第34話 宇宙戦闘
ハイパーグランパに新設したカタパルトから、宇宙用ユニットを装備したセリカが射出される。
滑走路を抜けて宇宙空間に飛び出すと、味方の艦影が後ろに猛スピードで遠ざかっていく。だが、周りを包む星々の位置は変わらない。セリカはふと子供の頃を思い出す。夜に車に乗っていると、周りの景色は流れていくのに月は離れずついてくるので、とても不思議だった。
遠くにあるものほど、こちらが動いても同じように見える。
あれら何百光年も離れた星々に追いつくのは、セリカといえどワープ装置がなければ不可能だ。
しかし、このちりばめられた光の中に、手を伸ばせば届くものがある。
海賊船である。
ハイパーグランパから発進したときはただの点にしか見えなかったそれらだが、今は船だと分かるほど大きくなっている。
「セリカ先生、待ってください！」
「遅いぞ、ブリジット。私もお前も、宇宙用ユニットでの実戦は初陣だ。二人一組で行く。離れるなよ」
「はいっ！」
ブリジットは元気よく返事する。セリカは教師だった頃を思い出した。
「それにしても敵は艦隊ばかり狙って、私たちに撃ってこないな」
「見えてないんでしょうね。まさか宇宙空間に人間サイズの標的があるなんて、想定してないでしょうから」
「索敵が甘い奴らめ。こっそり近づけるのはいいが、攻撃を引きつけないと味方がやられてしまう。どれどれ、これなら気づいてくれるかな？」
セリカは重力制御装置の出力を上げる。
これで敵のレーダーに異常重力場として探知されたはずだ。
敵の通信量が一気に増えた。暗号化されているので聞き取れないが、混乱は伝わってくる。
「重力場があるのに船が見えないので、驚いちゃったんでしょうね」
「光学観測できなくても、とりあえずは……ほら撃ってきた！」
粒子ビームが轟音を上げて迫ってくる。
とはいえ、宇宙は真空なので音が伝わってくるはずがない。この轟音は、攻撃されたと知らせるために宇宙用ユニットが流している人工の音だ。
セリカとブリジットは砲撃を回避しながら、一隻の戦艦の真下に回り込む。真下といっても十数キロ離れているが、宇宙の感覚ではすぐ近くだ。
「あれを狙うぞ。外すなよ！」
「こ、この距離から攻撃魔法を使うなんて初めてです！」
セリカとブリジットの手には、身の丈ほどもある杖が握られている。
これもイーノックが送ってきた魔導兵器の試作だ。
一般的な魔導兵器に求められる機能として、魔法発動までの時間短縮や、魔力の収縮、あるいは拡散などが挙げられる。宇宙での戦闘は、お互いの距離が遠い。よってこの杖は『とにかく魔法を遠くまで飛ばすこと』に特化して設計されている。
二人は杖を構え、その先端から魔力の塊を発射した。
セリカの魔力は黄金の光となり、戦艦後部にある重力エンジンを貫く。ブリジットの魔力は中央の装甲に穴を開けてから爆破魔法として発動し、内部から破壊していく。
「凄い……この距離でも当たりました……杖の補正、凄いですね！」
「このくらいなら機械に頼らずに命中させろ。まあ、イーノックが送ってきた杖が優れものなのは否定しないけどな」
セリカは杖がなくても当てられるし貫ける。が、杖を使ったほうが楽できるのは確かだ。そしてなにより格好いい。とても気にいった。
「少なくとも私とお前なら、宇宙でも戦艦を破壊できるだけの魔法を出せると分かった。大きな収穫だ」
そしてセリカとブリジットは次の獲物に襲い掛かる。今度は戦艦より一回り小さい巡洋艦サイズだ。
敵の顔が見えるくらい艦橋に近づいてやった。窓の奥に柄の悪そうな奴らがいる。
セリカは杖の先から、刃渡り百メートルを超える光の剣を伸ばし、艦橋に叩きつけた。そのまま船体を斬り裂き穴を開け、そこにブリジットが追撃を放って撃沈させる。
五隻目を爆破させた辺りで、海賊たちは、二人の魔法師が船を沈めて回っていると気づいたらしい。積極的にセリカたちにビームと機銃を向けてきた。
「いいぞ。これで味方の艦隊が少しは楽できる」
「しかし、軍艦同士で戦っているときは気にしてませんでしたが……こんなにも小回りが効かないものなんですね。簡単に翻弄できます」
ブリジットの言葉通り、敵はこちらに狙いを定めるのさえままならない様子だ。
「私も驚いている。敵が不慣れとはいえ、これでは射撃の的を撃っているのと同じだな。弱い者いじめをしている気分だ……いや、待て。いくつか動きの速いのがいるぞ」
宇宙海賊など中古の軍艦の寄せ集め。
そのイメージは正しく、これまでセリカたちが破壊してきたのは、退役寸前のオンボロばかりだった。
しかし中には、ハイパーグランパに匹敵する速度で動き、こちらに狙いを定めてくる戦艦がいた。
無論、いくら速いといっても、ほかの船に比べての話だ。セリカたちには敵わない。一気に接近して撃沈してやる。
その際セリカは、エンジンが発するノイズを測定した。海賊がこんなに高性能のエンジンを持っていることに違和感を持ったのだ。あとで分析すれば、どんな素性のものか分かるかもしれない。
「……そろそろ魔石が限界だな。ブリジット、帰投するぞ」
「魔石だけじゃなくて私もヘトヘトですよ……」
帰り道でも敵艦を沈め、二人のキルスコアは十七隻となった。
たった二人でこれは恐るべき数字だ。
宇宙用ユニットを使いこなせる魔法師がもし二十人いれば、すでに海賊艦隊の半数を撃沈できている計算になる。
現にハイパーグランパに戻ると、英雄として迎え入れられた。
「さすがセリカ様です！ 恐ろしい速度で直進したかと思えば、次の瞬間にはジグザグに機動を変え、戦艦をも一瞬で沈めてしまう……あらかじめ知っていなければ、現実の光景だと信じられなかったかもしれません」
艦長が興奮を隠そうともせず絶賛してきた。
一方、アリスデルは静かに「お疲れさまです」と言ってくれた。
味方艦はまだ一隻も落ちていない。セリカとブリジットで敵を翻弄し続けた成果だ。
しかしセリカは満足していなかった。
現実問題として、三百以上いる敵のうち、たった十七を落としただけで帰投することになったのだから。
「戦闘継続時間が短すぎるな……魔石の交換を急げ。終わり次第、もう一度出るぞ。ブリジットはいい。休んでおけ」
「はーい……」
ブリジットはホログラム映像の中で膝を抱えて座っていた。
彼女ほどの魔法師でも、一度の出撃で座り込んでしまうほど疲弊する。
――やはり完成はまだ先か。
そんなセリカの不満とは裏腹に、この日の戦闘記録はコーネイン重工の宣伝に使用され、のちに銀河中から『歴史が変わった瞬間』と讃えられる。
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