第31話 試作機での練習

 魔法師が宇宙で戦闘するのに、なぜ重力制御装置が必要なのか。

 その疑問に答えるには、まず大気圏の話からしなくてはならない。


 風魔法を駆使すれば、大気圏内を飛行可能だ。

 もっとも鳥や航空機と違い、翼で揚力を発生させられないから、つねに魔力を消費してしまう。効率的な飛び方とはいいがたい。

 セリカ級の魔法師になってようやく、戦闘機と互角以上に渡り合える。そのセリカでさえ「魔法で飛ぶのは面倒だから、アリスデルか飛行機に乗ったほうがいい」と言い出す始末だ。

 とはいえ、一応は飛べるのだ。


 宇宙空間はそうはいかない。

 大気のない真空で風を起こすのは、セリカにも無理な芸当である。


 昔、ロケットは火を噴いて飛んでいるから、炎魔法で宇宙を飛べるはずと考えた魔法師がいた。だが失敗した。

 ロケットは別に火で飛んでいるのではない。燃料に火をつけガスにして噴射し、その反動で飛んでいる。この方式には膨大な燃料が必要だ。ロケットの質量の大半は燃料である。もはや燃料が本体と言ってもいい。

 魔法師がなにか噴射しようとしたら、それは自分の血肉だろう。体が徐々に軽くなるので、加速の効率はいい。しかし望む速度を出す前に絶命してしまう。どうしても個性的な方法で死にたいという人でない限り試すべきではない。


 かさばる燃料タンクを背負って悪あがきした魔法師もいるらしい。だが結局、宇宙での船外活動は、魔法ではなく科学の領域だった。

 宇宙服を着て、低圧のガスを小刻みに噴射して姿勢制御する――宇宙に進出して五千年経ったが、いまだにそれが主流だった。

 とても、粒子ビームが飛び交う戦争に参加できるレベルではない。


 しかし、ここ数十年。

 重力制御装置を小型化し、魔法師に装備させようという研究が一部で行われている。

 今どきロケット推進は、趣味的な船かミサイルでしか使われない。一方、重力制御装置はトラック船にさえ搭載されている。だが人間が装備できるほどの小型化は、まだ成功していない。


 その研究に先んじたのが、コーネイン重工だ。

 三ヶ月前、セリカが輸送船を救助するのに使った試作機は、ほかの企業や軍が見れば腰を抜かすほどの完成度である。

 もっともコーネイン重工にとって、あれは重要機密でもなんでもない。あの時点で、新たな試作機が完成間近だったからだ。


 なぜコーネイン重工だけが、それほど早く開発を進められたのか。その答えは、アリスデルにあった。

 アリスデルは重力制御魔法を生まれながらに使える高位のドラゴンだ。セリカでさえ、重力制御ではアリスデルに遠く及ばない。その人知を超えた重力制御魔法を、コーネイン重工は徹底的に分析した。

 そして機械によって再現しつつある。

 魔法師の頭脳とコンピュータとで並列処理して重力を操る。動力源は魔法師自身の魔力と魔石発電のハイブリッド。

 現状、この方式がベストだとコーネイン重工は結論を下した。


 一週間前。

 重力制御装置の新しい試作機が十機、ヴォルフォード男爵領に届いた。

 その内の八機は、ニュートラル・イグナイトの社員たちが装備している。

 現在、戦艦の周りを旋回し、鬼ごっこに興じている。遊び半分であるが、練習を楽しんではならないという法はない。彼らは順調に重力制御に適応していた。

 イグナイトの戦艦の射撃管制官は「主砲どころか、ミサイル迎撃用の機銃でも追い切れない」と嘆く。


 そして残る二機は、セリカとブリジットが装備している。稲妻のような動きで小惑星帯を飛び交い、全力で追いかけっこをしていた。

 無論、先頭を行くのはセリカ。

 しかしブリジットも必死に食らい付いている。


「なかなかやるじゃないか、ブリジット」


「わ、私のほうが若いですからね! 新しい機械に慣れるのはこっちが先です!」


「言ってくれるじゃないか。なら、これを真似してみろ」


 セリカは目の前の小惑星に頭から急降下。

 激突する直前に直角に軌道を変え、地表スレスレを飛ぶ。


「……やって見せます!」


 ブリジットはセリカと同じコースで小惑星に迫った。

 怖いだろうにギリギリまで我慢し、直角に曲がろうとして……曲がりきれない。


「くぅっ!」


 反転して脚から着地。重力制御に蹴飛ばす力を加えて、なんとかセリカの後ろに追いついた。


「はぁ……はぁ……セリカ先生、どうやって直角に曲がればいいんですか!? 無理ですよ、あんなの!」


「若いくせに情けない。私は直角どころかV字ターンだってできるぞ。ほら」


 セリカは宣言通りに急速反転し、背後のブリジットの眼前まで近づき、相対速度を合わせて距離を均等に保つ。


「わっ! ぶつかるかと思いました……驚かさないでください」


「私がそんなミスをするものか。正確に十センチのところで止めて見せたぞ」


「そのまま十センチ進んで、唇と唇をチュってしてくれてもよかったんですよ……?」


「アホか。よこしまな考えをしてるから上手く制御できないんだ。半分は自分の頭で処理するんだからな。あくまで補助装置と心得よ」


「いやぁ……自分で言うのもなんですが、一週間でここまでやれたのは凄いと思いますよ。それどころか、ああやってグルグル回ってるだけの社員たちでさえ一握りの上位です。この装置、かなり使い手を選びますね」


「試作段階だからな。量産機はもっと自動でやってくれる割合が増えるだろ。さて、そろそろ戻るか――」


 セリカは戦艦に目を向けた。

 そのとき、小惑星の上空を、真っ白なドラゴンが通過していった。


「ふふふふ! みなさん遅いですねぇ! やっぱり重力制御の本家本元の私には勝てませんか! びゅーん!」


 ドラゴン形態のアリスデルだ。人ならざる彼女は、生身で宇宙に出ても数十分間は平気な顔をしている。

 それにしても、わざわざ自分に合うサイズの骨伝導マイクをつけて煽り音声を飛ばしてくるとは。


「あんな挑発をされて黙っていられるか。行くぞブリジット。魔法と科学の融合を見せてやろう」


「え、あれに追いつくつもりですか!? ま、待ってくださいセリカ先生ぇっ!」


 一時間後。

 重力制御装置を火花が出るほど酷使して、セリカはなんとかアリスデルの尻尾に触れた。装置の調子が悪くなったので、尻尾を握ったまま戦艦に帰還する。

 アリスデルは悔しそうに頬を膨らませていた。

 セリカはとても気分がよかった。


 そしてコーネイン重工にデータを送ってから、地上の屋敷へと戻る。

 アリスデルと一緒に風呂で汗を流したあと、寝室でダラダラする。

 突然、イーノックから怒りの電話が超光速通信でかかってきた。


「試作機に無茶させないでください! 爆発したら推進手段を失って、永久に宇宙を漂うことになるかもしれないんですよ!?」


 教え子にガミガミ叱られたセリカは、なにか言い返してやりたかった。

 しかし、追いかけっこに熱中するあまり、せっかく提供してもらった試作機を壊したのはセリカだ。

 情けない言い訳しか思いつかなかったので、そのうちセリカは考えるのをやめた。

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