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ケーキ屋『
中でも、店内中央に
見ていて楽しく、メニューの飲食物も美味しいとくれば、謎の不審死事件など無くともこの店は普通に取材したいと思えるほどに魅力的だった。
男が庭のテラス席で待っていると、お待たせしました、と男声にも女声にも聞こえる中性的な声が男の耳に届いた。視線を上げると朗らかに笑う、これも中性的な面立ちの人物が立っていた。恐らく彼(と思われる)が『アリス・リデル』なる人物本人なのだろうと、男は思った。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「いえいえ。……貴方が『アリス・リデル』さん、ですか?」
「はい。アリス・リデルです。こう見えて男ですよ」
初対面だとよく聞かれるんです、とアリスが笑う。確かに、名前を聞いた後に男性なのか女性なのかを問おうとしていた男は少しだけ恥ずかしく思った。
「今回は私の
「いや、こちらとしても取材をしたいと思っていたところなので、いいタイミングでした」
「そうでしたか! それは良かった」
笑う顔が、どうしても女性的に見えてしまい男は思わず俯いてしまった。そのタイミングを見計らってかアリスが席を立つ。妙な緊張感から解放された男は、ほぅ、と深く息を
少ししてアリスが店内からテラス席へと戻ってくる。その手にはケーキとカップソーサーがあった。あれが手紙に書いてあった条件の、試作品なのだろう。
「それが手紙の――試作品、ですか?」
「はい。こちらが試作品の季節のケーキと紅茶になります。春の時期はグレープフルーツが旬で、とてもいいものが出来たと、実家から送られてきたんです。お口に合うとよいのですが……」
控えめにアリスは試作品をテーブルへと置く。グレープフルーツの淡いピンク色が世界を彩る。ショートケーキの白いクリーム部分がほんのりピンクに色づいており、本来イチゴが乗っている部分にはグレープフルーツの果肉とジュレが添えられていた。紅茶の方もケーキ同様にグレープフルーツが使用された、グレープフルーツティーだった。爽やかでほんのりと甘い香りが男の周りを漂った。
どうぞ、とアリスが囁く。
男の喉が、ごくり、と唸った。
それは前例があるからか、それとも『アリス・リデル』という人間を知らず知らずのうちに怖れているからか。
しかしここで『アリス・リデル』を怖れてしまっては記者の名折れだ。それに不審がられてしまっては取材もなにもない。男は平常心を装いつつ覚悟を決め、いただきます、とアリスに伝えてケーキをひと口頬張った。
「…………うまい……」
「! お口に合ったようですね、良かった」
「本当に美味しいです。このジュレが絶妙なアクセントになっているというか……
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
「……それで、本当にギャラの方は良かったんですか?」
「ええ。取材費よりも、私の取材をしてほしいので」
男が見た、アリスの目は真剣そのものだった。
再び男の喉が唸る。
ついに、『アリス・リデル』の身の上話を取材する時が来た。
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