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 ――小さい頃、私の目の前にはよく『花のケーキ』が並んでいました。

 ケーキと言っても、一口には語れません。モンブランやショートケーキといった定番のものが並ぶことはあまりなく、我が家では花の形をかたどった飴細工の、可愛らしいケーキばかりでした。

 ある日はアンズであったり、ある日はラベンダーであったり。

 毎回違う花の飴細工を見ました。

 とにかく、いろいろなケーキが並んだのです。

 普通の家庭では、ケーキは縁起のいい日に食べるものだと認識していますが、私の家庭では、少しだけ食べる日のが違いました。


 例えば、の話です。


 私は、父母と兄との四人家族でした。

 ある時、上の兄が学校で「なにか」をすると、決まって母がその花のケーキを買ってきていました。

 私と、母自身と、父に。

 兄には、花のケーキは用意されませんでした。

 ある時、母が泊まりがけで旅行に出掛けて行ったとき、きっと「なにか」をしたのでしょう。再び母は花のケーキを私たちに買ってきました。けれどその時は、母は自分に対しての花のケーキを用意しませんでした。


 つまりこれが


 その日、家のカーテンは完全に閉め切られていて、母と父は憔悴した顔をしていました。

 兄は、知らない大人たちに手を掴まれてそのままへと連れていかれました。


 その日、一人になった私の目の前にだけ、カモミールの花のケーキが置かれていました。――

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