第6話 ニュートラル・イグナイト
セリカがニュートラル・イグナイトにいたのは、五十年ほど前だ。
当時まだ創設して間もない会社で、宇宙戦艦などは保有しておらず、中古のトラック船で社員を運んでいた。
だが創業者である社長を筆頭に、優れた魔法師が所属していた。
彼らの戦闘力の高さは、銀河中で話題になりつつあった。
そんなときイグナイトは業務拡大のため、新人を募集した。
セリカとアリスデルはそれに応募し、実技面接で社長を圧倒した。
以来、セリカはイグナイトのエースとして、社員たちを鍛えながら何年か行動を共にした。
会社が大きくなり、最初の宇宙戦艦を買った頃、もう自分が教えなくても勝手に強くなっていくだろうとセリカは判断し、イグナイトを去った。
その後もセリカはアリスデルと銀河中を回り、誰かを鍛え、同時に自分たちも強くなろうと研鑚を積み続けた。
セリカがエルトミラ学園の教師になると、何十年か振りにニュートラル・イグナイトの社長から電話がかかってきた。
孫が高等部に入学するから、厳しく鍛えてやってくれと頼まれる。
三年後、社長の孫は魔法の成績トップで卒業した。高齢になって前線から退いた祖父に代わり、現場の司令官となった。
そして今――。
「お久しぶりです、セリカ先生。ざっと六年ぶりですね」
ニュートラル・イグナイトの社長の孫、ブリジット・アルフォードが、セリカの執務室に立っている。
「もうそんなになるか。するとブリジットは二十四歳か。大人びるわけだ」
セリカは教え子の姿を見る。
在学中は赤い髪を短く切りそろえ、購買部のパンを求めて廊下を我先にと走る生徒だった。その活発な印象を表情に残しながらも、今は髪を長く伸ばして落ち着いた雰囲気を纏っている。
ただ腰に下げている剣は、学生時代と同じだった。確か祖父に買ってもらったと言っていた。
「ありがとうございます。セリカ先生は変わっていませんね。さすがはエルフ」
「老けるのが遅いのはありがたいが、もう少し大人の体つきになりたいな。先日もそれで不愉快な思いをした」
「サイラス殿下の新しい婚約者ですか。ネットニュースで見ましたが……もの凄い胸でしたね」
「まあ、あそこまでいくと邪魔だろうがな……それで? 世間話をしたくて戦艦三隻を連れて来たのではないだろう?」
「セリカ先生と久しぶりにお話しするのを楽しみにしていたのは事実ですが、もちろんビジネスです。この領地、戦力不足で困っているでしょう。我々ニュートラル・イグナイトと契約しませんか?」
「渡りに船だ。イグナイトの戦力は喉から手が出るほど欲しい。が、ヴォルフォード男爵家は貧乏だぞ。とてもお前たちを雇えるほどの金はない」
「それは承知しています。常備軍を解散してしまったのも、王国軍に見捨てられてしまったのも知っています」
ブリジットが朗らかな声で言うと、家令のモーリスが目を丸くした。
「な、なぜそんなことを知っているのですか?」
「ニュートラル・イグナイトの商品は戦力ですが、情報を軽視しているわけではありません。機密でもなんでもない情報を得るのは簡単です」
「そ、そういうものですか……あいにく軍や傭兵の世界には疎いもので……」
モーリスはブリジットの営業スマイルに怯む。
相手が若い女性でも、イグナイトの司令官だと思うと緊張するのだろうか。
「しかし、この領地に支払能力がないと分かっているのに、どうやってビジネスをする?」
「資金がなくても、この領地には至高の宝があるでしょう。セリカ・ヴォルフォードという、魔法の技術と知識の化身が。そこでセリカ先生。学生時代の私にしてくれたように、あるいは五十年前の社員たちにしてくれたように、今の弊社の社員も鍛えてくれませんか? 契約期間はまず一年。その間、この星に現われた魔物は我々が討伐します。もし宇宙海賊が来たら、それも撃退しましょう」
「そんなのでニュートラル・イグナイトを雇えるなら、まさにお安いご用だ。しかし本当にいいのか? 私は荒っぽいぞ。死人が出ないよう手加減する余裕はあるが、怪我人を出さないほど優しくはない」
「望むところです。近頃、社員たちが……自分たちこそ銀河最強だとイキっていまして。その鼻っ面をへし折って欲しいのです」
そう言ってブリジットは苦笑いした。
「そうか、そういう話なら、思いっきりやってやろう。だが、まずはゴブリンを駆除して領民を安心させてからだ。今回は数が多いから、私とアリスデルも行く。魔物狩りは久しぶりだ……腕が鳴るなぁ」
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