第5-18話 魔導具と竜

 アリシアの命により、サラのために作られた腕輪がすぐさま帝都から港町エスポートまで届けられた。すぐさま、とはいっても3日ほどはかかったが。


 それまではイグニたちもすることがないので、街の雪かきをして暇をつぶしていた。

 雪というのは軽く見えるが、積もってしまうと普通に家を潰してしまう。


 基本的に帝国の建築物は石造りのため、そうそう潰れることはないと思われるがハイエムがそこにいる限り雪は決して止むことなく降り注ぐのだ。冒険者総出で建物の雪かきをする光景は壮観だった。


 さて、そんなこんなで時間を潰すこと3日。


 馬車によって、腕輪が運ばれてきた。


「これを付ければ良いのかしら」


 山頂にて竜の姿でくつろいでいたハイエムは、イグニたちを出迎えるやいなや人の姿になった。結構簡単に姿を変えているあたり、相当な【生】属性の魔術使いなんだと考えられる。


「そうよ。それでダメなら、私たちがあなたの住んでいた場所を襲った“咎人”を捕まえるから、あなたは向こうに戻ってもらうわ」

「仕方ないわね」


 ハイエムはそういって肩をすくめると、そのまま腕輪を自らの腕につける。

 カチ、と金属同士の結合する音が静かに響くと次の瞬間、雪が止んだ。


「……止んだわね」

「止んだな」

「あら」


 3者3様のリアクション。

 遅れて山頂に纏わりついていた巻雲と、空を覆っていた鈍色の雲が薄く薄く消えていく。


 そして、うだるような暑い日光が空から差し込んだ。

 肌を刺すような凍てつく寒さと、空から差し込む暑い太陽光がとても対照的だったが、3日ほど真冬の中で過ごしたイグニたちにとって、今は夏なんだと再認識するにはそれで十分だった。


「これで魔法使いさんと一緒にいてもいいかしら」

「……ぐぬぬ」


 言葉にならない声で唸るアリシア。

 そういえばアリシアはこの間から、ハイエムが自分たちと一緒に来ることを嫌がってるよな、と他人事のように考えるイグニ。


「そういう約束でしょう? 魔術師さん」

「……それは、そうだけど。そうじゃないっていうか……」

「あら? 人は約束を破るのかしら。竜は守るわよ」

「……でも」


 なおも食い下がるアリシアだが、イグニはそんなことよりもハイエムに伝えておかなければならないことがあるのだ。


「なぁ、ハイエム。頼みがあるんだが」

「何かしら?」

「今回の件、アリシアによって人の姿になったことにしてくれないか?」

「どうして?」

「俺たちにも色々と事情があるんだ。なるべく、そうして欲しい」

「竜に噓を付けと?」

「ああ、頼む」


 イグニにとって、目下の目標であったのはハイエムの討伐である。だが、本来の目的は輸送の要である港町エスポートの凍った港を使えるようにすること。そのため、ハイエムの溢れ出る魔力を封じるということで達成された。


 ならば、次の目標はアリシアの政略結婚回避である。


 帝国はどこまで行っても実力主義。それは、アリシアの長姉であるセリアが皇女でありながら“極点”をやっていることが何よりの証拠だ。


 だからこそ、ここでアリシアが竜を人の姿にして手懐けたと言ってしまえば、周りの人間は何も口を出せなくなる。そのためには、ハイエムが誰かにこのことを問われた時に噓を付かなければいけない。


「いやよ。竜は嘘を付かないわ」

「そこを何とか」

「イグニ。何もハイエムに嘘をついてもらう必要は無いんじゃない?」


 さらっとハイエムを呼び捨てにするアリシア。

 だが、イグニと違ってそれをハイエムが指摘しないのはアリシアが皇族だと知っているからだろうか。


「どういうことだ?」

「逆に何も言わないで貰えば良いのよ」

「なるほど、そういうことか」


 アリシアの意図を悟ったイグニが頷くと、アリシアも頷いてさらに続けた。


「ええ。こういうのはどうかしら――ハイエムは気高き竜。人なんかとは口を利きたくない。だから、事の顛末を私たちが説明する。そうすれば」

「……どんな嘘でも信じてもらえるってわけか」

「そう。完璧でしょ?」


 アリシアはそういってほほ笑んだ。

 その笑顔に少しドキッとしながらも、イグニはその考えを頭の中で吟味する。


 確かにこれなら、ハイエムは嘘を付かないし誰かに怪しまれる心配も少ない。


「あら。別に私は気高くないわよ。それは嘘じゃないかしら」

「演技よ」


 ノータイムでツッコむアリシア。


「演技?」

「そう、演技よ。嘘じゃないわ」

「嘘じゃないの?」

「違うわ」


 何だか言葉遊びのような気もしないでもないが、ハイエムは「それなら……」と言って納得してしまった。


「さぁ、イグニ。クエストも終わったことだし、急いで帰るわよ」

「え、もう帰るのか?」

「勿論。だって明後日には皇帝生誕祭が控えているんですもの」

「……大丈夫なのか?」


 皇帝生誕祭とは、文字通り現皇帝の生誕祭である。


 帝国では1年に1度のお祭りであり、一般市民にとって皇族をその目で見れる貴重な機会である。とはいってもエリィもアリシアも頻繫に抜け出しているので、実は貴重でも何でもなかったりするのだが。


 ここでイグニが『大丈夫か?』と聞いたのは、アリシアの姉であるエリィが、生誕祭はちゃんとリハーサルをやると言っていたので、皇族には何かしらやるべきことがあるのだと推測したからなのだが、


「大丈夫じゃないわよ」


 アリシアは真顔で言って、箒に乗った。


 どうやら大丈夫じゃないらしい。


「もう爺やたちには話をつけてるからこのまま行くわよ!」

「飛ぶのかしら? でも私、人の姿では飛べないわ」

「……え?」


 竜に戻れば? と言いたげだが、それはぐっとこらえたアリシア。

 流石に彼女も、ハイエムを竜の姿にして帝都まで運ぶわけにはいかないと思ったのだろう。


「なぁ、アリシア」

「どうしたの、イグニ」

手荒だが、すぐに帝都まで帰れる方法あるけど、どうする?」

「もしかして、やり方……?」


 一度体感しているアリシアはイグニに恐る恐る問いかけ……そして彼は首肯した。


「……背に腹は代えられないし、お願いするわ。イグニ」

「任せてくれ」

「どうするのかしら?」


 アリシアがすっとイグニの近くに移動したので、それに釣られてハイエムもイグニの近くに移動する。


「……失礼」


 モテの作法その4。――“常に紳士たるべし”、に則って2人を優しく抱きかかえると、


「『装焔イグニッション』ッ!」


 ぎゅるり、とイグニの足元に巨大な『ファイアボール』を生成ッ!


「『撃発ファイア』ッ!!」


 そして、指向性を与えて爆発ッ!!

 そのまま3人をはるか前方へと吹き飛ばしたッ!!!


 アリシアはこんなチャンスを逃せないとばかりにイグニに抱き着いたが、肝心のイグニは3人の空中制御に精一杯で気がつかなかった。

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