置も、設定した座標からいくらかズレてしまう。だから、あまり星の近くに設定すると、最悪、地中に埋まってしまう。
どんなに綺麗な陣形でワープを開始しても、通常宇宙に復帰する際にバラバラになる。
輸送船の集団なら少しのズレは問題にならない。
が、軍艦の場合、乱れた陣形を敵に狙われたら、致命傷になりかねない。よって、敵陣に直接ワープアウトするのは避けるべきというのがセオリーだ。
ところが今回の戦いは、戦力が三十倍も違う。宇宙海賊からすれば、陣形が少しばかり乱れていようと、力押しで十分に勝てる。
セリカにとって一番怖いのは、海賊が領地本星の近くに現われ、艦砲を地表に向けることだ。領民を人質に取られたら、どうしようもない。
それを防ぐのがワープジャマー装置。
名前の通りワープを妨害するものだ。バッテリーが長持ちしないので常時展開はできないが、敵が約七十時間後に来ると分かっている今なら、有効な盾になる。
セリカは領地の外縁部に、一カ所だけジャマーの濃度が低いポイントを作るよう指示した。もし宇宙海賊がこちらの予想通り、領地の内側にワープアウトの座標を指定してきたら、弾かれてそのポイントに現われる。
とはいえ、海賊が思ったよりも慎重な奴らで、セオリーに従って領外で陣形を整えてから攻めてくる可能性だって残っている。
そうなったら、こちらの対応はどうしても遅れてしまう。
敵が短気なのを願い、セリカたちは七十時間を過ごした。
「大質量のワープアウトを確認! 推定、約三百……五十隻! ジャマーに弾かれて、こちらが指定したポイントに現れました!」
ハイパーグランパのレーダー管制官が興奮した声を上げた。
「よし! 賭けに勝ったぞ。こちらのワープ装置は準備できているな? 逆に向こうはしばらくワープできない。ジャマー解除! 全艦、敵艦隊の後方に移動したのち、ジャマーを再起動せよ!」
セリカの号令と共に、十隻全てが領地内の短距離ワープを敢行。
数秒のワープ空間の旅を終えて、宇宙海賊の尻を射程にとらえる。
「超重力砲、敵陣形のド真ん中にぶち込め! 同時に全艦、主砲斉射三連! 撃てぇっ!」
セリカたちの艦隊は、ワープの弊害からお世辞にも整った陣形ではなかった。それでも敵の背後を取る利点は大きい。海賊に向かって渾身の砲撃を撃ち込み、二十隻近くを爆沈させるのに成功した。
理想的な開戦。もしお互いの数が同程度なら、この時点で決着がついている。
しかし数の差は三十倍以上。そして戦いは始まったばかり。
ハイパーグランパが激しく揺れた。
エネルギーシールドに敵のビームが当たったのだ。
「か、海賊の三割がすでにこちらを向いています! どうやら我々がワープする以前から回頭を開始していたようです!」
「ふん。こっちが後ろに来るのを読んだか。海賊の割に知恵が回るじゃないか。いいだろう。相手してやる」
セリカは自信たっぷりに語る。
実際は、恐怖もあった。自分一人だけなら余裕で生き延びる自信がある。だが艦隊や領民に被害を出さず、三十倍の敵を退けねばならないのだ。
肩に乗っているものが重い。
そのとき。隣の椅子に座っていたアリスデルが、そっとセリカの肩に手を添えてくれた。それだけで、なにもかもが一気に軽くなった気がした。
「……ありがとう、アリスデル」
「いえいえ。マスターのお世話が私の仕事ですから。さあ、存分に暴れてくださいな。あ、私はここに残りますよ。ドラゴンの私は体が大きいので、被弾しちゃいそうですからね。それに、ドラゴンが宇宙海賊を退けたというより、マスターとその教え子だけでやったほうが英雄譚になりますからね」
「ふん。お前は楽をしたいだけだろう」
セリカとアリスデルは微笑み合い、頷き合う。
「私の宇宙用ユニットの修理は終わっているな? よし! 艦長、申し訳ないが、しばらく艦隊全体の指揮を頼む。私は敵陣に突撃する。ブリジット、お前も来い!」
いずれ、宇宙用ユニットを装備した魔法師が軍艦を翻弄する。そう予測していた戦術家はセリカ以外にもいた。
しかし、この日。彼らの予測を上回る威力で、宇宙用ユニットはデビューを飾った。
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