第8-27話 極点の炎魔術師

『なぁ、じいちゃん!』

『なんじゃイグニ。夜にそう大きな声を出すと、モンスターがやってくるぞ』

『そんなことより聞きたいことがあるんだよ!』


 『魔王領』の夜に焚き火を前にして、イグニはルクスに問うた。

 ずっとずっと不思議に思っていたことがあったからだ。


『なんで焚き火の火は上に向いてんのに、ファイアボールは丸くなるんだよ!』

『良いことを聞くな、イグニ』

『良いこと?』

『うむ。それは魔術の核心じゃ。何故「ファイアボール」が球体になるのか。そこには魔術の全てが詰まっておる!』

『ま、マジか……っ! じゃあ、なんで「ファイアボール」が丸くなるのか分かったらモテる!?』

『いや、それは無理じゃ。じゃが、理解しておけばいずれ強くなってモテるかも知れん』

『じいちゃん! それを早く教えてくれよ!』

『……しかし、今のお前で理解できるかの』

『大丈夫だよじいちゃん! 俺、こう見えても頭は良いんだから!』

『…………』


 結論から言うと、イグニはその仕組みを理解できなかった。

 まだ12歳という幼いイグニには、どうして『ファイアボール』によって炎が球体になるのかという理解をするには背景知識も、魔術知識も全てが足りていなかったからだ。


 だが、彼がロルモッド魔術学校に入ってからは違った。


 理解するための全ての知識が叩き込まれた。

 それはイグニのような特別生でも関係ない。魔術の知識は強さに直結するからだ。


 だからこそイグニはその授業を真面目に励んだのだから。


 その授業は、1年生の後期に行われた。

 不思議に思わないだろうか。どうして、『ファイアボール』で炎が球体になるという仕組みを1年生のに学ぶのか、と。


 『ファイアボール』など、特別な魔術ではない。

 “適性の儀”を終え、自らの進むべき道を照らされた子供たちが最初に学ぶのがこの『ボール』系統の魔術だ。だが、そのシステムを理解して使っている魔術師はそう多くない。


 炎も、水も、風も、光も、闇ですらも現象だ。

 だが魔術によって球体になっている。


 それを可能にするためには2つの方法がある。

 1つは現象を不可視の球体で覆うこと。


 つまり、『ファイアボール』であれば炎を透明の壁で丸く囲ってしまえば『ボール』になる。しかし、現代魔術を作り上げた祖である“賢しき”アリアはその魔術式が複雑になってしまったことで、その方法を取ることを諦めた。


 その代わり、彼女は2つ目の方法を取った。


 燃え盛る炎の中心に『消失点』と呼ばれる点を起き、その点を軸にして中心に吸い込む力を生み出す。そうすれば炎は均等に引かれ合い球体になるのだ。だが、この方法には欠点があった。


 『消失点』は大きすぎると炎を吸い込みすぎて、球体を維持できない。

 だからアリアはこの点をあくまでも魔術式上のものとして、現実には存在しない仮想の点とした。それにより魔術式は簡素化し、誰でも使える初級魔術として世界に溢れかえった。


 イグニはそれに光明を見た。

 どうにかしてこの方法を使えないか、と。


 だがそれを完成させるには、多大な時間と莫大な魔力がいることに気がついた。そのために彼は方法を模索して……とある魔法使いのことを思い出した。奇しくも今の自分と同じ、黒い炎を使う魔法使いのことを。


