第5話 教え子がやって来た
「なに? この領地には常備軍がないのか!?」
葬儀の翌日。執務室にて。
モーリスから受け取ったデータを立体映像で見たセリカは、驚いて大声を出してしまった。
「はい……セリカ様も承知の通り、この星は農業や漁業といった一次産業しかないので、領民からの税収は雀の涙です。軍隊を維持するのは難しく……」
「いや、しかし! 私が師匠を追いかけてここを去ったときは、その雀の涙に相応しい軍隊があったぞ。それさえ解体してしまったのか?」
「はい……」
セリカは家令の覇気のない返事に絶望を覚えた。
実は領主になると決めたとき、密かな野望を抱いていた。
それは領地を発展させ、税収を増やし、自分が理想とする宇宙艦隊を作ることだ。
実現の見通しがないのでアリスデルにすら黙っていたが――領地の実情を聞いて、言わなくてよかったとため息をつく。
「なぜだ? この星は貧乏なせいで、逆に宇宙海賊に狙われる心配がない。だから自然発生する魔物を駆除できるだけの戦力があればよかった。そのくらいは維持できたはず。なのにどうしてだ? これまでどうやって領民の安全を守ってきた? 警察だけではゴブリンを狩るのだって難しいだろう?」
魔物は生物がいる星に自然発生する。そのメカニズムはまだ解明されていない。今のところ、生物の感情が魔物を召喚する因子になっているという説が支持されているが、確証はない。
「……将来、王家の親類になる家を守るという名目で、王国軍が駐留してくれていたのです。それを当てにして、先代フレッド様は独自の戦力はいらないと仰いました。私もそれでよいと思ったのですが……セリカ様がここに到着する数日前……婚約破棄の正式発表と同時に、王国軍は撤退してしまいました」
セリカは気まずそうにしているモーリスから目をそらし、駐留していた王国軍のデータを見る。
「巡洋艦まで持ってきていたのか。それにしても、撤退しろと言われて、すぐに基地を空っぽにできるとは思えない。サイラスめ、かなり前からそうするつもりだったな。それはともかく、王国軍が守ってくれるからと自分たちの戦力を解体したのは父上の失策だな。こういうときに困る」
「私が気づいて先代様に忠告していれば、こうはならなかったでしょう……申し訳ありません」
「済んだことだ。気にするな。それより今現在、いくつかの場所でゴブリンが出現し、畑に被害が出ているな。私とアリスデルで二カ所は対処できるが……領地全体を守るのは無理だな」
「一カ所に固まってくれたら、ゴブリンなんて何千匹でも余裕なんですけどねぇ」
アリスデルは呑気に言う。
「そうならないから魔物は厄介なんだ。モーリス、この領地の軍を解散したのは十年前なのだろう? そのときの兵士たちを集めて、再結成させられないか?」
「それが……人は集められても、武器がありません。売ってしまいました……」
「うーむ。困ったな」
かつてヴォルフォード男爵領にあった武器は、主にアサルトライフルだ。小さな魔石が組み込まれており、魔法が苦手な者でも弾丸に魔力を込めて発射できる。ゴブリン程度なら楽に殺せる武器だ。
ゴブリンは魔物の中で最も出現数が多い。それさえ倒せれば、魔物対策はほぼ十分と言える。より強い魔物が現われた場合は、傭兵を雇うなどして対処すればいい。
つまり魔石を組み込んだアサルトライフルはつねに需要があり、中古市場に流せばすぐ買手がつく。
ヴォルフォード男爵領は毎年予算がギリギリだ。アサルトライフルを売ってしまいたくなった気持ちも分かる。
「どうします? 取りあえず私とマスターで、二カ所ずつ地道に潰していきます?」
「今はそれしかないな。だが、いつもそれでは困る。たった二人に依存した防衛体制など、とても体制とは呼べん」
「ですねぇ。私たち、ほかの仕事できなくなっちゃいますし」
「あの……セリカ様はともかく、アリスデルさんも強いのですか?」
「ええ、そうですよ。こう見えて私も、マスターと一緒に師匠から鍛えられましたので」
「なるほど……それは頼もしいですな……」
モーリスはどことなく暗い声で言った。
信じていないのだろうか?
