第30話 陰謀
「ヴォルフォード男爵領を滅ぼしたい」
サイラスの執務室に呼び出されたドゥーズは「またか」とウンザリした。
いくらなだめても、彼のセリカに対する執着は、雑草のように生えてくる。
果たして、憎んでいるのか愛しているのか。もしかしたら好きな相手にあえてイジワルして気を引きたがる子供の論理なのかもしれない。
だとしたら、そんな子供の相手を任された自分は不幸にもほどがある。
最初は、エルトミラ王国を乗っ取るという大仕事にやり甲斐を感じていた。成功させればドゥーズの発言力が増す。なによりダゴン教団のためになるのだ。
サイラスには血筋がある。最上位の王位継承権もある。そして適度に馬鹿。操るには最高の素材だと思っていた。
しかし彼と行動を共にするようになって分かった。適度な馬鹿なのではない。度を超えた馬鹿だった。
よくサイラスは妻のブレンダの頭の悪さを嘆いているが、正直なところ似たもの夫婦だろう。
むしろ「わたくし、難しいことは分かりませんわ」と身を引くブレンダより、自分が有能だと信じて口を出すサイラスのほうが始末に負えない。
だが、それでもサイラスは摂政になった。
これからドゥーズはサイラスを利用し、本格的にこの国から情報と兵器と資産を搾り取る。まだ切り離すわけにいかない。
まあ、ドゥーズは要所要所でサイラスの思考を誘導してやればいいだけだ。
摂政サイラスの下で働く者たちに苦労に比べれば、何万分の一だろう。
いつものドゥーズなら、ダゴン教団の思惑に操られ右往左往している者に冷笑を向けるところだが、今度ばかりは同情してしまう。
「サイラス殿下。以前にも言ったとおり、セリカ・ヴォルフォードなどお忘れなさい。宇宙の覇者になれば、どの女も選びたい放題ですよ」
「いいや、駄目だ。我慢できない。セリカが今すぐ余の女となるか、死ぬか、どちらかだ」
なぜ我慢できないのだ、とドゥーズは叫びたかった。
しかし今日のサイラスの瞳に光る殺意は、いつもより遙かに濃かった。
どうやら先日のパーティーでなにかあったらしい。
「これはダゴン教団とも関係のある話だ」
「……うかがいましょう」
「前にも話したな。セリカは学園の教師だった頃、生徒たちにクトゥルフの存在を伝えていた。あの頃のセリカの目的は、銀河全体の魔法師のレベルを底上げし、クトゥルフに対抗することだった」
「そのようですね」
ドゥーズは興味なさげに答える。
人類の歴史で、クトゥルフの存在がおおやけになった事例はない。だが、ダゴン教団に属していない者が、クトゥルフという言葉を知っているのは珍しくない。
なにせクトゥルフは、古代文明の石碑に名が刻まれていた。考古学に興味があれば、その意味を正確に理解できずとも『古い神の名』として記憶するだろう。
ネットで検索すれば、クトゥルフについて書かれた記事がいくつか出てくる。そういうサイトは大抵の場合、荒唐無稽な陰謀論を事実のように扱っている。それらを本気にするのは一部のマニアだけだ。
セリカは、自分の師匠がかつてクトゥルフ細胞の一つと相打ちになったと言っているらしい。
馬鹿げている。
どんなに優れた魔法師でも、クトゥルフに一矢報いるなど不可能だ。細胞一つだけだとしても、相打ちに持ち込むなど冗談にもならない。
ゆえにダゴン教団は「セリカ・ヴォルフォードは優秀な魔法師だが、妄想に取り憑かれており、無視してもよい存在」と結論づけていた。
「よいですか、殿下。セリカがその目的に邁進し、己と周りの者を強くし続けたとしましょう。ですがエルフとて寿命があります。魔法師がクトゥルフ細胞を倒すなど、決してあり得ないのです」
「そうかもしれないな。では大艦隊ならばどうだ?」
「大艦隊、ですか」
ドゥーズは物わかりの悪い子供に言い聞かせるつもりでいた。
だが、これはもしかしたらサイラスの意見を聞くべきかもしれない。
「そうだ。かつてのヴォルフォード男爵領は、取るに足らない田舎だった。今は違う。セリカは自分一人の戦闘力だけでなく、地位と財力をも手に入れた。それを使って大艦隊を作ったらどうなる? 対クトゥルフを想定した兵器をコーネイン重工に作らせるかもしれない。それでもお前は、クトゥルフ細胞を倒せないと言い切れるか? いや、クトゥルフ細胞そのものが無理でも、お前たちダゴン教団の存在を知り、敵対しようとしたらどうなる? ダゴン教団の『クトゥルフ完全復活』という目的が遠のくのではないか? まだセリカの艦隊は小さい。叩くなら今だ」
よく回る舌だ、とドゥーズは思った。
サイラスは別に、ダゴン教団の未来を案じて言っているのではない。セリカ憎しで必死に知恵を絞り、ドゥーズを動かそうとしているのだ。
しかし悔しいことに、サイラスの言葉には一理あった。
財力と兵力を兼ね備えた貴族が、ダゴン教団壊滅を目的に動き出したら目障りこの上ない。大きな脅威になるかもしれない。
「分かりました殿下。海賊を使ってヴォルフォード男爵領を焼き尽くします。ですが、さすがに今すぐとはいきません。セリカはコーネイン王国に救援を頼むかもしれません。その間を与えず一気に殲滅するには、それなりの大兵力が必要です。集めるのに三ヶ月ください。セリカ・ヴォルフォードの肉体を炭素原子にまで分解し、その魂は邪神クトゥルフへの生贄としましょう」
「そうか、やってくれるか! やはりお前は私の理解者だ、ドゥーズ!」
サイラスは大喜びだった。
そしてドゥーズも、まさか失敗するとは思っていなかった。
領地を急激に発展させたセリカに三ヶ月も与えたら、更に強くなるかもしれない――と彼らは思い至るべきだったのだ。
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