 そしてそれに気がついた瞬間、全ては爆発的にことが進んだ。

 まるで、最初から決められていた事柄かのように。


「『装焔イグニッション完全燃焼フルバースト』」


 黒い炎が燃え上がる。


「『終焉クランチ』」


 そして、刹那――生まれた世界が一瞬にして、果てまで広がると世界の終焉を迎えて、収縮へと転じた。たった1つの特異点、『消失点』へ向かって。


 世界を生み出し次元をまたいだ魔法使いは、ここに世界の終わりを生み出した。


「終わりだ、『魔王』」


 再び世界が瞬いて、イグニの掌に残ったのは真っ暗な球体だった。

 何者をも受け付けない絶対の0。故にそれは奇跡である。


 それは人の行える技ではない。


 神域の領域に至ったものだけが扱える奇跡。

 絶対の事柄である。


 かつて彼は0を1にした。

 小さな世界を生み出して自らの力とした。


 だからこれは、彼がたどり着くべき必然。

 第一の魔法に目覚めたときからレールの敷かれていた運命である。


 『創造の奇跡ビッグバン』で生み出された世界はやがて終わりを迎える。


 それは全てに定められた終わりを持ちうる奇跡。

 だが、これはあくまでも魔法のに他ならない。


 終わりを迎え、一点に集まった世界はどうなるか。

 『消失点』に飲み込まれて、消えるのだ。


 それに気がついた瞬間、彼は魔法の深淵を見た。

 極めたという言葉の持つ意味を知った。


 だからこそ、それは極点。


 1を0にする絶対の魔法。

 人呼んで、『終焉の奇跡ビッグクランチ』。


 全てに終わりをもたらす、終極の魔法である。


「消えろ」


 イグニが掌を『魔王』に掲げた。そのまま、まっすぐ横に薙いだ。

 刹那、そこには何も無かったかのように『魔王』とその後ろにあった建物が横一文字に消え果てた。


 何の反抗も許さず、どんな敵対も許さずに、『魔王』を消した。


 ぞわり、と世界が震えた。

 絶対者である『魔王』が死んだことによって、全ての不死者アンデッドがその支配から逃れた。『魔王』によって蘇らせた者たちが、これによって死という概念を付与された。


 殺せば死ぬ、当たり前の存在へと成り果てた。


「イグニ! 大丈夫ッ!?」


 何が起きたのかは分からなかったが、イグニが何をしたのかを瞬時に理解したアリシアがイグニの元へ駆けつける。だが、イグニはそれを手で制した。


「まだ待ってくれ、アリシア」


 温かい魔力がイグニに流れ込んできた。

 それはサラとのパスが回復した証。外に頼らなくても、魔力が使えるようになったということ。


……ッ!」


 そしてイグニはさらに魔力を燃やした。


 そして世界は転じるッ!

 1は0へ、0はマイナスにッ!!


 これは元よりフラムの魔法。行き過ぎた0はマイナス世界へと転じる。


 だがそれは、『人の澱み』を燃やした黒炎でなければたどり着けない。

 それもそのはず。『人の澱み』は人の負の感情が煮詰められて生み出されたものだからだ。


 同じ性質を持つからこそ、それは燃料になる。


 イグニは先ほど全ての『澱み』を燃やした。


 だから、足りなかった。

 故にイグニは体内の『澱み』に火を付けた。


 サラの持つ【固有オリジナル:汚染】。それは彼女の身から溢れる魔力は汚染され、やがて『人の澱み』に晒される人類の脅威である。


 だが、イグニの魔法によってそれは――。


「『流転せよファイア』ッ!」


 ――全てを巻き戻す祝福となる。


 刹那、イグニによってマイナスへと転じた世界は、通常の理が逆転し……消えたものを吐き出したッ! 『魔王』によってかき消されたその全てをッ!!


 ルクスが、シャルルが、そしてアビスが。

 それだけではない。これまで『魔王』が無残にも奪ってきたその全てがイグニの魔法によってこの世界へと巻き戻されるッ!!!


 失われたその全てが戻り、やがて人類史に彼の名前が刻まれる。


 国々を脅かしていた『魔王領』の元凶を祓った。

 世界の敵である『魔王』を討った。

 人類の敵である『魔王の娘』であるサラの魔力を使って、失われた全てを取り戻した。


 ならば、彼にとっての全ての議論が不要である。


 彼は魔術を極め魔法使いになった。

 そして、人類の守護者になった。


 『ファイアボール』以外の魔術が使えない少年がいた。

 他の魔術が使えぬがゆえに単一の魔術を極めた少年がいた。

 そして彼は世界を守った。


 だからそれは長くに語られる御伽噺。


 彼の真実を疑う者がいる。彼の生まれを疑う者がいる。

 だが実績が全てを語る。彼の為した功績が彼の全てを裏付ける。


「……これで俺も」


 誰しもが知る彼こそ、“炎の極点”イグニ。

 人呼んで、“天炎”のイグニ。


「モテモテだ」


 かくて彼は、極点の炎魔術師となった。

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