もっとも、メイド服を着た若い女性がいきなり「ゴブリン千匹余裕」などと言っても、信じられないのが普通かもしれない。
「さて……面倒だが出かけるとしよう。モーリス、しばらく屋敷を頼んだぞ」
と、セリカが立ち上がろうとした瞬間。
宇宙ステーションと人工衛星から同時に『三隻の宇宙戦艦が接近中』と警報が流れてきた。
△
撤退したはずの王国軍の巡洋艦は、探知されぬよう小惑星の表面に張り付き、ヴォルフォード男爵領を見張っていた。
王宮にいるサイラスの元へ、データを送るためである。
そのデータを見たサイラスは満足して頷く。
「艦長。あの星はゴブリン大量発生の兆候を見せているのだな?」
「はい、サイラス殿下。通信を傍受したところ、複数の場所でゴブリンの巣が見つかり、領民たちは助けを求めているようです……あの、本当に助けに行かなくてもよろしいのですか? 破棄したとはいえ、元婚約者でしょう?」
「艦長。私がいつそれについて意見を求めた?」
「し、失礼しました!」
立体映像で映し出された艦長が、慌てた様子で敬礼する。
それを見てサイラスは「ふん」と鼻を鳴らして笑った。
第一王子である自分に逆らっていいのは、国王である父親だけだ。誰もがこの艦長のように、自分のご機嫌取りをするべきなのだ。
なのにセリカは、いつも姉のように振る舞い、上から目線だった。
極めつけは学園での会議。サイラスが「帰れ」と脅すと自ら辞めると言い出すし、婚約破棄してやったのに少しも狼狽える様子がない。泣いて這いつくばって、サイラスに許しを請うべきではないのか?
辞表を出す教師が続出したのも腹が立つ。
セリカがいなければエルトミラ学園はもう駄目だと言わんばかりの行動だ。
生徒たちも「理事長は愚か」と噂し合っているらしい。
片っ端から捕まえて退学にしてやりたいが、名門貴族の子供たちが多数いるのでそれはできない。
王族といえど無限の権力を持っているわけではない。それがサイラスにはもどかしい。
宇宙の全てが自分の思うがままに動けばいいのに。
「それで? 就任したばかりの領主セリカは、ゴブリンたちにどう対処するつもりなのだ?」
「対処は……無理でしょう。あの領地にまともな戦力はありません。いくらセリカ・ヴォルフォードが強くても、同時に対処できるのは一カ所だけ。最終的に、誰かに助けを求めることになるでしょう」
「くくく……いいぞ。プロの軍人のお前から見てもそうなのだな。いや、それどころかセリカは一カ所も対処できないかもしれないぞ。奴の魔法など、しょせん時代遅れの産物。現代の戦闘は、兵器の性能で決まる。『最強の魔法師』なんて価値のない称号だ。セリカは武装した軍隊には絶対に勝てない。だが艦長。ゴブリン駆除要請を受けても、すぐには向かうな。お前たちはそこにいないはずなのだからな」
「分かりました。かなりの被害が出ます。よろしいのですね?」
「もちろんだ。セリカはあれで情に脆い。領民が死ねば悲しむだろう。そうだな……お前たちがヴォルフォード男爵領に戻る前に、私が通信を入れよう。そしてセリカに、這いつくばって謝るなら助けてやると告げる。それと『お前が私に逆らうから王国軍が撤退し、領民が犠牲になった! お前が殺したようなものだ!』と言ってやるのもいいな。くくく……セリカがどんな顔をするか楽しみだ!」
艦長が呆れた顔をしているのにも気づかぬまま、サイラスは高笑いを上げた。
△
領地に迫る三隻の戦艦。
その拡大画像を見たセリカは「おお、あいつらか!」と喜びの声を上げる。
だが真逆にモーリスは、戦艦に描かれた炎のエンブレムを見て悲鳴を出す。
「あ、あれは民間軍事会社ニュートラル・イグナイトでは!? どうしてあんな連中がこの領地に……!」
その攻撃的な名前に相応しく、民間軍事会社としては最強の一角に数えられている。
契約したわけでもないのにそんな奴らが来たら、誰だって驚くだろう。
しかしセリカはそのエンブレムを見ても動揺せず、むしろ懐かしい気持ちになった。
「慌てるな、モーリス。あれは仲間だ。私はあそこに所属していた時期がある。そして今の司令官は、かつて私の生徒だった子だよ」
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