第4話 久しぶりの故郷

 セリカの実家は田舎の星だ。

 交通の便は悪く、定期船はない。

 なのでセリカとアリスデルはまず近くの星まで行く。そこからヴォルフォード男爵領に向かう船を探した。

 丁度よく、ヴォルフォード男爵領の農家のトラック船が野菜を売りに来ていたので、それに便乗して帰ることにした。

 トラックの運転手は、領主の娘が帰ってきてくれたと喜んでいた。

 セリカの父親の宇宙クルーザーとこのトラック船で競争した経験があると言う。

 また領主のくせに毎年のど自慢大会に出ては下手くそな歌を披露し、予選で落ちるのが名物になっていたとか。

 どうやらセリカの父親は領地運営を家令に丸投げするかわり、領民と交流してそれなりに慕われていたようだ。

 一方、家令のモーリスの評価は、可もなく不可もなく。特に変わった政策を打ち出すこともせず、空気のような存在らしい。運転手は家令の名がモーリスだというのさえ知らなかった。


 それにしても、隣の恒星系まで野菜を売りに行って採算が取れるなんて、大昔の人が聞いたら嘘だと思うだろう。

 しかし、そのくらい安く恒星間飛行ができるようでないと、人類が銀河中に進出するなど無理なのだ。


 トラック船がワープアウトする。

 青と緑の星、ヴォルフォード男爵領が見えた。

 トラック船は宇宙ステーションに着港した。

 セリカとアリスデルは運転手に礼を言い、駄賃を渡す。

 それから小型シャトルに乗り換え、領主の屋敷の前に降ていく。

 相変わらず、畑ばかりの牧歌的な風景だ。懐かしい。なにも変わっていない。


「セリカ様! 連絡をいただければステーションまでお迎えに上がりましたのに!」


 屋敷から、身なりのいい四十代ほどの男が現われた。


「お前がモーリスか?」


「はい。家令のモーリス・ネルソンです。そちらの方はアリスデルさんでしょうか? ヴォルフォード男爵家に仕える者として、先輩に当たるアリスデルさんには一度お目にかかりたいと思っておりました」


 モーリスはアリスデルにも会釈する。

 丁寧な仕草だが、セリカはわざとらしさを感じた。


「ありがとうございます、モーリスさん。とても光栄です」


「それで。父上と兄上の遺体は結局、見つからないんだな?」


「はい……残念ながら」


「分かった。なら諦めよう。葬儀は明日行う」


「いきなり明日ですか!? それでは領民たちが大変でしょう」


「おいおい。まさか領民を葬儀に出席させるつもりだったか? 田舎とはいえ、星全てを合わせたら十万人はいるんだぞ」


「ですが、この館の近くに住む者だけでも」


「無用。領民たちには、それぞれ仕事がある。父上と兄上の死を悼んでくれるなら、黙祷してくれればそれでいい」


「セリカ様がそう仰るのであれば……」


 次の日。

 葬儀はセリカとアリスデルと屋敷で働く者たちだけで静かに執り行った。

 二人の魂が、大神ノーデンスの元へ召されるようセリカは祈った。

 そしてエルトミラ王国の宮内省から『セリカが新たなヴォルフォード男爵となるのを認める』と通達が来た。


 セリカは領主の執務室に行き、その椅子に座る。

 父親は滅多に執務室に来なかったらしく、新品同様だった。


「ヴォルフォード男爵の襲名と、領主への就任、おめでとうございます。ですがセリカ様はこれまで通り、外で活動なされるのでしょう? 領地の煩わしい雑務など私に任せ、安心して宇宙を旅してください。領民共々、セリカ様のご活躍が聞こえてくるのを楽しみにしております」


 モーリスは深々と頭を下げてそう言った。


「ありがたい進言だ。とはいえ、領主になっていきなり放置というのは責任感がなさ過ぎるだろう。久しぶりに実家に帰ってきたのだ。しばらく滞在する」


「しばらく、とおっしゃいますと……?」


「さあ? 半年か一年か。あるいは領主の仕事を気に入って、ずっと居座るかもしれない」


「そ、そうですか……」


「なんだ、モーリス。私がいると仕事がやりにくいのか?」


「め、滅相もありません! セリカ様が武と知の双方に優れたお方だというのは伝え聞いております。そんなセリカ様とご一緒できるなら、これほど名誉な仕事はありません!」


「そう慌てるな。軽い冗談だよ。だから私を邪険にするな。悲しくて泣いてしまうぞ?」


「じゃ、邪険など、とんでもありません!」


「……お前は真面目な奴だな。少しはアリスデルの図々しさを見習うといい」


 するとセリカの横に立っていたアリスデルが、手で口元を隠して笑う。


「あら。私のどこが図々しいんですか? まあ、私の献身っぷりは見習って欲しいところですが」


「ほら、そういうとこだ」


 モーリスはポカンとした顔をする。

 セリカの立派な武勇伝だけを聞いていたので、こういう姿を想像していなかったのだろうか。

 早くセリカの素の姿に慣れて、肩肘張った対応をやめてもらいたいものだ。

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