第5-17話 勝者の権利

「……あなた、人になれるの?」

「ええ、なれるわよ。慣れないけどね」


 箒に乗ったまま、ハイエムに対して警戒を続けるアリシア。

 だが、ハイエムはそんなアリシアからの刺すような視線を綺麗に流した。


「それで、イグニは何が聞きたいのかしら」


 そして、イグニに問いかける。

 勝者は竜に自由に尋ねる権利を持つと彼女が言っていたので、それにあやかって気になっていたことを尋ねる。


「どうして、ここに来たんだ?」


 ここ、というのが紛れもなく帝国を指していることは彼女も気が付いただろう。

 もともとハイエムは『魔王領』の近くに生息していたと言われるドラゴンだ。


 『飽きた』などという理由かも知れないが、それにしたって100年近くそこに住んでいたのに急に人の土地にやってくるなんて何か理由があるに決まっている。


「……追い出されたのよ」


 酷く言いづらそうに、ハイエムはそう言った。


 ……追い出された?


 ハイエムの言葉にイグニは首を傾げる。追い出されたというのは、不穏な言葉だ。竜は最強種。故に、それを追いだせる者もそれに準じた強さを持つ。


 ここにきて、イグニはハイエムがこれを言いよどんだ理由が分かった。

 追い出されたということを、人に伝えるのはプライドが許さなかったのだろう。


 だが、イグニに負けたのでプライドを捨てたということだろうか。


「そう。追い出されたのよ」


 そして、先ほどとは違うあきらめた様子で繰り返すハイエム。


「誰に追われたんだ?」

「人よ」

「……どんな奴か分かる?」

「ええ、忘れもしないわ。あなたと同じような赤い髪に、黒い炎を使う使よ」


 魔法使い。

 その言葉で、イグニとアリシアの顔色が変わった。


「赤い髪の魔法使い? 極点に赤髪はいないわよ」


 アリシアの言葉で、イグニはおおよその犯人を悟った。


「なら、“咎人”か」


 魔法を使う身でありながら、人と敵対する者。

 それは忌むべき人類の敵である。


「それにしても、どうして“咎人”がハイエムさんを?」

「さぁ、知らないわ。大方、竜の秘宝でも欲しかったんじゃないかしら」


 竜は金銀財宝を収集する習性がある、と言われている。

 そして、それを巣にため込むとも。


 だからこそ、竜を殺して竜の集めた財宝を狙おうという宝探しトレジャーハンターがいないことも無い。いないことも無いが、そういうのは命知らずと言われるのだ。

 

「勿論、私も戦ったわよ。でも、向こうの方が強くてこちらに逃げて来たの」

「それで、帝国に?」


 アリシアの問いかけに、ハイエムは首肯。

 

 イグニはハイエムの話を聞いて、そっと胸をなでおろした。ハイエムが帝国にやってきた理由が元居た場所に飽きたなどであれば、彼女のために新しい場所を見つけなればならないところだった。


 だが、彼女が逃げ出してきたというのであればその“咎人”を捕まえるなりなんなりしてしまえば、彼女も元居た場所に帰るのではないだろうか。


「なぁ、ハイエムさん」

「どうしたの?」

「その魔法使いを俺たちが捕まえたら、元の場所に戻ろうと思う?」


 イグニの問いかけに、ハイエムは「うーん」と考え込んで、


「別にこの場所に未練は無いし、あちらに戻るのも悪くは無いわね」


 ハイエムの返答に「おおっ」と声を漏らす2人。

 帝国の国難が思ったよりも上手く解決できそうで、思わず声が漏れた。


 とは言っても、ハイエムの住んでいた場所を襲った“咎人”を捕まえない限りは何も進まないのだが。


「一度、城に戻ってこの話を爺やたちにした方が良いかも知れないわ」

「赤髪の“咎人”の話も聞きたいしな」

「あら。でも私、今のところ戻る気ないわよ」

「「……え?」」


 ハイエムが突然そんなことを言う物だから、再び2人の声が被った。


「それは、一体……?」


 イグニが尋ねると、ハイエムは満面の笑みで返した。


「私、気が付いたのよ」

「何に、ですか」

「魔法を使えるようにならないと、一生魔法使いには勝てないんだって」

「うん? うん」


 ハイエムの言っていることは間違えていないので、頷くイグニ。


「でも、私って魔法使えないの。知ってるでしょう?」

「……そうなんだ」


 知らなかったアリシアはそう漏らす。


「だからね、私考えたの。どうしたら魔法が使えるようになるんだろうって」

「うん」

「そうしたら、閃いたのよ。魔法使いと一緒に居れば良いんじゃないかって!」


 ハイエムは両手を合わせて、目を輝かせながらイグニを見つめた。

 その視線に流されるようにアリシアがイグニを見る。


「魔法使いと一緒に生活をしたら、魔法のヒントが掴めるんじゃないかと思ったの。素敵な考えじゃないかしら?」


 竜の言葉にしばらくの沈黙が流れた後、ハイエムの言ったことを完全に理解したアリシアが真っ先に口を開いた。


「だ、ダメよ! ダメに決まってるわ!!」

「あら、どうして?」

「だってあなたがいると雪が降るのよ! イグニと一緒にって、このまま行く場所行く場所“冬”にするつもり!?」

「頑張るわ」

「頑張ってどうにかなる問題じゃないでしょ! 頑張れるなら、今すぐこの雪を止めてみなさいよ!!」

「それは無理よ。だって、これは私の魔力があふれ出ているんですもの」


 ……ん? 魔力が溢れる??


 と、引っかかるイグニ。


「ならそれを治さない限り、イグニと一緒にはいられないでしょ! だからダメ!!」

「あら、ならこれを治せば一緒に居ても良いのかしら」

「んっ!? い、いや。それは……だ、ダメよ!」

「どうして?」


 苦し気にアリシアが答えるが、ハイエムは本当に不思議に思っているようで純粋な緑の瞳でアリシアを見つめる。


 それに対してアリシアは一生懸命どうやって説明するかを考え込んでから、


「や、やっぱり、竜と人は違う生き物だし? 生活の様式とかも違うだろうし? うん、やっぱりダメよ! 一緒に居られないもの」

「それは大丈夫よ。私、人に紛れて生活したこともあるし」

「……んんっ!? で、でもダメだってば! だって、冬をどうにかしないと」

「うーん、そうねえ……」


 若干否定が苦しくなってきたが、結局ハイエムがいる限り“冬”からは逃れられないという事実によって、何とかアリシアはハイエムを丸め込んだ。


 しかしイグニはそんな2人のやり取りよりも、ハイエムの“冬”を封じる有効策を思いつきそうで思いつけず、全力で意識をそっちに割いていたところふとあることに気が付いた。


 それは失われた自分の中心にどろりと注ぎ込まれる暖かい魔力についてである。


「あのさ、アリシア」

「どうしたの?」

「サラの腕輪をハイエムにつけたら、雪止まるんじゃないのか?」


 イグニの言葉に、アリシアはしばらくフリーズして、


「……行けるかも」


 と、言っちゃった。

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