第8-08話 巨人と魔術師

「……ッ! アリシアッ!」


 ルーラントが拳を振り上げる。

 イグニが地面を蹴り飛ばす。


 それは、どちらの方が早かったのか。


 ただ、結果として1つ。イグニはアリシアを抱きかかえると、壁に空いた穴から飛び出して、砦の崩壊に巻き込まれる事態からは免れた。


 遅れてルーラントの拳が砦に触れた瞬間、そこから砦が木っ端微塵に崩壊。凄まじい轟音と衝撃。まるで子供が砂で作り上げた城を壊すかのように壊れていくその光景を見て、イグニは巨人が人間とは根本から違う生き物なのだと理解した。


 装焔機動アクセル・ブートで空に浮かびながら巨人を見下ろしたイグニは、その前方に5つの『ファイアボール』を生み出すと、詠唱。


「『装焔イグニッション徹甲弾ピアス』」


 巨大な『ファイアボール』は空気と擦れて音を鳴らすと、その全てが巨人をロックオン。


「『発射ファイア』」


 重なって発射された弾丸は、アリシアの耳には重なって聞こえた。一瞬遅れて、着弾。30m、40mはありそうな巨大な身体に着弾した『ファイアボール』は爆炎を撒き散らしたが、それでは巨人は倒れない。


 微かに身体の表面を炙って終わっただけだ。


「……堅いな」


 流石は『大戦』時に人類側の盾になっただけはある種族だ。頑丈さが半端ではない。ルーラントはイグニからの狙撃を気にした様子もなく、次いで彼の蹴りが砦に叩き込まれるとそれで砦は完全に崩壊してしまう。


 一瞬、アーロンのことが頭をよぎるが彼女の側にはハイエムがいた。

 かの竜ならば、この程度の状況は障壁にもならないだろう。


 イグニは一度呼吸を整えると、今度は巨大な『ファイアボール』を生成。


「『装焔イグニッション砲弾キャノン』」


 キュルキュルと回転しながら、大の大人ほどはありそうな巨大な『ファイアボール』が回転。


「『砲撃ファイア』」


 ドウッッッ!!!


 空気を叩き潰してしまったかのような異様な破裂音がアリシアの耳に届いた瞬間、ルーラントの身体が傾いた。当然、その背中にいたマルコは慌てた様子で彼の身体にしがみつく。そして、何かイグニたちに向かって指を向けた瞬間、


「……っ!」


 森から一斉に、何かが飛び出してきた。


 一体どこに隠れていたのか。

 黒い矢のように地面からイグニに向かって飛んでくるモンスターの上半身は人の身体。下半身は鳥の身体。


 ……ハーピーだ。


「イグニ。私にまかせて」


 アリシアがそう言うと、彼女はイグニの胸元で魔術を紡いだ。刹那、イグニたちを中心に巨大な気流が発生すると、イグニたちを目指して飛んできていたハーピーたちは渦潮に巻き込まれるようにして、ぐるぐると凄まじい速度で回される。


「ありがとう、アリシア。おかげで」


 ルーラントが体勢を立て直す。

 彼の肩にいたマルコは既に手錠を外している。イグニと視線が絡み合う。


「随分、狙いやすくなった」


 当初の目的は生け捕りだった。

 だが、それは不可能と判断。


 既に彼らは砦を破壊した。人類の防衛戦の1つを、いとも容易くこうして破壊したのだ。

 ならばこそ、イグニが取る選択は1つだけ。


「『装焔イグニッション極小化ミニマ』」


 元の、物言わぬ骸に戻すだけだ。


 キィィィィィイイィィイイイインンン――!!


 イグニの詠唱により生み出された極小の『ファイアボール』は、後方に打ち出されると魔力によって作り出された加速炉を通って亜光速へと加速していく。イグニの背面に展開されたそれは、幾何学的に絡み合いそれはまるで、イグニの後光のように照らし出すと、


 ――ィィイィィイイイインンンンンン!!!!


「『発射ファイア』ッ!!」


 キュドッッッ!!!


 それは一筋の光だった。


 イグニの腕から射出された亜光速の『ファイアボール』はそのままルーラントの頭部に向かった瞬間――かくん、と軌道を逸らされて明後日の方向に飛んでいく。


「なんだ!?」

『……それは、こちらの言葉よ』


 イグニの問いに、巨人が答える。彼はさも不思議そうな顔をしながら、イグニに問いかけた。


『我の「矢避けの加護」が発動するなど……尋常の魔術ではあるまい。貴公、いかなる魔術を用いた』

「ルーラント。そいつが使えるのは『ファイアボール』だけだよ」

『馬鹿な。初級魔術で我の「矢避けの加護」が発動するはずが……』

「するでしょ。だって『術式極化型スペル・ワン』だし」

『なんだそれは』

「大きな制約だよ。1つの魔術スペルしか使えない代わりに、その魔術に関する適性が異常なほどに跳ね上がる」


 マルコの解説をルーラントは黙って聞いていた。


 ……昔の時代の全員が、『術式極化型スペル・ワン』のことを知ってるわけじゃないのか……?


 かつての常識のようなものだと思っていたイグニは少し困惑。もしかしたら、ただマルコが魔術に詳しいだけかも知れない。


「さて、ルーラント。砦も壊したことだし、さっさと逃げよう」

「逃がすかっ!」


 イグニは展開した『ファイアボール』の中心に位置する魔力を回転させると、そのままルーラントの膝を狙う。


「『装焔イグニッション極光ルクス』」


 それは、彼の持ちうる最速の魔術。


「『発射ファイア』ッ!」


 パッ! と、イグニの『ファイアボール』は熱線となって、空を駆けた。ただ直線状に、何者にも邪魔されること無く、ルーラントの膝を狙って放たれたのだ。刹那、イグニの『ファイアボール』はわずかに軌道がズレそうになったが……ずれるよりも先に、ルーラントの右膝を撃ち抜いた。


『……む』


 その巨体が前方に倒れて、膝をつく。

 だが、それと同時に放った二射目が、今度はルーラントの左足をも撃ち抜いて歩けなくしてしまった。


 そして、三射目の狙いがルーラントの頭に定まった瞬間、


「……地下から逃げよう。ルーラント」


 マルコの言葉と共に、先ほどのマルコとの戦いでイグニを食おうとした巨大な口……それも、今度はもっと巨大な、それこそ50mはありそうな口だけのモンスターが地面から突如として出現。


 ルーラントとマルコを食って逃げようとしたが、


「やらせないわよッ! 『纏風アリシエント』」


 ごう、と魔力が渦巻く。


「『風は削り上げてヴェントス・リデラ』ッ!」


 バキ、と最初に音が響いたのはどこからだっただろうか。

 逃げようとしていたマルコとルーラントは既に動くのを辞めて、食われるのを待っている。だが、彼らの身体は食われるために動いていないのではない。


 


 それは、彼ら2人だけではなく巨大な口だけモンスターも同様に。


 そして、アリシアがそのまま右手を持ち上げた瞬間、地面に埋まっていた口だけのモンスターが根菜のようにそのまま真上に引き抜かれると同時に、マルコとルーラントの巨大な身体をも空中に縫い止めてしまった。


「……初めてやってみたけど……案外、上手くいくものね」


 とんでもない発掘作業をやってのけたアリシアだが、顔色が悪い。魔力を使い果たしそうなのだろう。


「後は俺に任せろ」


 生きたまま拘束できそうなのだ。

 このチャンスを逃すわけもなく、イグニは動く。


 彼の下には、瓦礫となった砦がむなしくそこに転がっていた。

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