第32話 海賊の情報

「ところでイーノック。発注していたものは、そろそろ完成したか?」


「はい、セリカ先生。実は今、そちらに向かう船の中から通信しています」


「さすが仕事が早い。ありがたいぞ。ヴォルフォード男爵領が発展するにつれ、宇宙海賊に狙われる危険性が高まっていく。今の戦力だけでは少々心許なかったが、これで安心だ」


「ご満足いただけるものに仕上がったと自負しています。しかし申し訳ありません……セリカ先生が本当に欲している『対クトゥルフ兵器』は、開発の目処も立たず……」


 ホログラム映像の中でイーノックは表情を曇らせた。

 教え子にそんな顔をさせてしまい、セリカは逆に心苦しい。


「いや……私とアリスデル以外、クトゥルフ細胞の実物を見ていないんだ。データがない相手に対抗する兵器なんて作れるわけがない。もし万が一に遭遇したら、通常兵器と私の魔法でなんとかするさ」


 セリカを慕ってくれる教え子は大勢いる。

 しかしクトゥルフの話を信じてくれた生徒は、実のところ少数だ。

 ブリジットは信じてくれた一人。そしてイーノックは信じなかった一人だ。


 ところが、とある記録を見せたところ、イーノックの考えは変わった。二年前にモーリスが異形の姿になった際の、衛星からの観測データである。

 あの瞬間、屋敷の執務室に『次元の穴』が空いていた可能性が高い。モーリスを異形にした力は、別の次元から来たのだ。

 ほんの一瞬の観測値なので、普通の技術者や科学者に見せても、センサーの誤作動だろうと片付けられてしまう。

 だがイーノックはデータを精査し、誤作動ではないと結論づけた。それどころか、次元の向こう側にいる存在が、人類の常識を越えた化物かもしれないと青ざめた。彼はセリカ以上にデータを重く受け止めたのだ。

 もし、こちらの次元に〝そいつ〟が出現したら、銀河は滅ぼされるだろう、と。


「遭遇したら、可能な限りのデータをとってください。それと、くれぐれも生き残るのを最優先に」


「ありがとう。だがクトゥルフ細胞から逃げるなんて不可能だと思うぞ。奴はそんな甘い相手じゃない。生き残るには、殺すしかない」


 ついセリカは声に殺気を込めてしまった。

 電話越しでも伝わったらしく、イーノックが絶句した。


「マスター。教え子を驚かせちゃ、めっ、ですよ」


「すまんすまん」


「いえ……むしろ頼もしいです。セリカ先生なら、どんな敵が来ても絶対に勝てるという気がしてきました」


 あまり買いかぶるなよ――セリカは反射的にそう言いそうになって、言葉を飲み込む。クトゥルフと戦うと言い出したのは自分だ。それが弱気を見せたら、協力してくれる者たちに申し訳ない。

 近しい人にはできるだけ弱点を晒すセリカだが、対クトゥルフだけは絶対に強気を貫き通す必要がある。

 そう決意を新たにした瞬間、また別の者から着信があった。


 それはセリカにとって実に懐かしい名前。

 ニュートラル・イグナイトの社長。ブリジットの祖父。ゴードン・アルフォードからだった。

 なんとセリカが端末を操作する前に、勝手に彼のホログラムが浮かび上がる。


「よぉ、セリカ。アリスデル。久しぶりだな。通話に割り込んで済まねぇ」


「謝るくらいなら回線をハックするな。それにしても老けたなぁ」


 五十年前は血気盛んな若者だったゴードンも、今ではすっかり老人だ。とはいえ、しょぼくれた印象はない。画面越しに噛みついてきそうな迫力がある。


「そう言うセリカはまるで変わらねぇな。むしろ若返ったか?」


 その言葉にはアリスデルが答えた。


「あ、分かります? マスターってば艦隊を手に入れてから前より幼くなっちゃって。欲しかったオモチャを買ってもらった子供みたいなんですよぉ」


「はっはっは! そりゃ無理もねーな! ワシだって初めて戦艦を買ったときは、意味もなく主砲を撃ちたくて仕方なかった」


 分かるぞぉ、とセリカは頷く。


「それで? 世間話をしたくて割り込んできたのではないのだろう?」


「ああ、それなんだが……お前さんの領地、宇宙海賊に狙われてるみたいだぞ。同業者の知り合いがたまたま観測したんだが、海賊の大艦隊がワープを繰り返してそっちに向かっているらしい」


「大艦隊? 何隻だ」


「三百隻以上、だとよ。おそらくあと七十時間ほどでヴォルフォード男爵領の近くにワープアウトする」


 それを聞いて青ざめたのは、セリカでもアリスデルでもない。もともと通話していたイーノックだった。


「七十時間ですって!? それじゃ私たちは間に合わない……セリカ先生、今の戦力だけで三百隻を相手するのは無理です!」


「ん? お前さん、イーノック・コーネインか?」


 ゴードンが話しかける。


「はい、そうですが……私をご存じなのですか?」


「ああ。ブリジットが学生時代にな。購買部に走って行こうとすると毎日立ち塞がる風紀委員の男子がいると教えてくれたんだ。ワシの孫のタックルを毎日喰らってへこたれないなんて大したもんだぜ!」


「はあ……おかげで体を鍛えられました……」


 不意打ちのように同級生の祖父に褒められたイーノックは、戸惑いを隠すためかメガネの位置を直した。


「イーノック。お前はどのくらいでこっちにつく?」


「おおよそ七十四時間です。今、詳細なデータを送ります」


 するとイーノックの顔の横に、秒単位でカウントダウンする画面が現われた。


「お前、本当に几帳面な奴だな」


「いえ。私はそれほどでも。私の部下に艦隊運用の名人がいまして。彼に全てを任せています。それでも数十秒の誤差はご容赦ください」


「地上の電車でもそのくらいは遅れは許すぞ。お前の部下は、レールを引いて宇宙船を引っ張っているのか?」


「そう表現したくなるほど素晴らしい部下です。一度でも体験すると、もう彼以外が指揮する船には乗りたくなくなります。スカウトするのに苦労しました」


「うん。やっぱりお前も几帳面だ。そして四時間か……なんとか持ちこたえてみせるさ」


 敵は三百隻。こちらは十隻。

 正直、かなり厳しい。普通なら絶望する。

 それでもセリカは悲観していなかった。


 第一、目の前で繰り広げられる「なあ、その艦隊運用の名人、ワシの会社にくれ」「駄目です!」という舌戦が面白くて、落ち込んでいる暇がない。

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